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遠藤探偵事務所の事件譚
Day2-7

「ちょ…ボス!なんで私までこんな所入らなきゃいけないんですかっ!」


3人はクラブ怒無の男子トイレに移動していた。


ほとんど掃除されていない汚れたトイレは独特の臭いが鼻をつく。


ここには個室が3つと男子トイレ特有の便器が5つ。
この大きさのクラブにしては数が少ないのではないかという気もするが、場所が場所だ。
恐らくそのへんの道で済ましてしまうのだろう。
ほとんど人の出入りは無い。


だじゃれん坊と遼との取引はここで行われているようだ。
隔離されているせいか店内より数倍静かで、もってこいの場所ではある。


「もぉ…こんなとこ早く出ましょうよぉ…」

と、言いながら砂羽はなかなか入れない未体験ゾーンに夢中のようだ。
やれ汚い、やれここは用具入れかと色んな所を物色している。


さて、だじゃれん坊と接触できたのはいいがフロアでのカップヌードル事件のせいで3人は注目の的となった。
このままでは騒ぎになると慌てて場所を移動したのだ。


『まさか二人組とはな。しかも女連れとは恐れ入った。カモフラージュか?お前らプロだな』


と訳の分からない内に信用され今に至る。


『で、モノは持って来たのか?見たところ手ぶらじゃねぇかよ』


ギロリと遠藤を睨む。
(だがしかしダサいモヒカンだ)


「いや、これには事情があってな…」

『ナメてんのかコラァ!?』


グイッと胸ぐらを掴む。
(だがしかし袖無しジージャンにB'z稲葉革パンだ)


「別にナメてはないけど、ちょっと話しだけでも聞いてもらえないかな?」

『話し?んなもん聞く暇ねぇよ!』

さっさとだしやがれ…と、つかんだ胸ぐらを更に引き寄せ小声で凄んだ。


(ダメだ。この距離だとキスしてしまうかもしれない。でもコイツB'z稲葉革パンだしなぁ…せめてB'z松本革パンなら許せたのに…そうしたら眩しい夏に捕まえた白くしなやかな指先を払いのけ寂しい人混みの町で抑えていた恋をぶつけ合えるのに)




「…と、遠藤は思った」

『おぃぃぃ!さっきからなんなんだよ!カッコ内で俺のこと侮辱しやがって!しかも最後のほうはB'zの歌詞まるパクリじゃん!もう一度キスしたがってんじゃん!』

「聞こえてた?ごめんね☆テヘ」

『テヘじゃねぇよ…こら。お前らなんのつもりだ』

「申し遅れました。俺達こういう者です」

遠藤は名刺を取りだし渡した。


探偵?!と、眉間に皺をよせただじゃれん坊は一歩後ずさる。

「いやいや。君達が何してるかなんて問題じゃないんだよ。別にチクるつもりも無いしさ。ただ遼さんのことを少し聞かせてもらえないかな?」

『遼のこと?…なんで?』

遠藤は太虎殺害事件のこと、遼が甥っ子で殺人容疑がかかっていること、全て話した。






『ふ〜ん。確かにアイツ金に困ってたし…だからこんな裏家業に手ぇ出したのかもしれないしな』

まだ怪しんではいるが警察ではないことに安心している様子。

「最近いつ遼さんに会った?」

『一昨日』

「一昨日?!何時ごろ?!」

遠藤はだじゃれん坊の肩を掴んだ。
太虎殺害日当日だ。

『いてぇって!17日だろぉ?時間はぁ……ちょっと待って』

だじゃれん坊はスマホを出して操作しだした。

『あった。夜の9時頃だな』

スマホに保存してある1枚の写真を見せてきた。

そこには頭上でダブルピースを作ったウサギちゃんポーズのだじゃれん坊と遼らしき人物が写っていた。
背後に見えるデジタル時計は午後8時58分を示している。

『朝まで一緒に呑んでたぜ』

「途中で居なくなったりしなかったか?」

『そりゃトイレくらい行ってたけど2.3分だぞ?』

(遼にはアリバイがあった…)


