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遠藤探偵事務所の事件譚
sunset start

「こんなもんかぁ…?」


部屋の荷物をすべて運び終わり、床一面に埃だけが残るビルの一室。

窓からは西陽が差し込み、その光が舞い上がる塵を浮き上がらせる。



パンパンと両手を払いながら、グルリと室内を見渡す。




小さな町の小さな探偵事務所。

ここが彼の仕事場だ。

…だった。





夏場は湿度が異常に高く、冬場はコンクリートからの底冷えが激しい。
築35年の雑居ビルの力を思い存分に発揮しているのか、埋めても埋めても隙間風が止まることはなかった。

もちろんエアコンなどあって無いようなもの。

毛布にくるまる冬
扇風機でしのぐ夏
なんていうのは恒例行事だ。




唯一 気に入っていたのは事務所ビルの前が商店街だということ。


夕方になると途端に賑わうこの町は、野菜を売る親父の声や学校から走って帰る楽しげな声

自転車のベルの音、そして肉屋から漂う油っこい匂いまでもが2階のこの事務所まで流れ込む。

人々の声や音や香り表情が集まる場所。


今日でサヨナラだ。



頭を使い考えることを仕事とする探偵として、この騒がしい町は、はたして好条件と言えるのか?

そう聞かれると、いつもアッサリこう答えた。


『仕事?それ食べられんの?』




賑やかだから引っ越す訳じゃない。




まぁ仕事なんてそうそうあるものでもなく。
その上、気に入った人の依頼しか受けないという彼のポリシーが貧乏探偵事務所の懐を圧迫していた。





彼はこの町がとても好きだった。





「住めば都!?」


服についた埃を勢いよくパンッと両手で叩いた。

力加減を間違えたのか、叩いた場所がジンと痛む。


「痛って…!」


ソッとさすりながら部屋にたった一つだけある窓へ歩み寄る。
床には彼の足跡が点点と残った。




「おるぉぁぁぉぁあ!!」




入居当初から開き難かったこの窓は、気合いがなければ開けることさえ出来ない。
自分の他には入居者は居なかった為、大声を出そうが走り回ろうが知ったこっちゃない。
かなり自由奔放に生活していたように思う。



窓を開け、容赦なく差し込む夕日に目を細めポケットからお気に入りのタバコを取り出す。



「ラスト一本」



カチカチカチ…
ライターがついてくれない。


「ガスまで打ち止めってか?」



溜息をひとつ。
他に何か無いか身体中を探るが、ポケットからはコンビニのレシートと埃の塊しか出てこなかった。


「きったねぇ」

俺らしい。



視界に入った台所のコンロに近寄り火をつけてみる。


チチチチチチチチ…


ガスなどとうに止めてある。
少しならつくか?と期待したがやはり無理。

使ってないからか台所は綺麗なもんだ。


仕方なくタバコをしまおうとした時、ふと窓の縁に真っ黒の小さな箱が置いてあるのを見つけた。


(なんだこれ)




マッチ。

1本だけ残っている。



忘れられていたその箱は酷く埃まみれだった。

「はは…まだ残ってたんだ」



箱をスライドさせ、手にしたマッチは少し湿っていて何度も何度も擦り付けてようやく火が灯る。


ジジジジッ

タバコを吸い込み焼ける音が響く。



そしてめいっぱい肺まで吸い込んだ煙を窓の外へと吐き捨てる。





相変わらず商店街は賑やかだ。


何も考えてなんかいなかった。


窓辺に両肘を付き、ただただ煙を吸っては吐いた。





「おし!!」


吸殻を携帯灰皿に押し込み、埃にまみれたマッチ箱を洋服の袖で綺麗にする。






鞄を背負いドアを出て


そっと入り口の看板を下ろした。




カンカンカン…


錆び切った鉄の階段を降り2階の窓を見上げる。

(こんな高かったっけ?)


柄にもなく微笑んでしまった。


「よいしょっと!」


肩に食い込む鞄を抱え直し、人波とは逆に歩き始めた。













あれは。

忘れられない事件だった。










開けっ放しの窓辺には


握り潰されたタバコの箱と


綺麗に埃を落とされたマッチ箱が


2つ並んで置かれていた。










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あきゅろす。
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