二時の終電 二時の終電 T 仕事が遅くなってしまった。 今日はたまたま帰りが遅れてしまったのだ。 毎日毎日電車に乗り、夜は八時か九時頃に電車に乗って帰宅する。 だが今日は終電に乗ることになりそうだ。 時間に余裕を見ながら、駆け足で電車へと乗り込んだ。 入ってすぐ目の前の椅子へと腰をおろす。どうも疲れてしまって、貧血で今にも倒れそうだったからだ。 「まもなく、発車いたします」 綺麗な女性の声がマイクから入る。疲れている俺にとっては、どこか疲れが取れる気分だった。 終電は夜の一時、今は十二時五十分。 まもなく発車というのも頷ずける。 腕につけた時計がチクチクと音をたてて時間を進めているが、車内には俺以外誰もいない事もあってか、ずいぶんと大きくその音が聞こえてきた。 さっきまではあんまり気にも留めてはいなかったのだが、改めて車内を見回してみると、しんと静まり返って少し物寂しい気分である。 終電にはこれまで一度も乗り込んだことはなかった。だからさほど気には留めないし、多分……いつもこんな感じなのだろう。 世の中が地球温暖化だかなんだかんだと騒いでいるこの頃、結構な二酸化炭素元だとも……石油の無駄使いともいえる気がする。まあ、終電がなくては、今俺は歩いて帰らなくてはならなくなってしまっていただろうが。 そんなことを思いながら、すっかりどっぷり暮れた空、そんな空を窓越しに眺めた。 空はどちらかといえば黒い青で、建物や山は真っ黒に染まっていた。所々人工的な光が漏れているところを見ると、俺よりも遅く会社に残って仕事をしている奴がいるらしい。そいつに「お疲れ様」と一声かけたいものである。 会社はただ仕事をする場所だけではない気がするが、俺が通勤している場所はそんな甘っちょろい場所ではない。 何度もやめたいと思ったが、なかなか話をつけられず今日までづるづると話を引きずってきた。 でもやっぱり俺には話を区切れるほどの勇気はないさ。 どこかの会社の誰かや、この空を見上げれば何処からかそんな気持ちが懇々と湧いてくるのだ。 昨日とは少し違う景色、真っ暗な空の私情模様。 重ね合わせてしまうのは俺だけではないはずだ。 「発車します」 再び車内に声が響き、しゅーと機械音が鳴って電車の出入り口の扉がしまった。 俺はつまらないとは思わない、こんな人生いやだと逃げ出す奴はいるかもしれないが、結構これでも楽しんでいるほうだ。 電車の中で、少しずつ変わっていく模様も、毎日違う景色も……すべてが同じではないというところが好きだ。 だから俺は退屈しないし嫌にならない。 例えば、電車のレールの上を走る音。 ガタン、ガタンと何度も振動として伝わる音は、何処か心地がいい。時にはよってしまいそうになることはあるが、だがやはり楽しい。 「終電はいつもと少し音が違う気がする」 其れは俺の気のせいだと思うが、何処か音が違う気がした。 ――カチカチ 電車内の電気が少し消えそうだ。 いや、俺の号車ではなく四つ向こうの号車である。 そういえば今気がついたのだが、この電車の電気は少し暗い。普通の蛍光灯なのだが、明かりが少し暗い気がした。 だがただの気のせい。 「……新聞でも読むか」 発車した電車の中、俺は足元においていたスーツケースを上に上げ、中から今朝の新聞を取り出した。 最近トップに来るニュースが自然災害についてが増えた気がする。自然を甘く見てきた人間も悪いとは思うが、主にそれを推し進めてきたのは日本国家だ。 俺たちは悪くない。 ――ガタン ガタン 電車がゆれる音と共に、新聞を開いて読む。そんなニュースを読んでいて楽しいのか? と聞かれた事があるが、世の中の誰かの不幸を見るのは少々たのもしい。 別に俺はサディストでもなければ興味本意で群れる野次馬でもない。ただそれは本能的なもので、人の身に起こった事を素直に喜ぶ事が出来ないのだ。 俺の周りの人間もそんな感じの人種ばかり。悪いのではないが、良いとも言い難い。 例えそれが人間の通常の感情だとしても、それをそのまま鵜呑みにしてあざ笑っているのは馬鹿な事かもしれない。 でも俺にはその感情を断ち切る事は出来ないのだ。俺が不幸だからかもしれないし、俺が優柔不断だからかもしれない。 こんな俺は嫌になる? いや……でも嫌にはならない。 これが俺だからだ。他でもない俺という存在の証しであるからだ。 例えば新聞の中に俺のことが載っていて、強盗で逮捕された男と載っていても、俺はさほど大して驚かないだろう。 理由は簡単だ。 それが俺のした事実だという事。 嘘ではなく、自分がした覚えがあるから驚かない。 ――ガタン ガタン 電車のレールを走る音が妙に早くなったきがした。 顔を上げて目の前の窓ガラスへ視線を送るが、見える景色は大して変わらない。 もしかしたら未だそんなに進んではいないのかもしれないが……。 俺は新聞を結構読み進めたのだが……五ページ程読めば、何時もなら一つ向こうの駅へとついている。だが未だ駅など見えない。 「……可笑しいな」 少し不信に為ってきたのだが、今日はゆっくりと走行しているのかもしれないだろうから、そのまま読みつづけることにした。 次のページをめくれば、日本人の行方不明者の事が書かれていた。写真も幾つか貼り出され、どうやら残された人は必死で探しているらしい。 そんなに必死になって探したとしても、海外へ連れていかれていたら意味があまりない気もしないでもない。日本政府へと呼びかけるのならば未だ効果はあるが、ちっぽけに宣伝してもその効果は薄い事だろう。 俺は毎日帰りには新聞を読んでいるが、この記事を見るのは何十回目にも上る気がした。 写真を全て目で追っていると、ふと気になる写真が一枚。 「……猫まで探してらぁ」 その記事の中に偶々見つけた猫の写真。真っ黒の体が印象的だが、普通なら「行方不明者」の欄には出さずに、「迷い猫、迷い犬」の欄に出すのが妥当だと思う。 これは出版社側のミスだろうか? それともこれは猫ではなくて着ぐるみか。 まずありえない事ではあったが、可能性が無いわけではないのだ。俺は深く考えるのは嫌いだし、考えていると頭が痛くなってくるから、そのページをめくって次のページを開いた。 ――カチ カチ 「……」 さっきよりも点滅音が大きくなった。 電車の電気が故障でもしているのだろうか、また顔を上げて見てみると、四つ向こうの電気が点滅気味だったのが、今は三つ向こうのが点滅気味になっている。 電気の通りの具合にもよるのだろうか。もしかしたら配線のつなぎ方がこの電車はゆるいのかもしれない。未だ俺の号車は点滅していないのだから関係はないだろう。 また新聞に視線を戻し、今度は小説を読む事にした。 新聞の中に連載されている小話というべきか小説は、毎日読むのを楽しみにしている一つのイベントだ。 毎日話の内容が違うので面白いと思う。考えている方も大変ではないかとも思うのだが、話しを考えるのが楽しいと感じる人も多いのだろう。 もっぱら俺は読むほうに回るのだが。 今日の話しは「殺人兵器」という題名から始まっている。明らかに怖そうな話しだが、反対に興味がそそられた。 「殺人兵器か……誰か殺すのか?」 ホラー系統はそこまで好きではない俺も、新聞に載っている話であるということと、ちょっとした興味本意で読む事にした。 [次へ#] |