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その他小説
休むのもまた、仕事のうち(佐和山主従)
 休んでください、と周りの人たちから仕事を取り上げられ、ぺいっと部屋から放り出された三成は、縁側に腰掛けてじっと庭の景色を見つめていた。その隣には、用意されていた茶と菓子があった。
 その菓子はついこの間、兼続と幸村から贈られた団子である。この団子は三人で食べた事があり、その時に三成が「うまい」と言っていた事を覚えていたらしい。
 口には出さないが、そんな友を微笑ましく、誇らしく、嬉しく思う。
「――うん。やはり、うまいな」
 三成が舌鼓を打っていると、不意に後ろから気配を感じた。途端に眉間へ皺を刻み、顔だけをその方向へ振り向かせる。
 そこには、
「おや。殿が休んでるなんて珍しい」
「……左近か」
「他に誰がいるんです?」
 最も信頼する同志の姿に、三成は眉を開いた。
 くくっと笑いをこぼし、三成を見下ろしていたのは左近だった。男は「失礼しますよ」というと、己の主君である青年の隣に腰を下ろした。
 三成は横目で左近の横顔を一瞥し、前へ向き直ってから口を開いた。
「……みなに、休めといわれたのだ」
「そりゃそうでしょうに。殿はここのところ、部屋にこもりきりでしたからねぇ」
 ざっと四日くらいですかね、と左近が苦笑する。
 だが、
「仕事は山ほどあるのだ。休んでなどいられるか」
 他人に任せるのは嫌だ。やるなら完璧にこなしたい。それが自分のやるべき事――三成は再び眉間に皺を寄せた。口もへの字に曲がる。
 三成だって家臣や小姓がいる。だが、彼らに頼る事に対して、自分の自尊心がそれを阻む。
 俺はそこら辺の馬鹿とは違う。頼らずとも、俺一人でこなせる。
 三成はため息まじりに呟く。
「そんなに俺が頼りな――ぃ!?」
 いきなり左近から額を指ではじかれた。いわゆるデコピンというやつだ。
 当然の衝撃に、三成は自分の額を押さえながら左近を睨みつけた。かなり上背に差があるため、見上げる形になるが。
「何をする左近! 痛いではないかっ!」
「殿」
 静かに告げられる声。それは左近が自分へ何か諭そうと、教えようとしている時のものだ――三成は自然と背筋を伸ばした。
「誰も頼りないなんて言ってませんよ。むしろ、頼りになりすぎるくらいです」
 だからこそ、必要以上に背負うものが多くなってしまう。そして三成は、それを平然と、当然であるかのように背負う。
「殿の負担を軽くしたいんですよ。頼りにされたい。……心配なんですよ。それに、殿が倒れたら誰が仕事をこなすって言うんです?」
 そっと、左近の手が三成の肩に触れる。
 武将らしくしっかりとした、だが、文官らしく細い肩だった。
 左近が、とどめであろう言葉を紡ぐ。
「――それに、秀吉様やおねね様が心配してすっ飛んでくるかもしれませんよ?」
「ぅ……」
「もしかしたら、清正さんや正則さん……幸村や兼続さんまで来るかもしれませんねぇ」
「ぐ……」
 大事な人たちの名を出されると、三成は途端に押し黙った。
 いつもつれない態度をとるのは照れ隠し、皮肉ともとれる冷たい言葉を吐くのは素直な心の持ち主だからこそ。それでいつも後悔している事を、左近は知っている。
 三成はますます口をひん曲げた。
「……ずるいぞ」
「えー? 何がですー?」
 にこにこと自分の顔を見つめる左近に、三成は無性にこの男の頬をつねりたくなった。
 つねった。
「いだだだだだだっ」
「ふん」
 痛がる年上の忠臣の姿を見て、スカッとした心地になる。満足し、三成は傷跡のある頬から手を離した。
 それから、左近の着物の袖を握り締める。
「――殿?」
「……左近、は……その、」
「なんです?」
 言葉の続きを促す左近を前に、三成はごくりと唾を飲み込んだ。訊きたいのに、恥ずかしくて心臓が破裂しそうなほどに脈打っている。
「……左近も、俺が倒れると心配するのか……?」
 ――なんと可愛らしい。
 そういえば、さっきの言葉には含まれていなかった。それに気づいた左近は、込み上げそうになる笑いを噛み殺しつつ、三成の肩をぽんぽんと叩いた。
「もちろんですよ。まあ、もし殿が倒れたら、真っ先に俺が看病してあげますよ」
「お前はお前の仕事を――」
「生憎、俺の軍略を披露するほどの戦はないんでね。殿の世話を焼くのが、唯一で一番の仕事ですよ」
「この……馬鹿」
 頬が赤いのを自覚しながらも、三成は小さな罵声を叩きつけた。左近の厚い胸板へ自分の顔を押し付ける。
 看病されるのも、世話を焼かれるのも嬉しいだなんて――誰が言うものか。
「……もう少し、自重しよう」
「それは良かった」
 かろうじて搾り出した三成の言葉に、左近は笑顔で返した。それから、片手で優しく頭をよしよしと撫でられる。
 それが酷く――心地いい。
「殿は子供みたいですねぇ」
「うるさいぞ、左近。少しは俺に付き合え」
「はいはい」
 ――後で左近にも茶を淹れて、二人で団子を食べてゆっくりするとしよう。
 そんな図を頭に浮べながら、左近の腕の中で、三成はそっと微笑んだ。

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