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幸せを植えよう(6,4)
ベースに帰還してから、ティナの様子が変だ。
何かを包み込むかのように両手を合わせ、さっきからうろうろと右へ左へ歩き回っている。
なんだろう。セシルはこてんと首を傾げた。さらり、と銀の髪が揺れた。
――もうすぐ夜ご飯なのに。
コテージからは楽しげな声と共にいい匂いが漂ってきていた。今日はティーダが担当だから、きっとものすごく美味しいものができあがるんだろうなぁ。セシルは口元が緩みそうになって、抑えきれずにふふふと目を細めた。
その時だった。ティナの気配が動き出したのは。
「……あれ?」
森の中へ入って行く彼女を見て、セシルは再び首を傾げた。
周りに敵がいないことは確認しているが、絶対に安全というわけではない。少女だって立派な戦士の一人だ。一人で、しかも無断で出歩くような危険な真似はしない。
――いや、できないと言った方が正しいのかもしれないけれど。
何せ、このメンバーで唯一の女の子だ。紅一点の彼女を放っておく事なんて、ここにいる仲間たちはできないだろう。いつも誰かがそばにいるような気がする。
オニオンとかね。
「……っと。追いかけた方がいいかな」
木々が生み出す暗闇へと消えていくティナの背中に、セシルは思考をいったん放棄して後を追う事にした。
遠くへは行っていない筈だ。よし、と頷き、辺りを見渡しながらティナを探す。
すると、セシルの視界の端っこに金色を見つけた。立ち止まり、顔を右へ向ける。
ティナがしゃがみこんで何かをやっていた。
「……ティナ?」
「きゃっ」
びっくりしたのか、彼女の体がびくっと跳ね上がった。目をぱちぱちと動かして、セシルの方へと振り返る。
綺麗なか細い手が、土で汚れていた。
微笑み、セシルはティナの隣にしゃがみこんだ。
それから、優しく問いかける。
「なにしていたんだい?」
「……あの、あのね」
「うん」
「種を、植えていたの」
「種?」
「……うん」
ちょっぴり笑顔でティナがコクリと頷く。
地面を見れば、掘り起こされた茶色い土が盛り上がっていた。なるほど、と納得する。
「でも、驚いたな。この世界にも種があったりするんだね」
「私もびっくりしちゃった。なんだか可哀想で、拾ってきたの」
「……そっか」
この世界は、仲間達が元いた世界の断片が寄せ集めたかのように様々なエリアが存在する。
戦うためだけにあるような、殺風景で何もない世界。
無限ともいえる時間を、世界という牢獄で過ごしているかのようだ。だが、自分達は生きている。希望を繋いでいくために。
だが、何もないというわけではないみたいだ。その証拠に、ティナが何か植物の種を拾ってきた。小さな発見だ。それだけで、なんだか心が救われるような心地がする。
「この種の花が咲いたら、みんなに見せようと思うの」
「それでこんな場所に?」
「だって、みんなびっくりするでしょう?」
「うーん……」
想像してみた。
「……確かに、びっくりするかもね」
「でしょうっ」
心なしか、ティナは楽しそうだ。つられて、セシルもいつもよりニコニコと微笑んでしまう。なんだか花畑な雰囲気である。
はた、と気づく。
「あれ? じゃあ、僕は……?」
「ほんとうはセシルにも内緒だったんだけど……私と一緒にお世話しよ?」
むくられるのかと思ったが、まさかのご提案。
大きな瞳でセシルを見つめる少女に、騎士は笑顔で「よろんで」と返した。
幸せだ。こんな小さな幸せがいっぱいあれば、殺伐とした毎日はとても華やいで楽しいものになる。
皆どんな顔するかなぁ。そんな会話をしながら、二人はその場を離れてコテージへ戻り始めた。
――どんな花が咲いたのか、
――しばらく後の話。
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