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『ねぇ、アタシの何がダメ…?』
『……別に』
きっと由香は完璧だ。欠陥品なのは俺で、部品が足りない俺は人形みたいに意味もなく待ち続けてるんだ。
『由香のせいじゃない。俺は…そういう事…というか。まず感情がわからない』
遠くの夕日はもう半分沈み始めていた。少し肌寒い空気が頬をかすめて、外界から聞こえる生きた音を運んでくる。そういえば、まだ部活の時間だった。無機質に時を刻む秒針はまるで俺だった、そんな気がした。カチカチとなる音に合わせて不安がつもる。
『嘘…淳志はちゃんと気持ち分かってるよ。』
一瞬静かになった教室に由香のどこか強い声が響いた。俺は今始め由香の顔をみた。由香の瞳が真っ直ぐ俺を貫いた。強い目だ。
『淳志は、ちゃんと感情があるし、ちゃんと見てる。』
さっきまで落ち着いて話していた由香の声が荒くなる。由香は何に必死になってるのだろうか。俺はだんまりと無言を続けたが、何故か目線は由香から外せないでいた。『淳志しってる?淳志はあたしが泣きそうな顔すると、すごく心配そいな顔する。あたしが楽しいなって思った時は微笑んでくれる。淳志ちゃんと分かってくれた』
急にまくし立てるように話始めた由香。あぁ、やばい…。そんな気がした。案の定、由香の鋭かった瞳には、うっすら涙が現れ始めた。ズキンッと胸が痛む感覚を覚える。俺の心臓が騒ぎはじめた。
『わ、たしは、そんな淳志が好き。淳志はちゃんと…生きてる…!』
馬鹿なことをした。由香の瞳から遂に大粒の涙が一つ落ちる。確かに俺の心は苦しくなった。由香は俺よりも俺を知っていたのだと思った。
『……由香…』
苦々しいビターチョコのような思いが駆け巡る。さっきまでの恐怖の変わりに由香への愛しさがわいていく。はやなる心臓は、俺が人間だと肯定してくれたように動く。俺は震える手をシャーペンを握りしめることで律し、口を開いた。
『俺は人間かな…』
ちょっと馬鹿馬鹿しいとさえ思えた。由香は不可解そうにしたが、それも一瞬で、次にはたった一回大きく頷いた。
俺は人間…。
じわっと染み渡る安堵が心臓を少しずつ優しく包む。小さく息づく鼓動が教室の秒針よりも遅れて時を刻み始めた頃、俺はシャーペンを手放した。あいた手で染められて少し痛んだ由香の髪を撫でて
『ごめん…由香、』
俺は由香の瞳を見つめて告げた。
『好きだ』
由香は、また一つ大粒の涙を零し笑った。あぁ、嬉しい。俺の中に生まれた人間がそう呟いた。

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あきゅろす。
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