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紡ぎ、つなぐ。




【紡ぎ、つなぐ】







Valentino前夜。スクアーロの部屋にて、いつもの御茶会が催されていた。いつもと変わらない顔触れ――ルッスーリアが優雅にティーカップを傾けるその向かいで、気怠そうにスクアーロは頬杖をついて居た。

「ねえスクアーロ、そう言えばあなた、Valentinoの準備は終わってる?」
「半分、ってところだなぁ」
「半分って、大丈夫なの?私も何か手伝おうかしら?」

「大丈夫じゃなきゃ部屋に入れてねーよ、平気だぁ」
「それもそうよね」


“あぁ〜良かった”と、大して心配もしていないのにルッスーリアは白々しく溜息を溢した。それは彼だけが、スクアーロが準備に苦労していた事を良く良く知って居たからである。
バツが悪そうにスクアーロは仏頂面で我関せずと紅茶を啜った。

「……それでっ、何をあげるのよぉ!?」
「う゛お゛ぉい、いちいち食い付いてくんじゃねえ!誰が言うかぁ!!」
「あら、あらら?何よ、珍しい反応じゃない……あ、さてはあなた、私にも言えないようなとんでもないプレゼントを贈る気?キャーすごい、意外に大胆なのねスクアーロ……私、感心したわ!」

「違ぇっ!!」

普段の彼ならば事も無げに打ち明けただろう、言えないのは何か疚しい事が有るからだわとルッスーリアは決めて掛かり、悩まし気に身体をくねらせた。途端にスクアーロは剣呑な面持ちでぴしゃりと言い返すものの、ルッスーリアには既に届いて居なかった。


「本っ当、珍しいわねえ。いつもはイベント事に乗り気じゃないじゃない」
「そりゃあ相手に因るだろ」
「まあね」

「……ルッスーリア、オレが明日フラれたら慰めてくれぇ」
「はぁ?」

空になったティーカップを受け皿に戻すと、妙に神妙な面持ちでスクアーロは呟いた。突拍子の無いその台詞にルッスーリアはサングラスの奥の瞳を丸くしたが、安心させる様に深々と頷いて見せた。今更フラれるなんて有る訳無いと思いながら、目の前に居る同僚の杞憂が晴れる事を、ルッスーリアは心の中で祈った。――Valentinoまで、後8時間。






「……何とか間に合ったなあ」

スクアーロは二人で使っているXANXUSの寝室へValentinoの為に取り寄せたクラシックローズを、漸く全て運び終えたのだ。ベッドを覆い尽くしているのは香り立つロッソクラシコが108本。XANXUSの私室な為、その全てを自ら運び込まねばならなかったが、スクアーロにとって少しも苦にはならなかった。それはこの本数に関係している。

「緊張してきたなぁ、やべえ……これ見たらあいつ、引くかな」

うろうろと落ち着き無くベッドの周りを歩き回るスクアーロは、普段感じた事の無い緊張感から苛々と腕を組み換えた。
幾度か規則正しい八の字を辿った所で、待ち人の気配が近付いて来るのを察して足を止める。ギクシャクと錆び付いたロボットの様な動きで首を捻って振り返ると、暗殺者らしからぬ足取りでドタバタと扉へ張り付いた。そしてスクアーロは、反射的にドアノブを両手で握った。

「おい」
「なっ、なんだぁっ?」
「てめえ……一体どういうつもりだ」
「どういうって、別に……ただおまえのこと、出迎えたかっただけだぁ」

「ならばさっさと開けろ、かっ消すぞカス」

――ガチャガチャガチャ。中へ入ろうとするXANXUSから少しでも時間を稼ごうと、スクアーロは必死に頭を使ったがなかなか良い言い訳が思い付かず、自らの情けなさに泣きたくなっていた。そんなスクアーロに対して次第に苛立ち始めたのか、ドアノブを回すXANXUSの手付きは危うくなる。
危険に気付き、狼狽頻りにスクアーロは吠えた。

