【38/言えない気持ち】back.48
「ああ、ティエリアなら、勉強は順調らしいぜ」
最後の授業が終わり、人気が完全になくなった講義室で、参考書を片付けながらニールが言った。俺はその手元を、伊達眼鏡越しにじっと見下ろす。こいつはこんなにもノロノロと片付けをする男だったか、と少し苛立つ。
俺が話し掛けるというニールの宣言通り、あの日以降、ニールとティエリアが会話をしているところをよく見るようになっていた。
そろそろ訊ねれば近況の情報が貰えるのでは、と思ってニールに問い掛けてみたのは正解だった。
「だがお前さんの、数学だけは手付かずだそうだ」
トン、と参考書の端を揃える音が空気を震わす。
ニールの声が低い。思わず息が詰まる。
俺のせいか、と自問自答すれば、辛さのせいで眉間が寄って自分らしくない表情が浮かんだ。少し俯いて額のあたりを片手で隠す――が、すぐに光が差し込んできて、ニールが俺の手を掴んだことを知った。
目を瞠って顔をあげた俺を見て、ふっとニールが微笑んで手を放す。
「そんな顔しなさんな、嘘だって」
うそ。
ニールが言った平仮名二文字を脳内で並べる。
再びニールが「嘘」と参考書を抱えながら呟いた。俺は眉が潜まったことを自覚する。ニールが苦笑いをした。
「ティエリアならいつも以上に頑張ってるぜ」
「何だよそれ、頭おかしいだろ」
ティエリアの模試の判定はすでに合格圏内どころか、突き抜けてどこかへ行っているというのに、それでもまだ根気を詰めて励んでいるのかと思うと、本当に頭がおかしいとしか思えなかった。
大体あれ以上どう頑張るっていうんだ。という疑問の答えは、すぐにニールが口にしてくれた。
「これから俺と二人きりで古典の延長戦だ」
「延……、は?」
「夕飯一緒に食って勉強だ。ティエリアから誘って来た。俺はハレルヤセンセイを誘おうと思ってたんだが、予定が狂っちまった」
俺は目を丸くする。思考は止まったが、身体は止まらなかったわけで。気付けば俺は講義室のドアを押し開けていた。
「ティエリアはっ、」
「一階のロビーで待ってるぜ、多分」
どこか落ち込んだようなニールの声調に、不覚にも身体が動かなくなる。
振り向けば、ニールが指先で目元をトントンと叩いた。
「ハレルヤ、眼鏡さ、するとき俺に言ってくれ。わりと似合ってる」
気付くのがかなり遅かったことを、俺は今悟る。気付いていないフリをしなければ、と緊張に身が強張った。
「俺は好きだよ」
古典講師のくせに支離滅裂。何言ってんだよ、と笑って俺は講義室を走り出る。
ほんと、何を言っているんだ。と、少し泣きたくなった。
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