遠藤探偵事務所の事件譚
Day1-9
夕刻ともなると、普通ならあちらこちらの家から夕飯のいい香りが漂ってきそうなものだ。
だがここは豪邸の集まる街。
秋刀魚の焼いた匂いや煮物の香り、ましてや食欲そそるカレーなどという家庭を想わせる香りは一切しない。
寂しいが、屋敷前は朝となんら変わり無い景色と空気を漂わせていた。
この辺りは夕方のゴミ回収がある。
景観を気にしてか、各々の家から費用を出し合い朝夕2回のゴミ回収が行われているらしい。
そしてそれを請け負っているのがリナ助と言うわけだ。
「そろそろリナ助さん来ると思うんですが…??あの車かな??」
砂羽の指さす先にゴミ回収車が見えた。
ピンクだ。ものすごくピンクだ。
ラクスクライン仕様だ。
♪チャンチャラランラン♪と毎度お馴染みのあの音楽を鳴らしながらゴミ回収車は遠藤達の前に止まった。
『あんたらかい?ワシに話があるっていう人は』
車から降りてきたのは50歳くらいの初老の男性。
ストが連絡してくれていたようでリナ助の方から話しかけてきた。
「あなたがリナ助さんですか?僕はこういう者です」
名刺をリナ助に差し出した。
『遠藤探偵事務所。漢字ばっかりで読みにくいのぉう。朝鮮民主主義人民共和国みたいじゃのう…』
額まで眼鏡を上げ目を細めた。
『あんたら太虎さんのこと調べとるんじゃって?』
ストから粗方聞いているようだ。
「そうなんです。それで私達、少しお話を聞きたくて来ました。リナ助さんはいつもここのゴミ回収を?」
『あったりめぇよぉ!他の奴になんか任せちゃおけんよ!おらぁ二十歳の頃からゴミ回収業始めてさんじゅ〜にねん!昔はこの辺りも綺麗なもんじゃった…近頃の若いもんは、こんな仕事は服が汚れるだの臭いだの街を散らかすだけ散らかしおってからに。戦後間もない頃は食べ物も無くてのぉ…ワシらはどんな仕事だってしたもんじゃ。ありゃワシが19の頃じゃ。とあるゴミ置き場で出会った綺麗な少女と……………
【10分後】
「次、ボスの番ですよ」
「あ!お前は角ばっか取りやがって!」
話が長いので絶賛オセロ中。
『……てことで、ワシは嫁にするならビアンカ派じゃ。お前さんらはフローラ派か?』
「「どっちでもいいわ!」」
気を取り直して話を続けていこう。
「ところで昨夜ストさんとご一緒だったと伺ったんですが」
『ああ。一緒におったよ?ストの奴が水樹奈々ちゃんのライブデーブイデー持ってくるっちゅうからワシは家で全裸待機しとったよ。確かストが家に来たのは午後7時頃かの。で、服を着たのが午後10時くらいかの』
「えらく長い間全裸だったんですね」
『デーブイデー2週したからのぉ。あの後半の歌は神がかっとった…あの娘は歌の心がわかっとる』
うんうんと頷くリナ助と遠藤。
「…全裸はデフォルトなんですか?」
ドン引きしながら砂羽が遠藤に聞いた。
「当たり前だろうが!お前そんなんでよく今まで生きてこれたな」
『あんた話しがわかるのぉ!』
ふぉっふぉっふぉとリナ助が笑う。
「全裸話しはもういいです…ところで、太虎さんはかなり恨まれていたようですが、どなたか心当たりはありませんか?」
『そうじゃなぁ…そういえば最近よくアイツが屋敷に来とったの。太虎の甥っ子の遼っちゅう奴じゃ。あいつは大分悪いことしとったみたいで、いつも太虎に頼み込んでは金借りとったみたいじゃよ?』
太虎の甥っ子。
名前は小石川遼。両親はすでに他界し、肉親と言えるのは太虎1人だったようだ。
若くしてプロゲートボーラーになり、過去には賞金王にも輝いたが現在は何をしているかは不明。
裏ではかなり悪さをしているともっぱらの噂だ。
『最近ではあまりにも金を借りにくるから太虎に門前払いくらっとったみたいじゃが。太虎が死んだら財産は全てアイツに入るからのぉ…アイツならやりかねん』
「遼さんにお話を聞きたいのですがどちらにお住まいかご存知ですか?」
『アザイアのマンションで独り暮らししとるらしいけどの。ほとんど家にはおらんようじゃよ?確か自宅近くのクラブ?とかいうとこで部活しとるらしいから行ってみたらどうじゃね』
「ボス。明日行ってみましょう」
「そうだな。リナ助さんありがとうございました」
『そうそうそれとな、今朝屋敷前で指輪を拾ったんじゃ。かなり傷だらけじゃったから警察にはまだ届けておらんのじゃか。なんか参考になるかのぉ?明日持ってきてやるわい。なんか変なメモも拾ったしそれも持ってくるわい』
「変なメモ?何が書いてあったか覚えてますか?!」
砂羽はリナ助に食いついた。
『いやいや、そこまでは覚えとらん。あんたらが明日確認すればええじゃろ?』
そうですかぁ…と、溜め息をつきながら砂羽は呟いた。
『じゃぁそろそろワシは仕事に戻るからの。なんかあったらここに連絡くれればええから』
リナ助は【老人でも簡単安心らくらくフォン】の携帯番号を渡してきた。
「ありがとうございました」
リナ助と明日朝7時に合う約束をして別れた。
「なんであんな朝早い時間に約束すんだよぉ…」
「仕方ないでしょ?!ゴミ回収作業員さんの朝は早いんです!リナ助さんに合わせてあげましょうよ。なんか証拠も手に入りそうですし」
「わかったわかった。てか腹減らない?よくよく考えたら俺達朝からマミーとコーヒーしか口にしてないよ?」
お腹を押さえて遠藤が言う。
「確かにそうですね。じゃいつものとこ行きますか?事件のこともちょっと纏めておきたいし」
「いいねぇ♪酒だ酒!」
「結局水分ばっかじゃん」
遠藤と砂羽は行きつけのbarへと向かった。
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