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問わず語りを致しましょうか(戦争+新)
 いい加減にね、して欲しいんですよ。
 目覚めて真っ先に聞いた言葉が、それだった。

 愛しのセルティが仕事に出掛け、しかし己はというと飛び込みの依頼も無く、新羅は暇を持て余していた。本当は仕事から帰って来たセルティに甘いものでも出したいところだが、残念至極なことに彼女は『食べる』という行為そのものが出来ない。
 だからと言って、用意しない理由にはならないのだが、自分勝手な愛情表現でセルティの気分を害してしまうのは本意ではない。ならば花を贈るのはどうだろう、と考えたが、一時期セルティへの愛を言葉ではなく行動で示そうと思い立った時、毎日違う花を贈って怒られたことがある。花瓶の数が足りなくなり、グラスやバケツを出す羽目になってしまったからだ。
 それくらい僕の愛が深く大きいってことさ。受け取るんじゃなく、逆に包み込んでしまうくらいにね。
 胸を張ってそう言ったら、容赦なく一発喰らってしまったが。きっとそれは、花言葉とう存在を彼女が知らなかったからだろうと、今も新羅は考えている。
 生花が駄目だというのなら、絵画ならばどうだろう。美しい絵は人の心を癒し潤してくれるというし、寂しい玄関にも文字通り花を添えてくれることだろう。セルティ以上に喜びを与えてくれる存在などいないし、そのセルティには絵画の美しさが正しく認識されないかも知れないとしてもだ。
 思い立ったが吉日だ、早速この愛の巣に相応しい絵画を探さなくてはならない。畏まった場所にそういった品はあるのだろうし、セルティは今外出中なのだから白衣ぐらいは脱いで行くべきだろう。そう考えて、白衣に手を掛けた時だった。
 玄関の扉が、リビングに飛び込んで来たのは。
 冷静に考えたら、それはまず起こり得ない現象だ。玄関の前で爆発が起こったり、それに匹敵するようなパワーが与えられない限りは。けれど新羅は、道具を何一つ必要とすることなくそんなことをしでかしてしまえる存在を知っている。幸か、不幸か。
 文句を言ってやるつもりだった。今まで大なり小なり沢山の物を壊されてきて、その度に注意して。親しき仲にも礼儀ありって言うだろうと、そう言ってやるつもりだったのだ。けれど、言えなかった。泣いていたから。
 ズカズカと一言の断りもなく土足のまま入って来た静雄。池袋最強と恐れられるその彼が、泣いていた。涙なんて一滴も流れてはいなかったけれど、それでも。それでも静雄は泣いていた。少なくとも、新羅はそう思った。声で、瞳で。
 それだけでも驚くべきことなのに、静雄の隣には臨也が居たのだからこれはもう正に青天の霹靂というか、日本沈没くらいは覚悟したって良いだろう。顔を合わせれば殺し合ってばかりの二人が、喧嘩もせず揃って泣き出しそうな顔をして自分に助けを求めたのだから。

