遠藤探偵事務所の事件譚
Day1-10
ここはbar胡蝶蘭。
事務所に程近いこの店は、席数こそそんなにないが商店街でもオヤジ達に大人気の店だ。
barというよりはスナックに近いが、ここのママはガールズbarだと言い張っている。
ママの名前はピノという。
遠藤達も3年ほどほぼ毎日通っており、ツケまで出来る常連客だ。
ピノはもう家族に近い存在だった。
カランコロンカラン♪
店内はまだ時間が早いせいか客は誰も居なかった。
♪あの地平線〜かがやくのは〜
『あら!今日はお早いお帰りで』
ピノは準備中のようで視線だけをこちらに向けニッコリ笑った。
「一秒でも早くママの顔が見たくてねっ」
棒読みの遠藤と砂羽はいつものカウンターに座る。
♪どこかに君を〜かくしているから〜
『はいはい♪で、何飲むの?』
付きだしとおしぼりが目の前に置かれる。
「俺いつものセット〜」
「私は、のりたま定食で」
いつものセット=あたりめかけゴハンと焼酎ロック
のりたま定食=どんぶり白米とのりたま1袋
である。
♪たくさんの灯が〜なつかしいのは〜
『あなた達そればっかり食べてるわね』
笑いながらキッチンに向かう。
♪あのどれかひとつに〜君がいるから〜
『で、ちゃんと仕事してるのぉ?そろそろツケも貯まってきてるわよぉ??』
♪さあ出掛けよぉ〜
「ピノ聞いてくれよぉ…俺、なんか大変な依頼受けちゃってさぁ〜」
♪ひときれのパン〜
『ええ??なんてぇ???聞こえなぁい』
「いや、だから…」 ♪ナイフ〜
「事件がね…」 ♪ランプ〜
「あの…だからね…」 ♪カバンに〜
♪つめこんでぇぇぇぇ〜
「「うっさいわぁぁ!!」」
「ちょとピノボリューム下げてぇ!頭上から少女落ちてきちゃうからボリューム下げてぇぇ!!」
ここからがいいとこなのにぃと拗ねた様子でピノはBGMを切りキッチンから出てくる。
「ごめんねママ。ボスも私も今日は飛行石クリーニングに出してて持ってないんです」
砂羽は申し訳なさそうに言った。
『あらそうなの?じゃぁ仕方ないわね。少女降ってきても受け止めきれないものね…』
しょうがないしょうがないと、遠藤達の前に定食を置く。
「「この世の全ての食材に感謝を込めて…いただきます!!」」
『はいどうぞ♪てゆうかさっき言ってた大変な依頼ってなんなの?』
どうやら聞こえていたらしい。
「なんかね、殺人で密室が大富豪なんだよ」
『あらまぁ!大変!じゃその太虎さんとやらの身辺を調べてるのねぇ』
何故それだけで通じるんだと砂羽は思ったが、相手はピノと遠藤である。
2人揃えば砂羽1人では敵うはずがない。
民間人vsサイヤ人だ。
「それでさ、なんか怪しい奴いっぱい居て明日から聴き込みなんだよ」
『ふぅん…まぁたまにはいいんじゃない?普段は日曜日のお父さんみたいなもんなんだし』
「ママ、それは良く言い過ぎですよ。まるでニートですニート」
きゃはははとピノと砂羽。
「あのなぁ…俺は人生という名のRPGをだなぁ…」
「そうだボス。ママに写真見せてみたらどうですか?こう見えてママ顔広いし」
話しを最後まで聞け。
でも砂羽の言うことも一理ある。
今は少しでも情報が欲しい。
箸をくわえたままズボンのポケットを探り取り出したスマホをピノに渡す。
「その最初に写ってる惨殺死体が被害者の太虎さん」
どうだ気持ち悪いだろぉと遠藤はほくそ笑む。
ピノはスマホをジッと見つめる。
『あれ…この人…』
「ママ!この人知ってるんですかっ?!」
砂羽は椅子を跳ねのけ身を乗り出した。
手に持っていたのりたまがサラサラとこぼれ落ちる。
『……お金持ちの人でも突っ張り棒使うのねぇ♪万能だものねぇ♪』
「それだけ??顔を見たことは?」
『ない♪』
のりたま返せと暴れまくる砂羽を押さえながら遠藤は溜め息をつく。
『そうだ!アルバイトの子にも見せていいかしら?彼女達ここに来る前もbarで働いてたから顔は広いと思うし。私よりはよく顔覚えてるんじゃないかしら?』
「若いからな」
机に頭がめり込んだ遠藤を横目にピノはバイトの子に声を掛ける。
すると2人の女の子がカウンターへやって来た。
『この子達、昨日から働いてくれることになったの♪』
【Uっ子でぇす☆】
【candyでぇす☆】
【【2人合わせてユーキャンでぇす☆】】
「おお!あのAKBでも資格が取れるというアレか?!」
「ボス…まぁそんな感じでいいです」
ユーキャンはスマホを手にして写真を覗き込む。
【アレ…このおじさん…】
「知ってるんですか?!」
砂羽はのりたまの代わりに貰ったゴマリッチ(梅)を握りしめ身を乗り出した。
学んだようだ。
【そうだ!絶対そうだよ!こないだ蒼ちゃんと深刻に話してた…ほら!覚えてない?】
【…ほんとだ!突っ張り棒握ってるから良くわかんなかったけど絶対そうだよ!】
突っ張り棒を握ることによってどんな化学変化が彼女の脳内で起きるというのだ。
ピノと働くとキャトルミューティレーションされるのか。
…って待て待て。
今、蒼ちゃんとか言ったよな?
「なぁ!蒼ちゃんって八百屋の娘さんの?!」
【そぉだよぉ♪】
【お母さんの借金結構あるみたいで蒼ちゃん悩んでたの】
借金がある八百屋の娘で名前が蒼。
どんな大きな町でもここまで一致する他人はそうそう居ない。
間違いない。Miraの娘の蒼だ。
「ねぇねぇユーキャン!蒼ちゃんの家の場所とかおじさんに教えてくんないかな?ちょっと聞きたいことがあるんだ」
【え〜…おじさんにぃぃ??】
【ねぇどうする?】
ヒソヒソと話し合うユーキャン。
何故だ。
目から液体が出てきそうだ。
「私が聞いときますよ…」
ドンマイっと遠藤の肩を叩いて砂羽はユーキャンから蒼の住所を聞いた。
「あれ?蒼さんってアザイアに住んでるの?!…ボス。太虎さんの甥っ子の遼と同じマンションですよ?!」
「うお!まぢでか?!」
しかも部屋が隣同士だ。
顔見知りなのか?
明日2人に当たってみよう。
「明日は忙しくなりそうですね…なんか頭が整理しきれないですよ。とりあえず帰って寝ます」
砂羽は安全第一ヘルメットを被る。
「おお。また明日な」
「そうだ!明日はリナ助さんと約束してるんですからボスも早く寝てくださいよっ!6時50分!現地集合!よろしく!」
ヒラヒラと手を降って砂羽は帰った。
「俺も帰るかな…ピノ。代金いくら?」
『200万円になりまぁす♪』
「えらいやっすいなぁ〜付けといてぇ〜」
遠藤も店を出た。
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