遠藤探偵事務所の事件譚
Day3-7
『あらまぁ♪可愛らしい子ねぇ♪』
遠藤と砂羽は蒼を連れてbar胡蝶蘭へ来ていた。
ピノは雨でびしょ濡れだった蒼をタオルで拭いてあげながら可愛らしい可愛らしいと呟いている。
「私のほうが全然かわいいしっ!」
『はいはい♪砂羽ちゃんも可愛い可愛い♪』
遠藤はそんな様子を横目で見ながらピノが出してくれたホットコーヒーに口をつけた。
「!!!!なんじゃこりゃ!!!!」
吐き出しそうなのを我慢して咳き込みながらなんとか飲み込んだ。
『あらやだ不評??』
「これ、一体なんなんだよ?!」
遠藤はコーヒーカップを覗きこみ匂いを嗅いでいる。
「ちょっとボス!コーヒー淹れてくれたママに失礼ですよ!まったく…」
砂羽はブツブツ怒りながら、いただきますねとコーヒーを飲んだ。
「ぷげらっ!!…ゲホゲホッ。ママ…これ何?!全然ホッとしないコーヒーなんですけど、一体どんなバイオテロですか?!」
『あらぁ…砂羽ちゃんまで?bar胡蝶蘭特製のウィンナーコーヒーよぉ♪』
「ピノ。お前これ飲んだことあんの?」
『あるわけないでしょ?今日、初めて作ったんだもの♪』
「だろうな…まさかと思うけどウィンナーって…」
『う〜ん…やっぱりシャウエッセンじゃダメなのかしら…』
(やっぱりかい)
『次回から森の薫りにするわねぇ♪』
いや、そういう問題ではない。
ピノはコーヒーをかたずけ、新しく飲み物を用意しにキッチンへ向かった。
「蒼さん。少しは暖まりましたか?」
砂羽は少し離れたソファーに座る蒼に優しく声をかけた。
『はい……ご迷惑お掛けしてすみません』
「いいんですよ。無事でよかったです」
そう言いながら遠藤と砂羽もカウンターからソファーに移動した。
「少し落ち着いたら俺達に話し聞かせてもらえますか?」
『そのつもりで来ました。……あ、コーヒーいただきますね……』
蒼はコーヒーカップに手を伸ばした。
「「ちょっと待ったぁ!!」」
慌てて蒼の手を掴む。
「なんかコレ間違ってドブ川の水入っちゃったみたいなんだ!と…取り替えるね…あははは。ピノ!ホットココア!」
遠藤はカップを取り上げカウンターへ置いた。
キッチンからはハァ〜イ♪と気の抜けた返事が返ってくる。
「ふぅ…で、蒼さん。今までどこ行ってたの?」
蒼は俯いて手を擦っている。
しばらく待っていると考えが纏まったのか手を止め、顔を上げ話し始めた。
『遼とのことを隠すつもりはなかったんです。私が彼を信じきれなかったのが悪いんです』
蒼は確実に殺害当日、屋敷に行っている。
それは遼を守る為なのか、それとも蒼の犯行を遼にきせる嘘なのか。
どちらが本当かどうかはまだわからないが、遠藤はとりあえず話しを聞こうと頷いた。
『事情を聞きに遠藤さん達がいらした時、とにかく何も話さないでおこうと…』
「遼のこと庇ってたってことですか?」
『そうです。私が話さなければ捜査も撹乱できるのではと…』
「そうですか。今日、警察が事情聴取に行ったと思いますが、途中で逃げたのは何故ですか?」
『母が…Miraの所在がわからないと聞いて』
「…心配して?探してたんですか?」
『そうです。そんなに頻繁に連絡を取るほうではなかったのですが、店まで閉めて居なくなるのはおかしいと。実家や行きそうなお店、色々まわりましたが…』
様子からすると見つからなかったようだ。
「本心で言ってますか?」
とまどう蒼に遠藤は冷静な口調で更に続ける。
「申し訳ないですが俺は蒼さんの言葉を100%信じる事が出来ません」
「ちょっとボス…」
砂羽も困ったように口を出した。
蒼は俯いたままだ。
「蒼さん。あなたは俺達に嘘をついていた。でも嘘の理由は【遼を庇っていた】…それだけですか?」
『……』
本当は蒼の口から直接聞きたかったのだが、仕方ない。
スマホを取りだし指輪の写真を見せた。
「この指輪。蒼さんのですね?」
蒼は静かに頷く。
「これは太虎さんの屋敷の前に殺害翌日に落ちていたものです。遼さんから話を聞いたところ、あなたはこの指輪を殺害当日の夕方まで着けていたそうですね?」
『はい』
「単刀直入に聞きます。ストさんが出掛けた夕方から帰って来るまでの間にあなたは屋敷を訪ねていますね。何しに行ったんですか?」