「XANXUS!XANXUSっ!!聞いてくれぇ!!」
「んだよ」
「これからオレがする事や言う事に絶対引かねえって約束してくれ!!」

「……さあな、事と次第に因る」
「う゛あ゛ぁああ!!」

普段よりも低く苛立ちを確かに感じさせるその声に漸く観念したのか、スクアーロはドアノブから手を離した。――ゆっくりと扉は開く。
扉が開いた瞬間、中から香る薔薇の香りにXANXUSは僅かに双眸を見開いた。それから瞳に映ったのは、叱られた子供の様な不貞腐れた顔をしている恋人の姿。一つ鼻を鳴らして横をすり抜け、XANXUSは匂いの出所――寝室へと真っ直ぐに移動した後、足を止めた。

「……どういう事か説明しろ」
「う゛う゛っ、」
「聞こえなかったか」

「ぐっ、……これは……Valentinoの為に用意したんだぁ、108本ある。さっき数えたから間違いねえ。これは、あ゛っ、う……だから、あの、プ、プロポーズ、なんだあ!オレからっ、おまえに!!」

コートを握り締めた手を緊張からかもぞもぞと動かし、必死に言い募る言葉は回りくどく要領も悪い。それでも懸命に言葉にして、スクアーロは漸くと顔を上げた。不安気に揺れる瞳は熱っぽく、微かに濡れて居る。

「“結婚してください”」
「えっ、」
「何を驚いてやがる。てめーが知ってる事をオレが知らないとでも思ったか?……意味を説明しなくてどうする、このドカスが」
「う゛お゛ぉお……そ、うだよな」

冷静を取り戻したスクアーロは返された言葉で気付かされ、自身の狼狽ぶりを悔やみながら額を手で押さえた。吐き出す息は深く長く、スクアーロの内側から動揺の名残りを全て押し出した。


「あと、なぁ?これも……よかったら、貰ってくれ」
「何だ、それは」

最大のミッションを遂行したスクアーロは普段の調子で、ついでと言わんばかりに包みを一つ手渡した。XANXUSは直ぐに巻かれた紐を解き、包みの封を開く。――次の瞬間。驚きの表情と共に、眉間に深々と皺を刻み込んだ。XANXUSが見た物、それは黒いベルトが二つと鎖……もとい、首輪と片腕分の腕輪、そしてそれらを繋ぐ鎖であった。

「これはなぁ、おまえの事を繋いじまいたいくらい好きだって意味で取り寄せといたんだぁ!!どぉーだあ、すげえだ――」

得意満面に説明するスクアーロの声は途切れ、驚いた様子で自身をベッドの上に押し倒したXANXUSの顔を見詰めた。予想外の反応に面食らったスクアーロを余所にXANXUSは荒々しく唇を塞いで馴れた身体をまさぐった。

「――ん゛んっ、ン……ざ、」

最初こそ唖然としていたものの、最愛からの口付けにすっかり酔いしれて、スクアーロは絡めた腕で一層と距離を詰めた。馴れた掌に肌を暴かれていく一方でスクアーロもまた、XANXUSの服を乱していく。
室内に充満する薔薇の香りに誘われて、その行為にも甘さが滲む。


「はぁ……XANXUS、」
「今日のてめえはなかなか悪くねえ」
「あっ、待てぇ……オレじゃなくて、おまえに――」

「誰がさせるか」

僅かな抵抗を見せるスクアーロの反論を一蹴して、XANXUSは先程の首輪をスクアーロに取り付ける。抗う様に緩く首を振って見せるスクアーロを見るや否や、その鎖を手荒く手繰り寄せて知らしめた。小さく息を呑んだスクアーロは手繰り寄せられるまま、素直に上体を起こした。

「今のは減点だな――仕置きだ」
「うあ゛ぁっ、ア、……ボス、っ……こんな……う゛う゛、」

鎖の先に有る、首のそれより幾分か細身のベルトで勃ち上がった雄を拘束されてしまう。冷たい皮の肌触りと、痛い程に締め付けられたそれを見て微かに声が震える。動く度に耳へと残る金属音と、捕らわれた分身を虐められ、その都度漏れ聞こえる湿った音がスクアーロを更にと追い詰めた。
意思とは関係無く、主の求めるがままに身体は一層熱に乱れた。



