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溢れる色に目覚める春に #☆

「雲雀!桜見に行かねーか?近くの公園、今満開でさ!すっごく綺麗なのな!」

山本武に関する記憶はその言葉が一番に出てくる程に、桜は彼の事を思い出させる。
当時中学生だった僕は、春休みの学校で仕事をしていたにも関わらず強引に手を引かれ、近くのコンビニでお茶と和菓子を買って。
渋々ながら着いた公園では見事な桜が咲き誇っていた。
暖かな陽気に、柔らかな日射し、心地の良い風。
桜を見上げた山本は、それはそれは嬉しそうに笑っていて。
どうしてそんなに嬉しそうなの?と聞くと、

「雲雀と一緒に桜が見られたから!」

と、恥ずかし気もなく言ってきた。
僕はどう対応していいのか分からなくて、ようやくそれだけ理解出来た、自分の頬が熱くなっている事を必死で隠すように顔を背けたのを覚えている。
思えば、あの時から惹かれていたのかもしれない。



それからというもの、山本と桜に関する思い出は増えていくばかりだった。
新学期が始まっても、学校からの帰り、やっぱり無理矢理に手を繋がれ、いつものようにあの公園へと向かった。
色々な桜の姿を見た気がする。
青空の中にぽっかりと浮いたように咲く桜、夕日に映える桜、暗闇の中ほんのりと咲く桜。
あの頃は、照れくさくて離してしまった手を、もう少し繋いだままでいればよかったかもしれない、と少し後悔した夜も数知れず。
その分だけ、山本と桜を見たという事だ。



桜の散りかけ、葉桜になりかけた時も僕らは桜を見ていた。
裸の木ってなんか寂しいのなー。
そんな事を言って幹に手を当てながら、自分の事のように山本は淋しそうに笑っていた。
なんだか僕も少しだけ切なくなって、多分それは毎日のように繰り返された幸せが桜と共に終わりを告げる事になったからだと思う。
それでも僕らには続きがあった。

「なあ、雲雀、俺……」

恥ずかしいのか、背中を見せながらの告白。
まだ中学生だった僕らは言った方も言われた方も、いくら思いが同じとはいえとても恥ずかしくて、顔を真っ赤にして暫く立ち尽くしていた。
終わりかけの桜が、そんな僕らの姿に苦笑するように花びらを落としていた。



それから数年後。
僕は一人でイタリア発の飛行機に乗っていた。
勿論、一般人が乗るタイプのではない、チャーター便だ。
僕は窓の外を眺めながら、これから向かう先、日本の並盛に咲く桜を思い浮かべた。
今の時期満開に違いないそれらは、毎年毎年どんなに仕事が忙しくとも、山本と二人、見に行こうと約束した木々。
その事を思い出して、嘘吐き、と心でなじってももう意味は無くて。
僕は溜め息をつくと、飛行機の後ろの方へと向かった。
この飛行機には区切られた部屋があって、そこには棺桶が安定を保って置かれていた。
その中には、山本武がいる。
そう、山本武は死んだのだ。
だがしかし、決してマフィアの抗争に巻き込まれた末の、ではなく只の病気だった。
それに気付いた時にはもう遅く、体のあちこちに転移していたそれらは、山本の命を蝕み、奪っていった。
仕事の都合上、何ヶ月か会えない事なんてざらだったから、だから今も全くもって実感がない。
またいつものように朗らかな笑みを浮かべて、僕の名前を呼んできそうでならなかった。
僕は棺桶の横に置いてあった時雨金時に手を伸ばすと、慈しむようにそれに触れた。
山本の遺言で、この刀は僕が持つ事となった。
しかしたとえ剣であろうと、少しでも長く使い手の傍に居たいはず。
この死体を山本の父に届けるまでは、山本の近くに置いておく事にした。
正直、自分には価値など分からないが、それでも山本が残してくれたものなのだから大事にするつもりだ。




日本に着き、並盛に着いた。
山本の家、竹寿司はまだ健在で、山本の父もそこに居た。
何ヶ月か前から体を患っていた山本は、きちんと父にもその旨を伝えていた。
覚悟は出来ていたらしく、僕が訃報を伝えるとそうか、と小さく呟いた後、にっこりと笑ってありがとう、と告げてきた。
こんな時に無理に笑う必要などないのに、不器用な僕はそれを言えなかった。
時雨金時をもらう点については快諾された。
山本と僕の関係は知っていたらしく、色々と言われて少しうろたえた。
こういう所が本当に親子だと思ったが、結局山本の父は、山本の存在を喪った僕については何も尋ねてこなかった。
竹寿司を出る時にじゃあな、とかけられた言葉は、堪えきれず、今にも泣きそうな声だった。僕が出ていった瞬間、涙を流すのだろう、何も言えずそこを立ち去った。



手には時雨金時を持ち、僕はあの公園へと向かった。
想像していた通り、そこにはたくさんの桜が咲いていた。平日の昼間のせいか人のいない公園で、僕は足を進めて桜の下に立った。
見上げて、桜の花弁を目にした途端、フラッシュバックするようにたくさんの記憶が蘇る。
鮮やかなそれらは、僕の目から一筋の涙を溢れさせた。
穏やかな光が花々の間から差し込み、煌々と輝く。
空気は暖かく包み込むようで、僕はひたすらに桜を見つめた。
この桜の下で、笑って、話して、思いを通い逢わせた。
今思い出せば、泣きたくなる程幸せだった日々。
必死でこの光景から、覚えている限りの思い出を探している自分に気がついて、僕は苦笑した。
ねえ、と桜に話しかけるかのように時雨金時を胸に抱き、僕は頭の中で言葉を紡ぐ。
君と出会ってから十年たって、僕も少しだけ人と関わり合いを持つようになったよ。
不本意なのも多いけれど、それでも関わるようになった。
君の……君の、お陰なんだろうね。
僕の目には桜ではなく、その先の存在が映っていた。
そんなふうに僕を変えてくれた君に、僕はきっとその分量だけの愛を、感情を返せなかったんだろうね。
今はもう、こんな言葉なんて届かないけれど。
いつまでも僕が意地を張っていたせいで、届けられないところまで行ってしまったけれど。
ふ、と僕は息をつき、なじるように花弁を撫でた。
でも君も君だ、ずっと一生傍にいるって言ったくせに、僕を置いていった。
約束を守れないやつは嫌いだよ。
……それでも。
僕はいつかの山本がそうしていたように、桜の幹にそっと手を当てた。
それでも、僕は君に会えた事を後悔なんてしていないから。
僕は強いから、君を失った事で発狂したりもしないし、後追いなんてのもしないよ。
僕はこの世界で、君がいない退屈な世界で、それでも生きる。
怠惰に生きるなんて、君が笑って許さなそうだしね。
だから、これくらいいいでしょ……。
僕はその場に、桜にすがるようにして座り込む。
後から後から溢れてくる涙が止まらない、止める気もおきない。
ねえ、これが終わったら、これで泣くのは最後にするから、最後にして、もっと強くなるから、だから、君は。
心配しないで、休んでいいよ。
何十年かかるか分からないけど、僕もそっちへ行くから待っててね。

崩れ落ちた僕の上に、その姿を隠すかのように、桜が舞い落ちた。











【あとがき】

UVERの某曲イメージで書きました。
タイトルは人魚様よりお借りしました。


桐ノ木 圭

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