その他小説 態度の切り替え(三成+清正) 「三成、入るぞ」 障子を開け、清正はため息をついた。 「……そんな格好で仕事するなよ……」 「……清正か」 文机に向かい合って筆を走らせていた三成は、片膝を立てた挙げ句に頬杖をついていた。多忙のせいでいらついているのか、険しい顔で眉を潜めている。 清正の姿を確認すると、彼は筆を置いて文机に背を向けた。胡坐を掻き、がしがしと頭を描く様は実に男らしい。 ……綺麗な顔してんのに、なぁ……。清正はつい顔を片手で覆いながら肩を落とす。 「……なんだその顔は」 「お前って妙にがさつだよな……」 「は?」 意味が分からん、と言わんばかりに口をへの字に曲げる三成に「なんでもねーよ」と、手をひらひらと振る。 障子を閉め、三成に向かい合う形で座った。家族同然の仲だからか、彼同様に胡坐を掻いて腰を落とす。 「……で、何の用なんだ?」 「別にない」 「はあ?」 今度は清正が眉を潜める番だった。意味が分からない。ならば、何故俺を呼んだんだこいつ。 真意を確かめようと目を眇める清正に、三成は平然とした様子で言葉を放つ。 「ただ、最近この部屋にこもりきりで気分まで塞ぎそうだったからな。誰かに茶でも振る舞いたくなったのだよ」 「なんで俺なんだ」 「たいした理由はない。左近も吉継も出掛けていて不在でな、兼続と幸村は帰ってしまったし、正則は茶の味を堪能するどころか騒いでそれどころではなくなる。静かに楽しむのなら、お前しかいないと思ったのだ」 つまりは消去法で選んだ結果らしい。淡々と言い放つ男に、清正は怒ればいいのか呆れればいいのか落ち込めばいいのか分からず、ただ小さく肩を落とすのみに留めた。 ……正直すぎるだろ。 「だからってな……」 「三成様」 言いかけた清正の背後で男の声が聞こえた。見れば、障子越しにその姿が映っている。 「客人の前で申し訳ありませぬ。少し、よろしいでしょうか」 「構わぬ。入れ」 ――瞬間。 三成は胡坐から正座に座り直し、ぴんと背筋を伸ばしてそこに佇んでいた。 その顔は、まさに一城の主として、家の顔として、豊臣に仕える奉行としてのものだった。 切り替えが早い。 「失礼します」 入室してきた家臣である男の手には、何かの書類らしき紙が握られていた。 「検地の報告にございます」 「分かった。あと、これを長政に渡してくれ」 「承知しました」 なめらかに行われるやり取りを横目に、清正は三成の顔を盗み見た。 そこには、れっきとした「文官」としての三成がいた。さっきまでだらしない格好で仕事をしていたとは思えない。 家臣にはそんな姿なんてみっともなくて見せないのだろう。もしあれを見られでもしたら、彼はさぞや慌てふためくに違いない。 そう思うとなんだかおかしくなってきて、清正はつい小さく噴き出してしまった。三成から鋭い睨みが飛んでくるが、笑いを噛み殺すのに精一杯だ。 ――家臣が退出した瞬間、三成の平手が清正の頭を打った。 「急に笑い出すな、馬鹿! なんなのだいったい!」 「いや……悪い。そういうつもりじゃなかったんだがな」 お前、家中の奴らの前だと俺たちとの態度まるっきり違うからさ……と、清正が告げると、三成の顔が真っ赤に染まった。 どすっと二の腕に拳を打ち込んでくるが、手加減したのか、痛くはない。 「別に、お前達に心を許しているとかではなくてだな……!」 「俺はそこまで言った覚えはないぞ?」 「…………っ!」 自分で墓穴を掘ってしまった事に気づいた三成が、声にならない悲鳴をあげる。何か罵倒してやりたいのに言葉が出ない。そんな顔だ。 恥ずかしいやら怒りやらでぶすっとした顔でどっかりと胡坐を掻いた三成が、ぼそりと呟く。 「くそ……茶がまずくなっても俺のせいではないからな」 「いや、お前の責任だろ」 「俺の平常心を失わせた貴様が悪いのだよ!」 「人を指でさすなよ」 なんだかんだと喚きながら茶道具を取り出す三成の姿を眺めて、清正は口元を綻ばせた。 いつまでも、こんなくだらない毎日が続いてほしい――「家族」と、この「家」で過ごす日々が。 移り変わりの激しい乱世で、切に願った。 あ と が き 心を許した相手だとだらしなくなる三成って良くないですか← 最後だけちょっぴり切ない。 子飼いトリオも好きです。 清正のキャラが掴めない…!私の中では苦労人なんですが間違ってませんよね? ツンデレと不良に挟まれちゃ…ねぇ?w [*前へ][次へ#] [戻る] |