「嬉しいかカス」
「……ぁ、く……」
「“嬉しい”か?どうだよ、スクアーロ」

「はあっ、……しい、嬉しい……」
「良い子だ」

乱れたままのワイシャツとコートを腕に引っ掛けたまま剥き出しの下肢を惜し気も無く曝しながら、スクアーロは何度も何度も頷いて見せた。堪える様に噛み締めた唇を解く様に、褒美とばかりに甘い口付けを贈って視線を絡ませる。間近で覗く濡れた薄墨色の瞳が微かに青み掛かっており、その色こそが欲の証であると――XANXUSは知っていた。興奮する度に水を増して輝く、二つの瞳。己だけが知っている、この男本来の色であると……この男の――在るがままの姿であると。


「ぅ゛ああっ、アァ――……ッあ、XANXUS……もう、」
「まだだ……出来るな、カス」
「XANXUSッ、あっ、ア、……もっ、……だぁっ、――う゛あ゛あアアッ」

艶やかでフェミニンな赤の海で溺れながら、スクアーロは主の言い付けに倣って懸命に、解放が待てず今にも暴れ出しそうな身体を抑え込んだ。いつ如何なる時も、全身全霊で己に応え様とする健気な姿に満足して、XANXUSは戒めていたベルトを外して一層深く中を抉った。その途端、息吐く間も無くスクアーロは欲に果てて、XANXUSもまた迸りを解き放った。







「…………」
「カス、文句があるなら口で言え」

互いの熱を解放へと導き、室内から熱気が消え去った頃。ベッドの上に仰向けで横たわるスクアーロにXANXUSは声を掛けた――スクアーロが形容し難い表情で口を閉ざして居たからである。
それからじっとりと恨みがましい眼差しでチラリとXANXUSを見遣る。

「……オレはおまえのことを縛りたかったんだぁ……」
「わかってる」
「なのに、ぐぅ……おまえがっ、おまえがぁ、」

「落ち着けカス、泣くな」

未だに感情が高ぶって居るのか思い出して再燃したかは定かでは無いが、スクアーロがグズグズと半べそで恨み言を吐き出して漸く、少しやり過ぎたかとXANXUSは後れ馳せながらに自覚をした。
機嫌を直そうと唇を寄せるも、避けられて滑らかな頬に口付けた。

「――スクアーロ、」
「…………」

唇を噛み締めて横顔を向けるスクアーロへ囁き掛けて、もう一度顔を寄せれば今度こそ二人の唇は重なった。優しく甘やかす様に羽根の様なキスを重ねると――スクアーロはゆっくりと、それでも力強く腕を絡ませて身を預けた。わざと拗ねた振りをしていたのも、XANXUSにはわかっていた。
少し考える風にXANXUSは黙り込んだ。それから、自らの左腕に細身のそれを巻き着けた。――鎖が二人を繋ぐ。

「これでいいか?」
「XANXUS……ごめん、ありがとなぁ?」
「構わねえ」

珍しく折れてくれた主の姿に目を丸くした後、すまなそうに、嬉しそうに頬を弛緩させて笑い掛ける。その頬を一度掌で掬ってXANXUSは、脱ぎ捨てていた自身のコートを手繰り寄せてポケットの中をまさぐった。


「……施しだ、受け取れ」
「これって、……XANXUS……なん、で」

気の無い素振りで投げて寄越された小さな箱を受け取ったスクアーロは、手の中に在るその箱の中身が何なのか察して、譫言の様に呟いた。
込み上げる感情のせいで震える指先を隠そうともせず、スクアーロはそっと箱の蓋を開けた。中にはシルバーのシンプルな指輪が入っている。そのデザインは、スクアーロが彼の誕生日に贈った物に酷似していた。

「XAN、っ……う゛う゛、XANXUS……」
「酷ェ顔だな」
「元から゛だあ……!!」
「萎える」

「う゛お゛ぉい、誰のせいだぁ……クソ、くそぉっ」
「ぶはっ」


「笑うなぁあ゛!!」








紡ぎ糸、繋ぐ想。
恋枯れて、愛芽吹く。


四季と共に、君に捧ぐ――生涯の誓い。 


-END-





この話はボス誕の時の『頬にキス〜』の続きです。
バレンタインなのでスクが頑張ってみたようですが、深く物事を考えないので途中アクシデントに見舞われたようです。お疲れ様です。(笑)

それでも何だかんだ幸せ一杯な様子。

――2010.02.14.

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