遠藤探偵事務所の事件譚
Day3-6
夕方になると町中に流れるゆったりとした音楽。
【もう5時を回りました。今日は1日楽しかったですか?良い子はおうちに帰りましょ〜】
地元商店街に流れるアナウンスを聞きながら遠藤は歩く。
向かった繁華街は、大雨が降っていることと時間が早すぎたせいか人気もまばらで、さほど情報は得られず事務所へと戻っていた。
蒼の消息も今だわかっておらず、捜索はちっとも進まない。
帰る頃には天候も小雨へと変わっていた。
「なんかめんどくさくなってきたなぁ」
スニーカーは中までずぶ濡れで、歩く度に気持ち悪い音を立てている。
「あれ?」
事務所ビルの前に男性が立っていた。
男は遠藤の姿を見つけるなりペコリと頭を下げる。
「…ストさん?」
遠藤は急いで駆け寄った。
『遠藤様。突然すみません』
「いえいえ!どうされたんですか?…てか雨も降ってますんでよかったら中へどうぞ」
『ではお言葉に甘えて…』
2人は傘をたたんで狭い階段を急ぎ足で登った。
「その辺に適当に座っててください」
さっさと着替えを済ませ、インスタントコーヒーを入れる。
『どうぞお気遣いなく』
「いえ。インスタントで申し訳ないんですが…ところでどうしたんですか?」
遠藤はストの向かいのソファーに腰をおろした。
『買い物で近くまで来たもので…事件はどうなってるかなぁと』
そんなことでわざわざ?
さっき会ったばかりなのに。
「数時間なのでそんなには進んでませんが」
『そうですか…』
???
『あ…あの、わたくしお屋敷の管理者として残る事になりました』
「そうなんですか!建物って人が住まなくなるととたんに荒れるっていいますしねぇ」
『ええ。わたくしも身寄りがございませんので助かりました』
「るりさんは?」
『彼女も残ります。自分にもしものことがあれば彼女も次の仕事が見つかるまで屋敷で働けるようにと生前に太虎様から仰せつかっておりますので』
「そうですか。…ところで、るりさんって御家族の方とかは?」
『……はい。こちらまで足を運びましたのはそのことで…』
ストは鞄からクリアファイルを取りだした。
中には履歴書と、かなり古びた一枚の写真が入っていた。
「これは、るりさんの履歴書?と…この女の子は?」
写真には一人の小さな女の子が写っていた。
大きな桜の木の下でニッコリと笑っている。
視線が外れていることから、どうやら撮られているのには気づいてないようだ。
『るりの履歴書と一緒にクリアファイルに挟まっておりました。わたくしはこの少女に心当たりがないのですが…でも…』
ストの考えていることはだいたい分かる。
この少女。
上から見ても横から見ても後ろから見ても、東西南北どこから見ても
このかわいさは間違いなく るりさんだ。
こんな写真を大切に持っているなんて、どう考えても普通の主人と使用人には思えない。
太虎とるりはどういう関係なんだ?
「履歴書の住所や経歴を見てもずっとこの辺りで暮らしてたように書いてありますが」
『わたくしもそう思っておりました。でもこれを見る限り太虎様とるりにはなにかしらあったのではと…』
確かに。
先程のミモザサンドの一件もある。
太虎とるりはどこかで接点がある?
少し調べてみてもいいかもしれない。
『母一人子一人で暮らしてきて、その母親も病気で亡くなったと聞いております。るりのことを太虎様は気にかけていらっしゃったのかと思うと…』
すみません…と、ストは目頭を押さえた。
「わかりました。このことは他言無用にお願いします。こちらで少し調べさせてもらいます。あと、るりさんとはいつも通りに接してあげてもらえますか?」
『わかりました。あと、これはわたくしの経歴といいますか履歴書でございます』
「ありがとうございます。お預かりします」
バァァァン!