かなり核心に迫る質問だ。
遠藤はゴクリと唾を飲み蒼の言葉を待った。
すると蒼は顔を上げ、涙ながらに叫んだ。
『ごめんなさい!』
深々と頭を下げ、ごめんなさいごめんなさいと繰り返していた。
「やっぱり……もういいよ蒼さん。後は警察でゆっくりと話を…」
『私!殺してなんかいません!』
「そうだろそうだろ。あれだけ酷いことしてる人間だ。殺したくなる気持ちも…って、え?」
『信じてください!私じゃありません!』
沈黙が流れる。
「……砂羽。ちょっと…」
遠藤は少し離れ所に砂羽を連れて行き、小声で話した。
「ねぇ。この場面はさ、『私がやりました。ごめんなさい!』って言ってエンディングなんじゃないの?」
「う〜ん。なんか違うっぽいですね」
「でも流れ的にさ、終わりでよくない?」
「でも物語的には盛り上りというか、クライマックスというか、そゆの欲しくないですか?崖的なアレですよアレ」
「そんなこと言ったって俺は片平でも船越でもないじゃん。遠藤じゃん?だからエンドでよくね?」
「誰が上手いこと言えと」
「じゃ、まだ続くってこと?」
「みたいですね」
「マジでぇ?!」
「ボス。回収しきれてないフラグがまだバンバン立ってるんです。しかも蒼さんは自分から事務所に訪ねてきてるんですよ?殺人犯がそんなことしますか?」
「え?砂羽が蒼さん見つけて連れて来たじゃないの?!なんだよぉ…それ先に言えよぉ。一人で盛り上がった俺だけめっちゃハズイじゃん」
「大丈夫ですよ。日頃はもっと恥ずかしいですから」
さ、続けますよと砂羽はうなだれる遠藤の背中を押してソファーに戻った。
「さて蒼さん…………お前がやったんだろ?!吐け!吐くんだ!」
ドスッ
砂羽のゲンコツがヒットする。
「ボス!勝手にクライマックス作らないでください!諦めてください!」
「……わかったよぅ。あの、蒼さん。まずどうして屋敷に行ったのか、時間や状況など詳しく教えてもらえますか?」
『はい。屋敷に行った理由は手紙が来たからです』
「手紙?」
『差出人は太虎さんでした。17日の9時30分に屋敷に来いと』
「用件は書いてなかったの?」
『書いてませんでした。でもだいたいのことは見当がつきました。母の借金を纏めて太虎さんに買い取って欲しいとお願いしていたことだと思います』
Miraには太虎以外にも複数の会社から借金があり、利息だけでも大変な額になっていた。
それを太虎の会社に全て買い取ってもらい支払い先を一つにするということだろう。
「その手紙はまだ持ってますか?」
『それが…どこかに落としてしまったようで…』
憶測だが、リナ助が拾ったというメモはこれかもしれない。
「それって手書きでしたか?」
『いいえ。パソコンで作ってあるようでした』
たとえパソコンで作っていたとしても今の科学ならなにかしらの証拠は出てくるだろう。
犯人はそれを恐れて持ち去ったのか?
しかしこれでリナ助殺害犯と太虎殺害犯は同一であることはほぼ間違いない。
「なるほど。屋敷を訪れたのは手紙に指示があった時間に?」
『はい。太虎さんの屋敷に行ったのは午後9時30分頃です』
太虎が殺害された直後だ。
屋敷に行った蒼はインターフォンを押しても誰も出てこないのでドアに手をかけてみたらしい。
するとカギは掛かっておらず、何度か声を掛けたがやはり誰も出て来ないのでそのまま太虎の書斎に向かった。
『書斎をノックしても返事がなかったのでドアを開けると……太虎さんが……血まみれで……』
「…………そのまま怖くなって逃げたと?」
『はい』
「書斎にもう一度戻ったりしてませんか?」
『はい』
おかしい。
今の蒼の証言が正しいとなると状況証拠とは違う決定的な矛盾点が出てくる。
「蒼さん。もう一回聞かせてください。今の発言に嘘はないですか?」
『誓って言えます。嘘はありません』
まっすぐに遠藤を見つめていた。
「わかりました」
犯人が太虎を殺し
犯人が去った後に
蒼は書斎の扉を開けている
だとすると
密室を作ったのは誰だ?
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