遠藤探偵事務所の事件譚
Day2-8
商店街をひた走る。
時刻はすでに21時を回っていた。
いつもは疲れきった足取りで昇る事務所ビルの階段も、今日は脇目もふれず通りすぎ胡蝶蘭を目指す。
途中【よ!遠藤君!飲んでかない?!】と呑み屋のオヤジの誘惑。
「おやっさん悪い!また今度!」
走る足を止めず軽く手を挙げて答えるだけだ。
息切れしながら走る。
砂羽は何故胡蝶蘭に居る?
遼を追って飛び出したはずなのに。
「何やってんだ一体…」
ここで遼さんに逃げられたら事情を聞くどころではない。
こちらとしては殺人犯だと思ってる訳ではないが、そうでないとも言い切れない。
とにかく逃げた理由が知りたかった。
「ゼィゼィ…もぉ無理!」
がんばって走ってみたが、日頃の運動不足が祟ったのかすぐにバテた。
足を止め、両膝に手を付き息を整える。
『あれ…?遠藤…さん?』
背後から聞きなれない若い男に声を掛けられた。
はい…?と息切れしながら振り返ったそこには驚きの人が立っていた。
「!!!遼さん!!!」
コンビニの袋がカサカサと音を鳴らしている。
遠藤と遼は胡蝶蘭に向かって肩を並べて歩いていた。
(なんだこの状況は…)
まだ頭が混乱している。
何から切り出せばいいのか、お互いが迷っているようで無言が続いた。
『…タバコ切れちゃってね、コンビニで買ってきたんス』
先に口を開いたのは遼だった。
年齢よりは若く見える子供っぽい笑顔向けてくる。
なんだか思ってた印象と違う。
とても叔父の所へお金をせびりにくるような人間には思えない。
ましてや殺人など…
「あの…なんでさっき逃げたの?」
遠藤は単刀直入に聞いた。
『あぁ…すみませんでした。警察だと思って…』
無言。
気まずい空気の中、遠藤は言葉を探していた。
まだ逃走する恐れはある。
でも…何故か信じてみたい気持ちもある。
視線をずらすと古びたスナックから酔っ払いが転がる様に飛び出してきた。
いつもの商店街の好景だ。
『楽しい街っすね!』
すると遼は聞いた訳でもないのに、うつ向き加減でポツリポツリと話し始めた。
『昔はオレも真面目だったんス。まぁケガでゲートボール出来なくなってからは見ての通りッスけど』
だじゃれん坊達との取引は実際やっていたらしく、悪いこととは知りつつも抜けられずにいたという。
今日はだじゃれん坊に『こんなことはもう辞める』と告げにクラブ怒無に来たのだ。
そこで遠藤達と鉢合わせたという訳らしい。
『捕まりたくなかったんです』
「勝手な言い分だなそりゃ」
顔を見合せハハッと軽く笑う。
『そうですよねぇ〜。わかってます。全てきっちりお話しします!』
「そか。わかった」
何かは分からないが信じてしまう魅力的な瞳を持っている。
もしも
もしも遼が殺人を犯してしまったとしても、そこにはきっと理由がある。
決して許されることではないが、それだけの罪を背負っても進みたい何かがあったんだろう。
きっとこの目を見て砂羽もそう思ったんだ。
(一応相棒だからなぁ)
そんなことを思うとなんだかむず痒くなった後頭部をポリポリと掻いた。
『でもアレっすね。砂羽さん?滅茶苦茶な人ッスよ…』
「それが砂羽の売りだからね」
『でしょうね!そんな感じしましたよ』
遼は男子トイレから走って逃げたはいいが、店を出てすぐにケガをした足が痛みビル陰に身を隠したそうだ。
そこに飛び出してきたのが砂羽。
キョロキョロと辺りを見回し何か考えたかと思うと大きく息を吸って
「クラブ怒無で働いていた小石川遼さぁ〜ん!見かけた人いませんかぁ〜!カッコつけてるけど(ピーー)が(ピーー)で彼女に振られたことがある小石川遼さぁ〜ん!ノーマルそうで(ピーーーーーーーーー)なプレイが大好きな小石川遼さぁ〜ん!」
など大声で叫びまくったらしい。
『オレ、街ではそこそこ顔知られてたから周りの知ってる奴らが笑いだすし恥ずかしくなってさぁ…』
「で、出てきちゃったんだ」
砂羽に飛び付き口をふさいだ遼はそのまま引きずられるようにbar胡蝶蘭へ連れてこられたらしい。
『砂羽さん何も聞かないんスよ。ただ、今日は宴会だぁって呑み始めちゃって…で、この状況ッス』
「なんか…ごめんね。恥かかせた上に砂羽の相手させちゃって」