扉が勢いよく開いた。
「ただいま戻りましたぁ〜…あれ?ストさん?」
『砂羽様。お邪魔しております』
「…来てたんですかぁ!」
砂羽はいそいそとヘルメットを脱いだ。
『はい。近くまで買い物にきましたもので。あ、ではそろそろおいとまいたします』
「また何かありましたらご連絡ください」
遠藤は立ち上がってお辞儀をする。
『わかりました。では…』
綺麗な一礼をしてストは出ていった。
「ストさん、何の用だったんですか?」
「ああ。実は…」
るりの経歴、小さな女の子の写真について砂羽に話した。
「なるほど。でもこの少女がるりさんって決まった訳じゃないでしょ?似てる別人かも」
「砂羽の言うこともわかるけど履歴書と一緒に入ってたんだぞ?しかもこれどう見たってるりさんじゃん」
「なんで断定できるんですか?」
「かわいいから!」
「………」
「…ゲホン…ま…まぁ、それはこれから調べるとしてさ、お前はなんか収穫あったの?」
「収穫どころの騒ぎじゃないですよ?知りたいですか?」
意味ありげな笑みを浮かべ、鞄から一枚の資料を取り出した。
「何これ?人の名前と……金額?なんの?」
そこには何十人もの名前と意味不明な金額がズラリと並んでいた。
「私さっきMiraさんの八百屋に行った時、太虎さんの顧問弁護士に会ったんです。借金の回収の為に差押え?っていうんですか?それの見積りに来てて」
「まぁ本人不在だしやりたい放題だろうな」
「ですね。蒼さんまで行方不明となると、もう実家から差押えるしかないですしねぇ…」
すこし悲しそうに砂羽はうつ向いた。
「で、この意味不明な資料とどう関係してくるの?」
「あ…それね、実は太虎さんからお金借りてる人達とその金額なんです」
「こんなに沢山かっ?!」
ざっと見ても100人以上居る。
闇金に手を出してしまう人間がこんなにも多いのか。
「それ、借りてる金額の多い順に書かれてるみたいなんですがちょっと上の方の人、見てください」
遠藤は何のことかわからず目を通していく。
「……………え?!」
借金額5000万円。
「これ…どういうことだ?!」
「はい。弁護士さんにも確認したので間違いありません」
ストさんです。
砂羽は声をひそめて言った。
寝耳に水だ。
先程渡された履歴書にもそんなことは一切書いていない。
ましてや屋敷で働いている人間だ。
太虎は知っていてストを雇っていたというのか。
「私もビックリしました。でも弁護士さんが知ってるってことはもちろん太虎さんも知ってたはずです。意図がわかりません」
「おいおい……じゃストさんにも動機はあるってことか?リナ助さんが死んだのもストさんのアリバイに何か関わりがあるのか…?」
「その辺はまだわかりません。でも…容疑者が絞りきれなくなってきました」
遠藤と砂羽はリストをジッと見つめて座っていた。
「がぁぁぁぁぉ!もうわかんね!」
遠藤は頭をグシャグシャとかきむしった。
「ですねぇ…もう目の前のことからやるしかないですよ!とりあえず今は蒼さんです!」
「そうだなぁ…ちょっとダメ元だけど蒼に電話してみるか?」
遠藤はスマホを手に取り蒼の携帯電話にかけた。
しかし電源を切っているようですぐに留守電へと変わった。
【はぁい♪蒼で〜す♪只今〜お花畑で綺麗なタンポポを摘んでるので電話に出ることが出来ませ〜ん♪アッチョンプリケ〜という音の後にメッセー】
ブチ
遠藤は無言で電話を切った。
「…………」
「ちょ!ボス!どうしたんですか?!蒼さん出ました?!」
「いや…なんだろうこの気持ち。俺の出会った蒼さんとなんか違う。スペックの低い俺の脳内じゃ処理が追い付かない」
「どういうことですか?!もう!私がかけます!」
砂羽はガラケで蒼の携帯電話にかけてみた。
……………………
……………………ブチ
「タンポポか?!タンポポなんだろ?!」
遠藤は放心している砂羽の肩をつかみ揺らした。
「……ボス。ピンクのゾウって居ますか?」
「なんだよそれ〜?!なんて言ってたんだよぉ?!怖いよぉ〜」
流石にもう一度かける勇気がなかった二人は地道に足で探すという結論になった。
「私は今から動物園行ってみます」
「俺は一服したら植物園行ってみるよ」
じゃ、と手を挙げて砂羽は出ていった。
遠藤はタバコに火をつける。
「やっぱ断るべきだったかなぁ…」
背もたれに大きくもたれ掛かり天上に向かっておもいっきり煙を吐いた。
バァァァン!
扉がいきなり開いた。
「うわぁ!ビックリした!」
砂羽が戻ってきたようだ。
「なんだよおどかすなよぉ〜忘れもんか?あ、もしかしてピンクのゾウさん見つかったか?」
椅子に座り直しながら冗談混じりで言った。
「ボス。居ました」
「マジでか?!お前頭大丈夫か?!」
「違います!蒼さんです!蒼さん居ました」
え??と遠藤が目を向けた先にひょっこりと蒼が顔を出した。
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