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遠藤探偵事務所の事件譚
Day2-9

『太虎叔父さんを殺したのはオレじゃありません』


始まりは遼のこの一声だった。


胡蝶蘭を後にして、事務所に戻ったのは午後11時を回っていた。

今日中に全て話したい。
明日には自首する自分が探偵の遠藤さんに詳しく話せるのは今日しかないと。


そう語る遼の真剣な気持ちに答えなくては探偵の風上にも置けない。


応接テーブルに向かい合わせに座る遠藤と遼。
砂羽は少し離れたデスクに凭れかかっている。
ポカリを飲み、酔いを覚ましながら聞いているようだ。


遠藤はワイングラスに入ったマミーをクルクル回しながら聞いていた。


『太虎叔父さんが殺された日はクラブ怒無でだじゃれん坊と取引きをしていました。待ち合わせたのが午後9時頃で、その後は朝まで一緒に呑んでました』

だじゃれん坊から聞いた話しと一致する。
やはり見せてもらった写メ通り、遼には確実にアリバイがあるようだ。

だが口裏を合わせてもらったということは無いだろうか?
誰かと共犯とか。
いや、それは無いな。
言い切れる訳ではないが、とにかく遼はそんな人間にどうしても見えない。


コイツはやるなら単独だ。


借金に多額の遺産。
殺害動機は山程あるのだ。
そこはどうだろう?

「太虎さんから何回もお金を借てるという噂を聞いたんだけど」

『はい。それはその通りです』

「最近では門前払いをくらってたってのは?」

『それは違います!オレは借りてた金を返しに行ってただけです』

「でも追い返えされてたって聞いたけど…」

『最近は確かに会ってもらえませんでした。それは返してた金が…まぁ、あまり綺麗な金ではないってことを叔父さんに知られて、そんな金受け取れるかって』

ダンッとデスクを叩く大きな音がした。

「はぁぁぁ?!なんで遼さんが逆ギレみたいなことそれなきゃいけないの?!自分だって充分汚いじゃない!あのヤミ金悪徳オヤジがっっ!」

砂羽が怒りまくっている。
なんだ?金でも借りてたかぁ?

「まぁまぁ砂羽もそんなキンキン言わないの。そういうことかぁ。でもさ…遺産、入るよね?それも莫大な」

体をグッと前に出し遼を見る。

『それでオレが殺したと。そりゃあんだけの額ですから人一人くらい殺すかもしれませんね。その為なら嘘もつくでしょう。いい子のフリは慣れっこです。そんくらいやりますよ金の為なら!オレの刑期なんて長くても2年だ。体綺麗になって出てきたらそりゃぁもうウハウハ生活の始まりですよねぇ〜!』

遠藤は目をそらさない。


『でも、オレはやってません。』

シンとする室内。

「わかった。信じてたけどね」

『もぉ〜人が悪いッスよボス〜』


砂羽がカラカラと横から笑う。


「じゃここからは容疑者ではなく重要参考人ってことで詳しい話し聞かせてもらえるかな?」

『もちろんッス!』

はいど〜ぞ♪と砂羽は遼の前にマミーを置く。

「あのさ、Miraって言う人知ってる?」

『もちろん!知ってますよ?蒼のお母さんでしょ?叔父さんに借金あるとかで蒼も一緒に返済がんばってるみたいですけどねぇ。あ、ボスならもう調べて知ってるんでしょ?オレと蒼の関係』

こちらは隠す気は無いようだ。
蒼とのギャップがすごい。

「うん。知ってる。でさ、それを踏まえてコレみてくんない?」

遠藤はスマホを取りだし1枚の写真を見せた。

『これ……なんでこんな写真があるの?』

見せたのは屋敷前に落ちていたというリナ助が握っていた指輪の写真だ。

『オレが蒼にプレゼントした指輪ッス』

やっぱり。
R to A
遼から蒼へ。

「コレね、屋敷の前に落ちてたんだってさ。太虎さんが殺された次の日の朝、ある人が拾った。で、その人も……殺された」

『!!』

「蒼さんが屋敷に行った可能性がある。蒼さんはこの指輪をいつも身につけてるの?最後にこの指輪を見たのはいつ?」

『一昨日の夕方くらいです。だじゃれん坊と逢う前に蒼と一緒に居ました。その時は……指輪は付けていました』

「それは確かか?」

『はい。オレ、蒼には冷たく当たってしまってて。自分が何やっても上手くいかないもどかしさとか、日々のイライラを全部ぶつけてしまって…その度に蒼は泣きそうな顔で指輪を撫でるんです。昨日もそうでした。それから喧嘩別れみたいになっちゃって』

てことは蒼が俄然怪しくなってくる。
アリバイが無い上に殺害当日の夜に屋敷へ行ったことはほぼ確定だ。

でも動機は?
Miraさんの借金か?

