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その他小説
信じますか?(戦国無双/義トリオ)
 とてもくだらない話題ではあるが、ここは酒宴の場。そんなくだらない話題が盛り上がってしまうの
は仕方のない事であった。必然と言っても良い。
 世間で「義トリオ」と呼ばれる西軍の三人――つまり、幸村・兼続・三成が酒を呑み雑談に興じていたのだ。
 話題は簡単、
「幽霊とは存在するか」
 である。振ったのは集まった三人の中で一番若い真田幸村だ。
「いないに決まっている」
 堂々と、だが酒で頬を若干赤く染めながら、その話題に噛みついたのは石田三成だ。直江兼続と同い年であるが、幸村より少しだけ酒に弱い。順番で言うならば、兼続→幸村→三成の順になるだろう。
 酔っているせいか、いつもの平懐者な部分とそれに隠れた素直さが半々で出てきている。
「俺は目に見えぬものなど信じられんな。そんなの、存在しないのだよ」
「しかし、人によっては『幽霊を見た』とおっしゃいますよ?」
「それはただのまやかしだ。噂だったり嘘だったり、そういった流言が回りに回って変に信憑性を帯びているだけにすぎん」
「なんとも、三成殿らしいお言葉ですね」
「幸村はどうなのだ? 幽霊を信じているか?」
 問いかけつつ、三成が空になった幸村の杯へ酒を注ぐ。酔っているが、理性はまだあるらしい。
 ありがとうございます、とそれを受け取って一口飲んだ後、幸村が口を開く。
「そう、ですね……私には、なんとも」
「ほう?」
「いないとは思います。ですが、幽霊を信じる人の気持ちも、なんとなく分かる気がします」
「ただ居た方が面白いだけだろう」
「そうかもしれません。でも……もしかしたら、自分の大事な人も幽霊となってこの現世にいるかもしれない――そう考え、縋る人もいるのではないでしょうか」
「ふん。くだらん。そんなまやかしに縋る奴の気が知れないな」
「三成殿はお強い方ですから」
「……でも、うん。まあ、幸村の考えも、悪いものではない」
「ありがとうございます」
 にっこりと微笑む幸村と、その笑みから照れ臭そうに目を逸らす三成。なんと微笑ましい――
「おい、兼続。お前はいつまで黙ったままにこにことこちらを見続けているのだ」
「うん?」
 三成に半眼で睨まれた兼続は、そのにこやかな笑みのまま首を傾げた。そんな彼の様子に、三成がますます眉間に皺を寄せる。
「お前も話に乗れ。兼続、お前はどう思うのだ?」
「私か? ふむ。そうだなぁ……」
 杯を置き、兼続は腕を組んで考え込む仕草をした。それも束の間、さらりと自分の答えを口にする。
「私も、信じてはいないな」
「え? そうなんですか?」
 幸村が素っ頓狂な声をあげた。兼続が再び首を傾げる。
「意外か?」
「は、はい……」
 消え入りそうな声で、幸村がこくりと頷く。三成もまた「そうなのか……」と、目を丸くして瞬きを繰り返している。
 兼続は剣の他に札を使って戦う。故に、その不思議な力で幽霊といった存在が見えるのではないかと思ったのだろう。そう思われても不思議ではない。むしろ、
「確かに、謙信公によれば、私ならばそう言った不可思議なものが見えてもおかしくはないらしい。だが、生憎、私は今まで幽霊などといった常人の目には映らないものを見た事はなくてな」
「なるほど。だから居ないと言う答えなのだな」
「ん? 三成、私は“居ない”とは言っていないぞ?」
「は?」
 今度は三成が困惑する番だった。明らかに自分の言った事と矛盾しているように思えたからだ。
 兼続は言う。
「私は“信じていない”だけだ。だから、幽霊は本当に居るのかもしれないし、居ないのかもしれない。人それぞれだからな」
「えっと――では、幽霊は居る居ない関わらず、兼続殿はそれを信じないと……?」
「さっきからそう言っているではないか。たとえ、この先この目で幽霊をいうものを見たとしても、私は信じないだろうなぁ。せいぜい、目の錯覚だろうと思ってしまうかもしれない」
 あっけからんと、そう言ってのけた。それから杯を右手に持ち、ぐいっと酒を煽る。笑顔で「友と飲む酒は格別だな!」と言うのだから、幸村と三成はますます戸惑うのみである。
 本気で言っているのかいないのか――酒の席で頭を巡らせる日が来ようとは。
 だが――と、兼続がまた話を続けだした。話は終わっていなかったらしい。
「幸村の言う事は、分からなくもない」
「幽霊という、居るかも分からない存在に縋る奴の事か?」
「ああ。幽霊が居るならば、幽霊となって大事な人が存在しているならば、その声を聞きたいと願う。姿を見たいと願う。相手が自分の事をどう思っているかを知りたいと願い、残された自分に言葉を残して欲しいと思う。我が儘だと言われるかもしれない。だが、人というのは強い生き物ではない。だから居てほしいと願う……そういった事を、まやかしを信じようとするのかもしれないな」
 夜空に浮かぶ大きな月を見上げ、彼はさらに言葉を紡いでいく。
「私も弱い人間の一人だ。もし大事な人を死という形で失った時――私もまた、幽霊でもいいから姿を見たいと願うかもしれない」
 それこそ、とんだ矛盾かもしれないがな。と、兼続は笑い飛ばした。
 幸村と三成は目を伏せた。考える。もし自分にそんな時が来た時、幽霊という不確かな存在でも縋りたいと願うだろうか――と。
「私、は……なんだか、縋ってしまいそうです」
「ふん。幽霊など馬鹿らしい。そんな時でも、俺は居ないと断言してやる」
 それにだ。と強く言っておきながら、三成は二人から目を逸らしてしまった。「その……」などと口ごもっている。
 はて、と首を傾げる兼続と幸村に、酒による赤さではないだろう程に顔を赤くして、三成は半ば叫ぶように言った。
「たとえお前達が仮に死んだとして、だ――俺の枕元に現れるほど、弱い奴ではあるまい。そんな軟弱な奴を友にした覚えはないからな。そうだろう?」
「……そうですね」
「はっはっはっ! 確かに、三成が枕元に出てきたとしても、怒鳴りそうだしな!」
「なんだと兼続!?」
「兼続殿も、亡くなっても義と愛について語っていそうな気がします」
「ん? そうか?」
「いいぞ、幸村。もっとだ。もっと言ってやれ」
「え!? 私はただ、そう思っただけで――」
「三成、酒はもう飲まんのか? 私がついでやろう!」
「やめろ兼続! お前はなみなみに注ぐから嫌なのだよ!」
「では、私がつぎましょうか?」
「うん。頼む、幸村」
「幸村! 私にも頼めるか?」
「はい。よろこんでっ」
「酒豪は自分でついで飲んでいろ!」
 幽霊という話題から重たい雰囲気はどこへやら。そんな話題すら忘れ、三人は飲んで食べて喋ってを繰り返した。
 戦乱の世だというのに――なんとも楽しい、穏やかな時間だった。