遠藤はだじゃれん坊のスマホを握りしめて、う〜んと考え込んだ。


『もういいだろ!用が済んだなら俺は行くぜ』

だじゃれん坊はスマホをひったくり扉に向かった。

「おいおい、ちょい待て!」

『なんだよ…』

「あのさ、なんとか遼さんに会えないかな?」

『お前…やっぱり警察に俺らのこと突き付けるつもりだろ?』

腕を捕まれながらも睨み返してきた。

「いや、だから君達のやってることは別に口出ししないって」

側で聞いていた砂羽はスッと扉前に立ち退路を塞ぐ。
それを横目で見ただじゃれん坊は大きく舌打ちし捲し立てて言った。

『じゃなんなんだよ!もう用は無いだろ?!遼が何してたって俺には関係ないし、もし何かあってもダチ売るようなことは俺はしねぇ!』

睨みつけ一歩詰め寄る。


なかなか熱い男だ。
さすがカップヌードルにまで情熱を燃やすだけはある。

困ったなぁと思っていると突然入り口の扉が勢いよく開いた。
扉にもたれて油断していた砂羽は前に飛ばされる。

「ぷげらっ!!」

前のめりに倒れた砂羽の後ろから入ってきたのはあの男だった。

『おお!わりぃ…なんでんなとこ立ってんだよ。怪我ねぇか?』

手を差しだし砂羽を起こそうとする。
男子トイレに居るはずのない女を見て「女?!やべ。俺間違えた?!」と、扉の看板を急いで確認する男。





写メの男。遼だ。

砂羽は飛ばされた勢いで用具入れの角に足の小指を強打したようで、ふげぇーふげぇーと唸ってうずくまっている。



『遼!逃げろ!』

だじゃれん坊はすかさず叫んだ。


あ?と遼は訳が分からない顔した。
が、砂羽は一足早くうずくまった体制で腕を伸ばし遼の脚を掴んだ。


「ここ女子トイレなんですよぉ。汚れたお洋服…弁償していただけるかしら?」
ニヤッと笑う。


思い立ったようにだじゃれん坊は遠藤に殴りかかった。
もともとヒョロイ遠藤は簡単にぶっ飛ぶ。


「ボス!」
遼の足を掴んだ手の力が一瞬緩む。
その隙に何かを感じた遼はトイレを飛び出した。


大丈夫ですか?!駆け寄ろうとする砂羽に叫ぶ。

「俺は大丈夫だから遼さんを追え!なんか勘違いされてる!ここで見失ったらそれこそやっかいだ!」


でも…と躊躇する砂羽。

「あぁ…汚れた服は経費でクリーニング出してやるから頼むから行ってくれ」


「よっしゃ!それを早く言ってくださいよぉ〜!」

じゃ!とヒラヒラ手を振って砂羽は走った。


「なんという薄情もの…」


イテテテテと打ち付けた腰を庇いながら立ち上がる。


『さぁお兄さん。どうするよ?女一人で遼追わせたところでどうにもなんないよ?』

勝ち誇った顔でだじゃれん坊は遠藤と向かい合った。

仕方ないなぁ…と、首を1.2度ポキポキと鳴らした遠藤はふぅと息を吐き構えた。


『お前…!!まさか空手が出来るとは驚きだ…』

「あぁ…もう鍛え始めて10年になる」

『…!!こりゃおもしれぇ…』

「ビビったか?来ないなら…こっちから行くぞ?」



俺の業を受けられるかな?

10年だ…

辛い辛い修行だった。




通信教育だがなぁぁぉ!!




「エンポリオマジシャンズライトー!!」


(もうどうなっても知らん!)

遠藤は勢いよく踏み込んでいった。




ズザッ


「あれ?」



踏み込んだ足が濡れた床で見事に滑り天井が見えた。

「うぉっ!とっとっと!」

慌てた遠藤は腕を振り回し、闇雲にその辺の物を掴んだ。


「いって…」

何か掴んだが物が悪かったらしく結局は尻から豪快に着地したようだ。


「なんだよもぉ…やっぱ通信教育じゃダメかぁ……ん?」


右手に何か掴んでいる。
馬のしっぽ?
いや違う。人の毛だ。
でもなんか見覚えがあるような無いような…

モ…モヒカン…??(汗)



『やってくれるじゃねぇか…』


恐る恐る顔を上げると綺麗にスキンヘッドに様変わりしているだじゃれん坊が居た。


『誰にも知られていない俺の秘密を見やがったな…』




お前…


まさか…?!












