その他小説
最初から分かってた(6+8)
キッチンの中が、甘い匂いに包まれていた。
――どうして、こうなった。
立ちくらみがしてしまいそうなほどに。
昨日のイミテーションとの戦闘で負傷したスコールは、大事をとって一日休む事となった。いわゆる待機組だ。
気づかないうちに疲労でも溜まっていたのだろうか――昼過ぎまで熟睡してしまい、寝ぼけた頭で一階のリビングまで降りて来たスコールは、そのにおいで一気に覚醒した。ついで、眉間に皺を寄せる。
なんだ、このにおいはっ!?
スコールは甘いものが嫌いというわけではないが好きというわけでもない。この秩序組には甘党な面々が多いためによくお菓子が出てくるから慣れてきてはいるが、正直、不意打ちの濃厚な甘いにおいはきつい。
……誰だ?
確か、今日の待機組は――と頭を巡らせながらキッチンへ顔を出すと、ふわふわとした淡い金髪をポニーテールにした少女の後ろ姿が視界に飛び込んできた。
エプロンを身につけた少女の姿はとても可愛らしいのだが――忘れてはいけない。
少女――ティナが、料理下手であるという事を。しかも、「超」がつくくらいの。
「あ、スコール。起きたのね」
気配で気づいたのだろう、ティナがこちらへ振り返った。その腕にはボウルが抱えられている。その中から白いもの――生クリームが顔を覗かせていた。
――においの発生源はそこからか……。
甘いにおいに顔をしかめつつ、スコールはティナのそばへ近寄る。
「何してるんだ」
「えっとね……みんなに、お菓子作りたくて……」
恥ずかしそうに俯きながらそう答えたティナに「そうか」と曖昧な返事をし、スコールはさっと辺りへ目を走らせた。
確かに、お菓子に必要であろう材料や器具が用意されていた。もしかしたら、フリオニールやティーダ、バッツ辺りが用意したのかもしれない。
しかし――スコールは内心で首を捻った。
――何を作るんだ?
疑問に思うままに、スコールは少女へ尋ねた。
「生クリームを使うスイーツ……という事か?」
「そうなの」
こくりと頭を縦に振って肯定したティナを一瞥して、彼女が何を作ろうとしているのか見当をつけようとするが、残念ながら、スコールの脳内では『生クリームを使うお菓子=ショートケーキ』という図式しか出来上がらなかった。
分からずにいる若き獅子に、少女が答えを出す。
「あのね、パンケーキを作ろうと思って。生クリームは、そのトッピング用なの」
「……なるほど」
納得したように頷きを返す。パンケーキならば失敗する事はないだろう。たぶん。
邪魔にならないように立ち去ろうとしたスコールの手を、ティナの小さな手の平が捕まえた。
顔だけを振り向かせると、見下ろした先にあったのは自分を見上げる少女の大きなすみれ色の瞳。
小さな唇が動く。
「あのね、スコール」
「……なんだ?」
「一緒に、作らない?」
「……っ」
ティナからの可愛らしい『お願い』と断れる人がいるなら、誰かここに連れてきてくれ。
スコールだって、無下に断るほど冷たい人間ではない。
なので、
「わ、分かった……」
つい、頷いてしまったのだ。
――そして現在、さまざまな種類の甘いにおいに包まれていた。
そんな甘ったるいにおいにくらくらしそうなスコールの横で、ティナがパンケーキを焼いている。……焼いてる?
スコールはとある疑問にぶち当たった。
ちょっと待て。皆で一緒に食べるんじゃないのか?
戸惑うスコールに気づいたのか、ティナがくすりと笑った。
悪戯っ子がするような、もっと言うならば、バッツやジタンやティーダあたりが何か企んだ時にするような笑みだった。
「私とスコールで、先に『味見』しない?」
「…………」
要は、皆に内緒で先にパンケーキを食べよう。と言う事だと、少年は察した。
そんな断るなんて選択肢、最初から存在していない。
「……分かった。内緒でな」
「うん」
嬉しそうに微笑むティナに、スコールは小さく……本当に小さく口元を綻ばせた。
こんな休みも、悪くない。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!