【もがくひと】
ライル・ディランディは口を固く結び、腕を組んだ状態で壁に背を任せ、目の前の医務室を真っ直ぐに見つめていた。視線の先は、医療用カプセルで眠る刹那・F・セイエイである。
ソル・ブレイヴス隊の助けがなければ、今頃自分は、そして刹那も、こうして此処にはいなかった。
刹那の容態は思っていた以上に深刻そうだった。その詳細は後程、ティエリア・アーデから情報を得たスメラギ・李・ノリエガから聞かされることになるだろう。
死に至らなかっただけマシだという考え方もできたが、生憎、今の自分はそんな楽観的な思考にはなれない。
「……ロックオン?」
医務室の強化ガラス越しに刹那を見ていたアレルヤ・ハプティズムが振り向く。
ライルは名前を呼ばれたことでハッとし、慌てて顔をあげて「ん?」とできるだけ普段通りに応答してみせる。
ガラスに両手を当てて泣いているフェルト・グレイスの傍にいたマリー・パーファシーが、こちらのやりとりを耳にして視線を数秒向けてくる。不思議そうに首を傾けていたが、すぐにフェルトの方に目線を戻していった。
「なんだ、アレルヤ」
「いや、考え込んでいるような気がして……」
「そりゃ考えもするさ。こんなときに大将がそんなんなっちまったらな」
ライルは、少し乱暴な声調になってしまったことを自覚する。
半ば伏せていた目蓋を開け、上目気味にアレルヤの表情を確認すれば、らしくなく眉間に皺を寄せていた。
アレルヤは後ろにいる女性二人を一瞥してから、ライルの肩を軽く叩いて通路を進むよう促した。どこか哀しげなアレルヤの表情が不快で、ライルは苛立ちを孕んだ瞳でダークグレーを睨み付ける。
「アレルヤ、どこへ?」
「ロックオンと少し話をしてくるよ」
マリーは一度は言葉を失ったが「解ったわ」と微笑を湛える。
その後、涙で目元を赤くしたフェルトが不安そうにライルを見やったが、すでに床を蹴って前進を開始していたライルがそれに気付くことはなかった。
ライルは、アレルヤの背中を追って無言で通路を進む。二人が再び足を床につけたのは、医務室からかなり遠ざかった場所だった。通路が丁字に交差しているその中心で、アレルヤはライルに振り返り引き結んでいた口を開いた。
「刹那は救えた。何をそんなに苛立っているんだ」
「苛立ちもする。戦いの最中だぞ。むしろあんたの方が苛立ってるんじゃないか?」
嫌味ではなく、素直に思ったことを述べただけだ――ライルは、何かに焦れているようなアレルヤの空気を確実に読みとっていた。
「……きっと、ロックオン、あなたと同じ理由だ……」
弱々しい声を吐いたアレルヤは、辛そうに眉をひそめ、革手袋に包まれている拳を握った。
同じ理由だと言うアレルヤに対し、ライルは不審を抱く。それはありえないことだと思った。
「何か勘違いしてないか? 俺は、俺にも脳量子波が使えりゃ、あんたらみたく囮になれたのに、って、」
「同じですよ」
疑問をそのまま顔に出し、表情を歪めてアレルヤを見やる。するとアレルヤは俯いて、右手で顔面の右半分を覆って言った。
「僕には彼のように脳量子波が扱えないんです。エルスに狙われるマリーを救うため、囮になることが僕にはできない」
アレルヤとマリーを迎えに行ったときから、ずっと心の内にあった疑問――なぜハレルヤが表に出ていたのかという謎が解消される。彼でなければ、マリーを護れなかったのだ。
「……く、っ」
悔しさに叫びたくなる心を、いっそ泣いてしまいたくなる気持ちを全部押し殺すように、アレルヤは小さく短く呻く。それから、君に頼ってばかりしたくない、と、か細い声を零した。
ライルの脳裏をアニュー・リターナーが過ぎる。
目の前の彼は今、ライルにとってのその存在を失う可能性に苦しんでいるのだろうか。
それとも、自身の手だけでは護衛できない事実に対し、情けなさに震えているのだろうか――おそらくは後者だろうとライルは思う。
「――だから、もがくんだろ?」
え、とアレルヤが気の抜けた声を落として顔をあげた。
ライル自身も、自分の口からその台詞が滑り落ちてくるとは思っていなかった。
以前、兄の声が聴こえたことがあったのだ――もちろん幻聴ではあるが。励ましと支えになっていたのだが、まさかこんなときにパッと口にしてしまうとは。
半分無意識だったことに対して、兄が憑依でもしたのかというオカルトじみたことも考えてしまい、たまらず笑いそうになる。
突然の言葉に頭が追い付かないアレルヤは、数秒の時を挟んでから、困ったような笑みを浮かべた。
「一瞬、彼かと思った」
ライルは、アレルヤが兄を指していることにすぐに気付き、肩を竦めてクスリと笑ってみせる。
「兄さんが言ってたんだ。そりゃそうだ」
「え? どういう、」
『ストラトスさん! ハプティズムさん! ノリエガさんが呼んでますぅ!』
突然入った艦内通信に、二人は同時に反応して、それから顔を見合わせる。いくらか肩から力が抜けたようなアレルヤに、ライルは安堵して息をついた。
「ありがとう、ロックオン」
どちらの意味ともとれる『ロックオン』に感じ、ライルはあえて応えることをしなかった。その代わり「ありがとな」と礼を述べる。この御礼もまた、アレルヤだけではなく、兄宛でもあった。
すでに床から足を放し先行していたアレルヤが、こちらの礼に応えて力強く首を縦に振る。
「もがくぜ、アレルヤ」
「ああ。僕は僕にできることをするさ」
end.
【もがくひと/101002】
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