「三成! 幸村!」
 まだ闇の深い深夜。がばっと布団から跳ね起きた兼続は、それが夢である事を知った。知って――伸ばしかけた手を、下ろす。
 いつの日にかの出来事だった。この、皆が笑って暮らせる世は続くのだと信じ、勝つのは我が義の心を貫かんとする西軍なのだと、ただただ純粋に信じていた時の。
 だが、今や戦乱の世は、あの憎き家康によって終わろうとしている。しかも、争いのない、皆が笑って暮らせる世の中へと。
 そんな夢のような時代で、隣で笑っていた居たはずのあの二人は……いない。死んでしまった。最期まで義の心を貫き通して。
 私は――生きている。掲げていたあの義を捨て、ただ、上杉家への、民への愛のために。
 それしか、残された自分にはなかった。
「みつなり……ゆき、むら……」
 暗く落ち込んだ黒の瞳から、ぽろりぽろりと透明な雫がこぼれだす。それは布団へ落ち、濃い染みを生み出した。
 しゃっくりがとまらない。涙もとまらない。体の震えが、胸の痛みがとまらない。
 私は弱い人間なのだ、三成、幸村。すまない、すまない――
「話したい事がいっぱいあるのだ……謝りたい事もいっぱいある……分かっている。これは単なる我が儘だ。だが、だが私は……!」
 お前達に、幽霊でもまやかしでもいいから、会いたい……!!
 兼続は布団に顔を埋め、泣き疲れるまでじっとしていた。

 あの時のように、大きな月が浮かぶ綺麗な――綺麗すぎる夜だった。

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