『あの……オレが言うのもなんですけど、アイツは人を殺したりできるようなヤツじゃありません。優しいヤツなんです』

「その優しさが裏目に出たら?」

砂羽が口を挟む。

「大好きな彼が荒れ狂ってる。お金が無いことで危ない仕事までする始末。口を開けば叔父さんの悪口ばかり。本当は叔父さんが大好きなくせに。この人はもっと優しい人なの。家族が欲しいだけなの。こういう時こそ唯一の肉親の太虎が守るべきじゃないの?どうしてそんなに彼のことを無下にするの?私がなんとかしなくては。太虎さへ居なければ頼れるのは私だけ。また元の彼に戻ってくれる!お金さえあれば危ない仕事も辞めてくれる!優しい彼に戻ってくれる!そう!あの人さえいなければ!!」


どうですか?と、砂羽は遼を見る。

「まぁまぁ…砂羽もそんなカリカリしないでさっ。あのさ…俺達、遼に会う前に蒼さんに会ったんだ。でも、君との関係も隠すし、母親の居場所さえ知らないと言った」

するとボソッと遼が呟く。

『アイツ…なんか知ってるんじゃないかな…』

「知ってるって?」

『実は今日の午後、蒼から電話があったんです』

時間を聞くと、遠藤達が蒼のマンションを訪れたすぐ後だった。

『私がなんとかする。大丈夫だから。って。電話はそれだけ言ってすぐに切れました。オレ、意味がわかんなくて今まで気にもしなかったけど…アイツはオレが叔父さんを殺ったと思ってるのか…?』


いや。もうひとつある。

【私が叔父さんを…だからアナタは大丈夫。関係ないから心配しないで】

そうとも取れる。

う〜ん…わからん!!

『オレのこと庇うつもりで…?』

「そうと決まった訳じゃないだろ?蒼さんが犯人かもしれない。あの夜、屋敷に行ったのは君じゃなく蒼さんだ」

遠藤は隠さずハッキリと言った。

『でも…』

無言の時間が過ぎる。

「ねぇボス。取り敢えず蒼さんにもう一度会って話し聞いたらどうですか?このまま悩んでたって解決しませんし…」

「そうだな。遼。お前もあんまり深く考えるな。答えはまだ出ていない!」

『…そうですよね!わかりました!』


ピピッ

デジタル時計が12時を知らせた。

『あ、今日が終わりました。これでボスの助手は終わりです!…てことでぇ〜♪呑みませんか?!』

コンビニ袋に大量に入った酒を取り出した。

「お前いつの間に…」

『まぁまぁ♪オレはもう客人なんですよ?いいじゃないッスか!明日からは拘置所で酒もタバコも無理なんですから』

最後の晩餐ッス!と遠藤に不思議な笑みを浮かべた。


「…まぁいっか♪砂羽〜グラスグラス〜」

はいはいと砂羽も交えて3人で酒盛りとなった。
事件のことなど一切触れず、ただただ笑って旨い酒をたらふく呑んだ。







『もうこんな時間かぁ……オレそろそろ帰ります』

砂羽は飲めない酒を飲んだせいかソファーで潰れて寝ている。

「そか。気を付けて帰れよ」

『遠藤さん…オレを一人にしていいんですか?』

逃げるとでも言いたいんだろうか?

「う〜ん。大丈夫なんだろ?」

くわえタバコでお尻をボリボリ掻きながら答えた。

『ハハッ!こりゃ裏切れないッスね!あ、言っときますけど蒼には会いませんし今日のことも口外しません。一応オレは助手だったんで秘密は厳守します』

「そりゃ助かるよ」

今、遼が蒼に全て漏らしてしまえば蒼から真実を聞けないかもしれない。
そして、逃走するかもしれない。

『オレ明日朝一で出頭します。それまでに部屋の見られたく無い物処分しないと…あ。証拠はきちんと残しておきますよ!もちろん』

「あぁ…遼君は個性的な性癖を持ってるから見られたら恥ずかしいもんね。とりあえず大人のDVDは処分しないとね!」

『もうなんとでも言ってください…』

ガックリとしながらドアへ向かう。
遼はドアノブに手をかけたがもう一度振り返った。

『遠藤さん。オレは明日大きな罪を抱えたまんま自首します。黙ってる限りきっと罪なんです。気づいちゃったんですよね。今回の事件に関わることなのかどうかもわかりませんが、オレには言えません。でも遠藤さんならそのうち気づくと思います』


なんのことか理解できずに遠藤は目を反らさずに聞いた。



『砂羽さん!待ってますからね!約束ですよ?!』

振り向くといつの間にか起きた砂羽がソファーから眠そうな顔で手を振りながら言う。

「約束は守りますよ。必ず行きます。約束です」

お世話になりました!と深々と頭を下げて遼は帰って行った。


「約束って何?」

砂羽に問う。

「あぁ…拘置所への面会ですよ。甘いもの差し入れてくれって」

「アイツ反省する気無いだろ…」

「そうですね」

砂羽はそこら中に散乱した空き缶の山をせっせと集め始めた。


最後の晩餐ねぇ…


両手いっぱいに空き缶を抱え、砂羽はボソッと呟いた。



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あきゅろす。
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