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【Snipe at D (3)】


 自身の誕生日であった二月二十七日に、アレルヤが目を覚ましたのはその日が終わりに近付いた頃だった。アレルヤが起きた瞬間からハレルヤは入れ替わり、奥に戻っていった。
 その後クルーから祝福を受け、嬉しさに包まれながら就寝したのを覚えている。

 今日は三月三日――次のミッションまであと二十時間ほどだろう。

「おはようさん」
「あ、おはようございます」

 通路の真ん中で足を止めたロックオンにつられるように、アレルヤもその場で止まった。
 エクシアとデュナメスのミッションプランは、キュリオスとヴァーチェより数時間早く指定されていた。だからだろう、ロックオンがパイロットスーツに身を包んでいるのは。

「今から整備を?」
「いや、終わったところだ。着替えてから朝食にしようと思ってな」
「そうですか。僕も今から朝食なんです。何か用意しておきましょうか?」

 んー、とロックオンは腕を組んで考える。
 そしてポンと手の平を拳で叩いた。

「実は今日、俺の誕生日なんだ。だからたまにはケーキが食いたい」
「い、今言うんですかっ!?」
「気にしなさんなって。俺もアレルヤの誕生日に何もあげてないからな。今度何か食べに行こうぜ」

 アレルヤが焦燥感に駆られているのを余所に、ロックオンは面白そうに笑い勝手に予定を立てる。
 そしてアレルヤの肩を叩き、再び通路を進んで行った。

「……まったく、あの人は……」
 ――アレルヤ。

 脳に声が響いたのは、足を踏み出そうとしたときだった。
 アレルヤはぎょっとして少し跳び上がりそうになる。

「ハ、ハレルヤ?」
 ――代われ。
「なっ……何で――」
「――うるせぇ、ちょっと寝てろ」



 自室に戻ってすぐ、ロックオンはうんと背を伸ばし、パイロットスーツのファスナーを下ろした。デスクに置いてあるボトルを手に取り、水を一口飲む。

「ロックオンオキャク、オキャク」
「客?」

 充電器に収まっていたハロが、その場でくるくると回る。
 ロックオンは反応しないモニターに眉間を寄せながら、スーツの袖を腰で結ぶ。
 そしてハロに対して「本当かよ」とぼやき、試しにドアを開けてみる。

「……ハレルヤ?」
「……っ!?」

 ボッと赤くなったハレルヤが、一気に後退して壁に背中をぶつけた。あまりにも見た目と反比例している動作に、ロックオンはポカンと口を開けた。

「ど、どうした? 用があったなら呼んでくれりゃすぐに出たのに、」
「なんもねぇよっ! 邪魔するぜ!」
「はあ?」

 何もないと口にしながらも、問答無用で部屋に入って来るハレルヤ。ロックオンの眉から歪みが取れることはなかった。

「一体何だ。――あの日のこと、口止めでもしに来たのか?」

 ドアが閉まるや否や数日前の誕生日のことを話に出せば、ハレルヤはひどい剣幕でロックオンを睨み付けた。すっかり慣れてしまったその睥睨に、ロックオンはふっと笑いを返した。

「心配しなさんな。俺はこれでも口が固いんでね」
「アレルヤにも絶対言うなよ」
「分かってるって。そのアレルヤは今どうしてんだ?」
「……アレルヤならオネンネしてるぜ」

 ハレルヤのツンケンした言い方がどこか違った。それを過敏に感じ取ったロックオンは首を傾けつつも、すぐに回答など出るはずもなくその疑問をスルーする。

 その時、変な空気の中で不意に腹が鳴り、うっとロックオンは照れながら腹を押さえた。

「ああ、朝食まだだったか。あんたそんなに腹減ってんのかよ、格好悪ぃな」
「格好付いてなくて悪かったな。人間なんだ、腹も減るさ」

 再び着替えるため、結んだ袖に手を掛けたロックオンを、ハレルヤはじっと見つめ、ぽつりと言った。

「……俺が作ってやっか?」

「うえっ……?」

 思わず変な返事をしてしまい、ロックオンは慌てて口元に手を当てた。ひくりと口元を動かし、歪んだ笑みをしているハレルヤへ、今のは違うんだとロックオンは両手を振る。

「まあ、あんたがそう反応するのも分かるぜ。誰かさんが風邪んときに炒飯作った男だからな」

 ハレルヤはふうとため息を吐いて、少しの間過去の思い出に耽った。
 そう思えばそんなこともあったなと、ロックオンは乾いた笑いを洩らす。ハレルヤがアレルヤと入れ替わってから、もう一度炒飯を食うハメになったことをハレルヤは知らないだろう。ニ皿目の炒飯は本当にうまかった。さすがアレルヤだ、嫁に欲しいくらいの腕をしている。風邪ではないときにもう一度お願いしたい。

「今度は失敗しねぇよ」
「……本当かよ……」
「ああ、」

 個室のドアが開き、そこでハレルヤは一度足を止める。
 そしてロックオンに今まで見せたことのない、はにかんだような笑顔をした。

「誕生日おめでとう、ロックオン」

 ハレルヤが出て行った個室で、暫くロックオンは固まっていた。数秒程してハロが「ロックオン、ロックオン」と呼び掛けてくれるまで、ずっとだ。
 その声のおかげで解凍に至れたロックオンは、慌ててドアを開けて廊下に飛び出る。

「ハレルヤ!」

 通路の少し先で、ハレルヤがびくっと肩を揺らしてから振り向いた。
 一体何だと云わんばかりの眉間の皺だったが、もうそんなことは気にしなくても良いだろう。

「俺は何も作ってやれないから、今度何か奢ってやるよ! 誕生日の分ってことでな!」

 ハレルヤは驚愕の表情を浮かべ、何も答えないまま通路を曲がっていった。
 伝えれたことに満足したロックオンは、個室に戻って端末を手に取る。それにしても、いつ休暇が被っているだろうか。表示されるスケジュールを指で追いながら、ロックオンは空白となっている二日間を見つけ、柔らかい笑みを描いたのだった。


end.

【Snipe at D (3)/090306】




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