「悪魔の実か!!」


『ちげぇよ!どう見ても出来のいいズラじゃねぇかよ!』


「隠さなくてもいいって。誰にも言わない。…………ハゲハゲの実か?」

『ツルツルの実でもピカピカの実でもねぇわ!』

「おお!大将3人揃い踏みだね!」

『そんな3大将嫌だろぉが!全員ハゲってそんな大将に着いてく部下いねぇだろ!すげぇ腹立つけどすげぇ泣きたいのはなんでだ?!』

遠藤はそっとだじゃれん坊に歩み寄る。

「海には…落ちるなよ…」


だじゃれん坊の両手に出来のいいズラを握らせウンウンと頷く。


『マジ怒った…』

湯気が出そうなほど顔を真っ赤にし、袖無しジージャンの懐からナイフを出してきた。

目が血走っている。
どうやら理性を無くしているらしい。

うぉぉぉという叫び声とともに遠藤に向かって襲いかかってきた。


ヤベッ…


とっさに目を瞑って身構える。



『警察です!動かないで!!』


扉が壊れんばかりの大きな音と共にみーきゃん警部が飛び込んできた。


「お前…なんで??」

だじゃれん坊は舌打ちしてなおも遠藤に飛びかかろうとした。

しかし扉から続々と入ってくる警察官を見て仕方なくナイフを捨て両手を挙げた。


『だじゃれん坊。殺人未遂と銃刀法違反の容疑で現行犯逮捕します』


ガチャリと両手をに手錠をはめ『お願いします』とだじゃれん坊を警官に引き渡した。


観念したのか大人しく連れて行かれる。



『ダサ…』

みーきゃん警部は座り込んでいる遠藤に手を差しだした。

その手を引っ張りよっこらせと立ち上がった遠藤は大きく安堵の溜め息をつく。

「助かった…サンキュ」

『砂羽ちゃんが電話くれたの。なんか急いでるっぽかったみたいで、走ってた?「クラブ怒無 男子トイレ 大至急」とだけ言って切れたわ。まさかこんなことになってるなんてねぇ♪』


「まぁ俺一人でも大丈夫だったんだけどな!犯人逮捕に協力してやっただけだよ」

『カッコつけたいなら護身術くらい身に付けたらどうなのよ。探偵なんて仕事してんのに命いくつあっても足りないわよ?』

「俺は平和主義者なの!」

『はいはいそうですね。じゃ私は行くから。…あ!!今日のことは明日じっくり聞かせてもらうからね!』

ビシッとお決まりポーズを決める。
今日もお手柄お手柄♪犯人逮捕〜♪と鼻歌を歌いながらみーきゃん警部は出ていった。


はぁ〜ともう一度大きな溜め息をつく。

「ヤバかったマジで。三途の川見えた…」


空手を習っておいてよかったと思った遠藤だった。
通信教育だが。



「って!!遼さん!!忘れてた!!」



急いでスマホを取りだし砂羽に電話をかけた。



2度ほどコールし砂羽はすぐに電話に出た。


【もしも〜し☆】

「ああ!オレオレ!」

【うは!オレオレ詐欺だぁぁ!本物だ本物!】

「はぁ?!おい!お前いま何処にいんの?」

よくよく受話器からの音を聞いてみるとなんだか騒々しい。
聞きなれたピノの声まで聞こえてくる。


「砂羽?おい遼さんどうした?!」

【やだママったらオレオレ詐欺なんて今時やってる人いませんよぉ!きゃははは♪】

だめだこりゃ。

「お前、胡蝶蘭に居るのか?遼さんどうした?!」

【え〜?遼さん?なんかコンビニ行くって出ていきましたけど〜?】


アホかコイツは!!


その後、何度か電話に話しかけてみたが砂羽は全くこちらの話しなど聞いていない。
非常に楽しそうだ。


「なんなんだアイツは?!」

遼は容疑者だぞ?!
一人になんかしたら俺なら逃げる。
確実に遠くへ逃げる!


荒々しく電話を切って遠藤も胡蝶蘭へと走った。





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