遠藤探偵事務所の事件譚
Day3-8
蒼の証言は本当なのか。
太虎殺害の犯人が蒼では無いとする。
彼女は死体を見つけた後、慌てて逃げたと証言している。
もちろん扉は開いたままだ。
しかし発見当時は鍵が掛かった密室だった。
証言者が2人も居る。
殺害後、密室を作る為に再び犯人が戻った?
何故?
見つかる危険をおかしてまでわざわざ戻るだろうか?
密室にする必要が出てきた?
いや。戻るリスクをおかしてまで密室にしなくてはいけない理由が今のところ見つからない。
しかも蒼には謎の手紙が届いている。
手紙を送ったのが犯人ではなく本当に太虎さんだったら?
いや違うな。
そうだとしたら、わざわざリナ助さんを襲ってまで手紙を持ち去る理由がわからない。
だとしたら呼び出したのは犯人。
死体を見せる為?
蒼が逃げるだろうと予想し巻き込んだ?
犯人や蒼以外の第三者がなんらかの理由で密室を作ったとしたら?
…これこそ理由がわからない。
とにかく不可解な謎が多すぎる。
原点に戻って屋敷をもう一度調べてみる必要があるだろう。
bar胡蝶蘭の前に一台のパトカーが止まっている。
砂羽からの電話でみーきゃんが蒼を迎えに来たのだ。
『蒼さん。詳しいことは署でお伺いします。ご同行願えますね?』
決まり文句を伝えたみーきゃんは、おとなしく頷いた蒼の背中に手を掛けた。
すると蒼は遠藤に駆け寄り一枚のメモを渡した。
「これは?」
『今日、母の家に行った時、洋服のポケットから見つけました。おそらく母はここに居ます』
メモには【ハクア ほぐわ〜つ】とだけ書かれていた。
『ここ数日、母とは本当に連絡が取れません。心配なんです。探していただけませんか?』
小声で必死に頼む蒼。
こちらもMiraのことは探している。
「もちろんです。任せてください」
笑顔でありがとうございますとだけ言い蒼はパトカーへと向かった。
みーきゃんがドアを開けようとした時、ピノが声を掛けた。
『みーきゃん警部♪これ持っていって〜♪蒼ちゃんのと、あと爽やか青年君に夜食♪』
恐らく遼のことだ。
差し入れらしい入れ物と飲み物の入ったマグボトルを2つ手渡した。
お預かりしますねとみーきゃんは受け取り、そのまま蒼と共にパトカーで署へ向かった。
「まぁあの子なら大丈夫だろ」
「そうですねぇ。まだ容疑が晴れた訳じゃないですけど、蒼さんはそんなことする人に見えませんでしたし」
遠藤と砂羽はカウンターに腰かけた。
『ねぇ♪お腹すかない?差し入れの残り物あるけど食べる?♪』
ピノはサンドイッチを出してくれた。
美味しそうなカツサンドだ。
そういえばもう午後7時になっている。
お腹も空くはずだ。
「ママのカツサンドだぁ!」
砂羽は早速食らい付いた。
『ふふ♪蒼ちゃん達も取り調べに勝つってね♪』
受験じゃないんだから。
まがいなりにも容疑者だ。
応援するのは如何なものか。
『コーヒーもたっぷり持たせたから♪』
「え?まさかコーヒーって…」
『あなた達が飲まないから余っちゃったんだものぉ♪』
「「うわぁ……」」
御愁傷様です、と遠藤と砂羽ら両手を合わせた。
「ところでボス。蒼さんから何渡されたんですか?」
モグモグと口一杯にカツサンドを頬張りながら砂羽は尋ねてきた。
「おお!忘れるとこだった!Miraさんがここに居るかもしれないって」
蒼から預かったメモを見せた。
「ハクア?あのリゾート地で有名な?確か離れ小島で飛行機でしか行けませんよね?」
「そうなの?よく知らんけど。あと、この【ほぐわ〜つ】ってなんだ?人の名前なのか?」
「調べてみましょうか」
砂羽は携帯を開き【ハクア ほぐわ〜つ】で検索してみた。
すると何件かヒットしたようだ。
「なになに…民宿?みたいですよ?」