『いや!いいんです!めちゃくちゃ楽しかったッスよ!なんかさっきから笑いすぎで腹筋痛くて…』
ケタケタと笑いながらお腹をさする遼。
『でもさすが探偵ッスね!まさかオレの性癖まで調べてるなんて…』
「…は??俺達何にも知らないから話し聞きに行ったんだけど…」
……ニヤ
「ははぁん…カッコつけの遼君は(ピーー)が(ピーー)で(ピーーーーーー)な性癖なのかぁ〜そうかそうか♪」
『!!!!!違うッス!ちょっと言ってみただけッス…』
耳まで真っ赤だ。
かぁ〜わい。
おっと、このままではボーイズラブという新境地を開拓してしまう。
『でも、もう恥ずかしくてあの街には行けないッスよぉ。てか………』
『もう行きません。』
遼は真っ直ぐ前を見て微笑んだ。
行きません、か……なるほどね。
砂羽の意図がなんとなくわかったようで悔しかった。
胡蝶蘭が見えてきた。
『あ!店の外まで声聞こえてますよ!盛り上がってますねぇ〜』
先行きます!と遼は駆けて行った。
「ドア開けるの恐ぇぇ」
遠藤は扉の前で呟きノブに手をかけ開いた。
カランコロンカラ〜ン♪
中にはご近所の肉屋のおっちゃんや豆腐屋のおばちゃん。はたまた隣のスナックのマスターまで自分の店の客を連れてやってきていた。
そしてピノやユーキャンまでもが一緒に呑んで大騒ぎしている。
「あああああ!ボス!遅い!!」
砂羽の強烈なパンチが入る。
出来上がっておられるようでなによりです。
【あら遠藤君♪遅かったわねぇ♪】
「ママ〜。なんなのこの騒ぎ…」
【あら♪たまにはいいじゃない♪】
ねぇ〜♪と、ユーキャンまでもが声を合わせて言う。
【とりあえず、駆けつけ一杯どう?】
「いいねぇ〜!と、言いたいとこだけど今日はまだ仕事あるから」
【あらそう?残念♪】
「砂羽!仕事だ帰るぞ!遼さんに話し聞くんだろ?!」
ほぇ〜??とソファで寝そうになっている。
「あの給料泥棒が!…………おい!遼!」
『……はい』
突然呼び捨てにされて驚いて振り返った。
「あのぉ〜今日1日…て言ってもあと数時間だけど、お前オレの助手な!助手!砂羽の鞄と原付はオレ運ぶから遼はソイツ担いできてくれるか?」
『……はい!』
嬉しそうに返事が返ってきた。
【あらお兄さんみたいね♪】
ピノはチラッと流し目で言う。
「あんなクソ生意気な弟や妹いらないよぉ〜」
嬉しそうに砂羽をくすぐりたおして起こそうとしている遼をピノと2人で見ていた。
『砂羽さぁ〜ん!遠藤さ…ボスが帰るって言ってますよぉ。起きてくださぁい。今日しかないんですよ!』
『……オレ……明日、自首するんですよぉぉ?』
ガバッと起き上がる砂羽。
【いい子ねあの子♪】
「だろ?目を見りゃわかんだよオレは♪じゃ先に外でアイツら待つとしますか」
席を立ち、先に行くぞ〜と2人に声をかけようと視線を向けた。
??
そこには先程の笑顔とは正反対の真剣な顔で遼に話しかける砂羽が居た。
「どうした?」
不思議に思い遠藤が話しかけると砂羽は勢いよく振り向く。
「遼におっぱい触られたので慰謝料の請求を!」
『そりゃないですよ砂羽さ〜ん!』
あほか。
「じゃ犯罪者の遼の取り調べといきますか!」
『ヒドイっすよボス』
「よし!遼。マミーとポカリ買ってこい!」
砂羽まで調子にのって「お前は助手の助手だ!」と遼の背中をバンバン叩きながら言う。
『砂羽さんまで……』
3人はもつれるように店を出た。
遼はすでにコンビニへ走っている。
事務所までをぼちぼち歩く。
「なぁ砂羽。お前知ってたろ?」
「何がですか?」
砂羽はニンマリと笑う。
「ま、別にいいか?いいとこ全部砂羽に持ってかれた感じだけど」
「目を見りゃわかるんですよ私は♪……なに?見直しちゃった?」
今朝、砂羽に言ったことをそのまま返された。
有能?な部下を持つと大変だねコリャ。
「ところでさっきお前と遼は真剣に何を話してたんだ?」
「それは内緒です♪」
…ま、いいか。
事務所には到着したが、部屋には上がらず階段に腰掛けマミーとポカリの到着を待った。
ついでにもう一人の助手も。
あくまでもついでだついで。
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