「気が付いたかい?」

 二人をそんな状態に陥れた原因の少年――竜ヶ峰帝人が目を覚ましたのを素早く察知して、新羅は声を掛けた。客用のベッドに寝かされていた帝人は、その体勢のまま新羅を見つめ、何とも言えない顔をする。
「君も災難だったね、彼奴等の喧嘩に巻き込まれるなんて。でも安心して良いよ、ただの脳震盪だから。尤も此処は病院じゃないからCTなんて代物はないし、確かなことは言えないけどね。不安なら、正規の医者に診てもらうことをお薦めするよ」
 寝起きだからだろうか、まだぼんやりとしてる相手に構うことなく言いたいことだけは取り敢えず言っておく。目が覚めたことをあの二人に伝えたら、きっと直ぐに蚊帳の外へと追いやられてしまうだろうから。
「何か飲み物でも持って来よう。彼奴等も君に会って無事を確かめたいだろうしね」
 死体を見た時だって、あんな狼狽ぶりは見せなかった。どんなに化け物だろうと、狂っていようと、結局は人の子だったということなのだろう。そのことをほんの少しだけ嬉しく感じながら、腰を上げた時だった。
「いい加減にね、して欲しいんですよ」
 ゾッとするくらいに平坦な声でそう言った少年は、のそりと横たえていた身体を起こし、溜め息と共に目を伏せる。少年が言わんとしていることはよく分かっていたので、新羅は軽く相槌をするだけに留めた。尤も相手は、そんなことはお構いなしだったようだが。
「本当に、顔を合わせれば喧嘩という名の殺し合いばっかり。自分だって周りだってただじゃ済まないんですから、少しは自重って言葉を覚えたって良いでしょう? 僕とは違って、あの人達はいい年した大人なんですから。大体、相手が殺したいくらいに気に食わないなら、池袋から出て行けば良いだけの話なんです。それなのにあの人達ときたら、飽きもせず毎回毎回……その騒動に巻き込まれる方の身にもなって欲しいです」
 臨也は静雄が『人間』の枠に収まらないから気に入らなくて、静雄は臨也が本能的に生理的に大嫌いだ。静雄が自販機や標識を壊す原因だって、半分は臨也だろう。お陰で高校時代は救急箱片手に治療に駆けずり回ることも珍しくなかった。
「大体、あの人達の何が迷惑かって、結局は全部スケールが大きくて犬が逃げ出すような痴話喧嘩でしかないってことなんですよ」
 吐き捨てるように続けられた言葉に、流れで頷きそうになっていた新羅は愕然とした表情で帝人を見つめた。今この少年は、何と言った……?
 臨也と静雄が恋仲である。それは新羅にしてみれば、悪夢にも等しいことだ。ビジュアル、というそのただ一点に於いてのみ、その恐ろしい想像は許されるのかも知れないが、現実がそれを許さない。
「僕は別に、同性愛にもSMにもDVにも偏見はありません。というか、僕自身に被害が及ばなければ、正直どうでも良いんです。好きなだけ彼らなりのやり方で愛を確かめ合っていれば良いじゃないですか」
 新羅にとって、あの二人の天敵とも言うべき関係性は固定されている。そしてそれは、強ち間違ったものでもないのだろう。けれど、視点を変えて見れば迷惑極まりない水と油の攻防も、愛に狂った所業に変えられてしまうらしい。以前門田がそのことについてやけに深刻な雰囲気で嘆いていたが、確かにこれは……恐るべきことだ。
「第三者から見れば、お互いに惹かれ合っていることなんて明白なのに、きっとあの二人は出会った時から続いた関係が今更変えられないだけなんですよ。プライドが高いから、引っ込みがつかなくなってるんです」
 それはまた、ノストラダムスの大予言に匹敵するような大それた妄想だね。と新羅が言えなかったのは、語る帝人の顔が茶化すことを許さないほどに真剣なものだったからだ。
「本当に嫌いなら、相手が憎いなら、もっと効率的に消す方法はあるでしょう。でも、それをしない。かといって離れもしない。いつだってギリギリの一線で踏み止まっている。理由なんて分かりきっているのに……そのくせあの人達は不器用だから、言い訳がないとまともに会話することだって出来ないんですよ」
 
 ――だから、あんなことが簡単に言えてしまうんです。

 消え入るように付け足された、もしかしたら独り言のつもりだったのかも知れないその一言は、それまでの言葉とは何かが違っていた。ひどく小さな声だったのに、そこに込められた感情の激しさは桁違いだったのだ。
「臨也さんも、静雄さんも、僕を馬鹿にしてるんです。どうでもいい存在だからって、あんな……ことっ」
 大きな波紋が広がる掛け布団、小刻みに震える頼りない肩。愛しい、なんて感情も、守らなければ、などという感情も湧き上がっては来なかったけれど、今にも泣き出してしまいそうな少年を見て、泣いて欲しくないと思った。少なくとも、あんな彼奴等の為になんかには。
「どんな言葉を向けられたって、どんなに優しくされたって、それは所詮相手の気を惹く為の……いがみ合う為の理由付けだって分かってるんです。上手く相手が釣れれば僕はもう用無しで、視界の隅に入ることだって出来ない」
 嗚呼、止めて欲しい。そんなに美しい涙を、流すのは。
「僕は人形じゃないんです。何も感じないわけじゃ、ないのに……」
 何故帝人が涙を流す羽目になったのか、その理由を新羅は自分なりに考えてみた。基本的に新羅は他者の気持ちにさしたる興味など抱かないのだが、自分の後輩で愛するセルティの友人が泣いているとあっては、普段は微動だにしない感情も動こうというものだ。
 そうして考えてみた結果、帝人の感情の正体は嫉妬ではないかと思い至った。臨也と静雄の間に存在する感情が何であれ、其処に自分が割って入れないことを帝人は無意識の内に知っている。もしかしたらそれは、恋慕の情よりも強いということも。新羅が、セルティの首に対してそう思っているように。
 だからこれは、きっと帝人なりの防衛本能というやつで。積み上げなければ崩れることもない想いを、箱に閉まって鍵を掛けて奥深くに沈めているのだ。

 愛したい、愛されたい。けれど、傷付きたくない――

 初恋は叶わない。昔から言われてきたジンクスは根拠の無い嘘だと、新羅は身を以て証明したけれど。
(まったく、難儀な相手に惚れたものだね、  )
 目を覚ますまでの間、帝人が繰り返し呼んでいた同窓を思い浮かべ、新羅は苦笑する。多分この恋は、単純だからこそ一度絡まるととてもややこしい。
 まぁ、身から出た錆ってやつだろうさ。昔から君は、肝心な一言が足りないんだから。


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