「そこに泊まってるってことか?」
「わかりません。でも、行ってるかもしれないってのは確かですね」
ちょっと電話してみましょうか、と砂羽はサイトに載っている電話番号を押した。
すぐさま遠藤に携帯を渡してきた。
「俺が話すの?!」
「私は食事中なんです!」
んっ!とカツサンドを頬張りながら砂羽が携帯を突き出してくる。
遠藤は仕方なく受け取り耳を当てた。
トゥルルルルル…
すると数回コールした後、若い男が電話に出た。
【貴方は魔法を信じますか…?お電話ありがとうございます…フクロウとファンタジーの里、民宿ほぐわ〜つです…】
「……」
遠藤は慌てて通話口を手で塞ぎ砂羽に問いかけた。
「なんか魔法学校みたいなとこ繋がったんだけど?!」
「じゃぁ学校なんじゃないですかぁ?」
砂羽はまだカツサンドに夢中。
電話は遠藤に丸投げするようだ。
「ウォホン……あ、もしもし?ホットペッパー見て電話したんですけど」
【入学ご希望ですね?何時限ご希望ですか?】
再び通話口を手で塞ぎ砂羽に問いかけた。
「ねぇ!やっぱ学校だって!何時限にしとく?初めてだし2時限くらいにしとく?!」
「ボス!Miraさんのことだけ聞いてください!サッサと用件だけ伝る!ほら!」
チッと軽く舌打ちされた。
ボスなのに…
「もしもし…わたくし遠藤探偵事務所の遠藤と申します。お伺いしたいことがあってお電話しました」
【あいにく当旅館は魔法学校ですので、探偵コースでしたら隣町の旅館毛利に…】
「違うんです!そうでなくて…あの、そちらにMiraという女性が泊まってませんか?」
【…あいにくですがお客様の情報をお伝えすることは出来ません】
「無理を承知でお伺いしてるんです。実はこちらで殺人事件がありまして、その重要参考人としてMiraという女性を探しています」
【…警察の方ではないのでしょ?】
「それはそうなんですが…じゃ!予約します!それでいいですか?今すぐ行きます!そしたらお話しぐらい聞いていただけますね?」
【……でも本日は生憎スリザリンの間しか空いておりません】
「部屋があるならどこでもいいです」
【…スリザリンの間ですよ?本当によろしいんですか?】
その部屋に一体なにがあるのだというのだ。
ものすごく気になるが仕方ない。
「そこで結構です!」
【わかりました。本日のご予約承りました。あ、ホットペッパーご覧になられたのですね?ならフクロウの餌付け体験の無料券をお付けしておきますね】
「別にあっても無くてもどっちでもいいです…じゃ今から行きますのでお願いします」
【道中お気をつけて…】
ため息をつきながら電話を切った。
「今から行くってどこ行くんですかボス?」
砂羽が携帯を受け取りながら聞いてきた。
「ハクア。ほぐわ〜つ」
「今から?!飛行機どうすんですか?!」
するとピノが携帯片手に割り込んできた。
『ハクア行き最終便2席空いてるみたいよぉ♪私がこのまま電話で予約いれとくからあなた達すぐ行きなさい♪』
ちなみに出発は2時間後よ?
バチンとウィンクひとつ予約を始めた。
「2時間?!ギリギリじゃん!」
いくら車を飛ばしても空港まで1時間30分はかかる。
まったり着替えを用意してる暇は無い。
「砂羽!すぐ空港いくぞ!」
「えぇぇぇ!着替えどうするんですかっ?!」
「1日くらい我慢しろよぉ。ほら行くぞ?」
砂羽の首根っこをつかんで引っ張っていく。
「パンツはぁ?!パンツどうするのぉ?!」
遠藤は無視。
ドアを開け、目の前に止まっていたタクシーに飛び乗った。
「パンツ〜〜!カツサンド〜〜!」
砂羽の叫びだけが辺りにこだました。
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