香る春の予感 (沖田)
 

「なんでィ、今日は豪勢だなー」
「あ、沖田さんお疲れ様です、」

まあ、本来ならこんな場所には縁のない行事ではあるのだけれど。
名前は真撰組の屯所で女中を務めており、日ごろから料理掃除洗濯など生活全般の補助に関わる手伝いをしている。
今日は、3月3日、そう、桃の節句だ。
女の子の日、ということで本当は男所帯のここ真撰組には忘れ去られていたイベントで、今日も普段と変わらないはずだったのだが、ちょっとした計らいだ。

(まあ宴会なら近藤局長が好きだから結構頻繁にあるんだけどね)

夕飯のメニューは、散らし寿司、鶏のから揚げ、さつま芋のサラダ、お吸い物、お酒のおつまみに雛あられ、後小さいがケーキも用意してある。
普段は白米に味噌汁におかずが数品、それに比べると沖田の言うとおり豪勢なのだ。

「まさか名前、俺の誕生日を祝ってくれるんですかィ?」
「ちょっと、沖田さんの誕生日は今日じゃないじゃないですか」
「じゃあ何でこんなに美味そうな飯なんでィ」
「雛祭り、だとよ」
「土方副長、」

煙草を吹かしつつ、廊下に面した縁側から土方が入ってきた。 豪華な料理を見て少なからず浮き足立っている隊士を見て眉をしかめてはいるが、実はこのイベントに関してはまんざらでもなさそうだ。

(どーせマヨネーズまみれの雛あられになるんだろうけどねっ)

その証拠に土方の右手にはもう新品のマヨネーズが準備万端とばかりに握られている。

「雛祭り、って、女の子の祭りでしょう、真撰組で?」

嬉しそうではあるものの多少訝しげな沖田に名前は苦笑した。

「嫌ですか?」
「いや美味そうだからよし」
「ふふ、そうですか」

沖田隊長はたまに女の子みたいに可愛いからな、という感想は言わずに心にしまっておいた。

「こんなに作ってくれて、ご苦労だったな!」
「局長!」

職業柄会う事は大いにしろやはり一般人の目の前に真撰組トップ3がそろわれると圧巻だ。
名前はこの3人を特に尊敬視しているからなおさら。
「もう食べられるのか?」
「ええ、準備は出来てますよ」
「俺ぁもう腹減りすぎてヤベェ」
「せっかくの料理が不味くならァ土方コノヤローのマヨマジック」
「うるせーぞ総悟食べる前に腹切っかゴルァ」

いつもと違う日なのにいつもと変わらないこのやりとりに思わず笑みがこぼれる。
ちょっとでも喜んでもらえたら、と頑張った甲斐があったというものだ。

「それじゃあ、どうぞ食べてください」
「いただきまーす!」

そう言うや否や寿司をかっこみだしたのは局長。案の定マヨまみれにしている副長。

(…あれ、沖田隊長は?)

「名前、」

どこにいったんだろう、そう思った瞬間に縁側からちょいちょいと手招きされた。

「隊長食べないんですか?」
「ちゃんと食いまさァそれより、」

楽しそうに笑いながら沖田は名前と広間からは見えない位置にこっそりと移動する。

「雛祭りって桃の節句ですよねィ」
「そうですよ?」
「女の子の祭りですよねィ?」「、そうですよ?」

もう夜だから暗くてよくわからないけれど、心なしか、

(沖田隊長の顔が若干赤い、様な)

そうふと思った瞬間、

「じゃあこれ女の子の名前にプレゼント」
「え」

そう言った瞬間、ふわっと桃の香り。
気が付くと名前の髪には一枝の桃が飾られていた。

「知ってたんでィちゃんと今日が雛祭りで、女の子の祭りの日だって」

嬉しそうにはにかみながら耳元で囁く。

「だから俺からお祝い」

わざわざ花屋行って買ってきたんでィ大の男が恥ずかしーのに、感謝しろィ、と堂々と。

「ホントは俺が名前にお祝いするはずがアンタまで俺達にお祝いだもんな、」

耳元に近づけていた顔を離して、満面の笑みで笑う。

「あ、ありがと、ございます…」

あまりにびっくりしてお礼も何も言えたもんじゃない。
とんだサプライズプレゼントだ、それも凄く、凄く嬉しい。

「っありがとうございます!」
「何回言う気でィ」
「ほんとに、凄く嬉しいです!」

予期せぬプレゼントも、その気持ちも。
この善き日を一緒に祝えた事も。

「大事にしろよ」

そう言ってまた少し恥ずかしそうに笑った顔も。

「もちろんです」

凄くドキドキして、同じくらい嬉しさと幸せを感じている自分も。
かすかに香る桃の匂いに包まれて。
きっともうすぐ沢山の春が訪れる。


「あの、でも、お祝い、ってちょっと違うかもしれませんね」
「まじですかィ」




20080309_吾風



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