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Agrodolce-アグロドルチェ-。



【Agrodolce-アグロドルチェ-】



「なんだ、またそれかぁ?」

しん、と静まり返った部屋の片隅に存在するその男特有の空気を悟り澄まし、足取りは軽く奥へと進む。主の私室にこうもずけずけと入る者は居ないが、それを許されているのも自分ただ一人であると知ってからは以前までは持ち合わせていた僅かな気遣いもなくなった。とは言っても、あいつの機嫌次第で出方を窺うことはあるのだけれど――。
開け放された扉を潜るとソファーに身体を預け、長い脚を投げ出しながら読書に耽るあいつが居た。退屈そうに落とした瞼と情報を求めせわしなく動く深緋がやけに不釣り合いで、でもどこか重なる部分もあり、その動作を見守るのも嫌いじゃない。

だが、嫌いじゃないにしろこういう時のあいつはオレを見ないから――それが少し、いやだった。わざわざ口に出して言うことでもなければ勿論、止めさせたいわけでもない。“じゃあ何だ?”と聞かれても上手く説明出来ない曖昧な感情と、この男のすべてを受け入れたいと願う強く深い執着心。名付けるならば『愛』。
オレは心底、この男にイカレてる。


「はぁ?」
「ああ、悪ぃ。邪魔するつもりはないんだ」

たまにあるんだが、自分では普通に声を掛けたつもりでも奴からすると――まさしく今の返事じゃないがまあ、こんな反応をしょっちゅうもらう。それに不満なんてないし寧ろ、密かに嬉しかったりする。この嫌そうな反応が面白いのだと打ち明けたなら確実に血を流す羽目になるからやめておく。でもいつか言ってみたい気もする。――その時どんな顔をするのだろう。
瞬き一つ増えないほどに変化の乏しいXANXUSの反応も、実は嫌いじゃない。自分に対して警戒心が極めて薄いのだと見て取れるそれに感じ入ったこともある。無意識だとわかっていても、その都度喜びに奮える胸の内を咎めることはしない。出来はしない。
だってこんなにもこの男が――……XANXUSが愛おしいのだから。

何はともあれ、流石にずっと“立ちんぼ”というのも目障りらしいから(随分前に言われた)、座らせて貰うことにした。勿論こいつの隣に、ぴったりと触れ合うように。XANXUSの左腕に背中を預けるように軽く、ほんの軽く寄り掛かり腕置きに両の脚を投げ出し、その二本の下に在るシルクのクッションを掬い上げて腕の中に納めた。徐々に触れ合う其処から緩やかに互いの体温が通うのを感じながら行儀悪く靴を脱いで、膝を立てる。
クッションを抱えた腕をその膝に預けて其処に頬を埋めると、生理的な眠気を感じた。心地の良い昼下がり。

「……重い」
「おう、そりゃあ悪かったな」
「…………」

呆れたように零された溜息と共に投げられた短い台詞の合間には、本を閉じる微かな物音がした。どうやら興が削がれたらしい。
返す声音はいつもと変わらず我ながらふてぶてしく、悪びれる心情が皆無なだけあり思いの外軽くなった。正直過ぎるのも問題である。重くないのがわかっていたからそれならばと、ぐーっと寄り掛かってみた。視界をちらつく白鼠の髪がふわりと揺れる。
喉元を右手で掴まれ、引きずり落とすかのような手荒さと強引さに瞬く間に落とされたのは奴の脚の上。クッションが落ちた気配の一方で、小さな物音がした。あれは多分先程まで彼がご執心だった本だろう。後で片付けておかないと。

「――お?どーしたぁ、“重い”んじゃなかったのか?」
「るせぇ……気が散るんだよ、このドカス」

台詞とは裏腹に憤怒を微塵も含まずに、それでいて何処か優しくて。主からの気まぐれな優しさにぱちぱち、と更に瞬く。
見上げた先に在る綺麗な深緋を見つめ、堪らずに両腕を掲げるように持ち上げ奴の首へと絡ませ抱き込んで。近付く距離を思い頭を持ち上げたところで望むままの施しを受けた。柔らかく優しい口付けに酔わされて居るといつの間にか体勢は変わって、ソファーに組み敷かれている。この男はこうやって今まで何人もの人間を沈めてきたのだろうか。そのくらい手際がいいのだ。
芽生えた僅かな嫉妬心も受ける口付けに溶かされる。

「ん゛ん……気持ちいい……」
「まだキスしかしてねぇ」

甘やかされるようなキスの波にうっとり呟く。
それを聞いた奴の何故か不満げに落とした声に唇は笑みに綻ぶ。
込み上げる愛しさに満たされながら、艶のある濡羽色の髪を撫で梳いた。穏やかに過ぎゆく時の流れを感じながら、回した腕に力を込めて向けられた深紅を覗き込んだ。


「……なあ、仲良くしねぇ?」
「何だそれは。素直に抱いて欲しいとか言えねーのかよ」
「じゃあヤろうぜ」
「…………」

よしきたとばかりに賺さず言い返したらあいつは黙り込んで、じーっと物言いたげな瞳を向けてくる。その顔には期待を裏切られた子供のような感傷もやんわり浮かんでいる。
どうやらオレの返事が気に入らなかったらしい。我が儘な男だ。

「なんでだよっ、一緒だろぉ!?」
「…………」

しかしながらオレにはさっぱり違いがわからずに反射的に言葉を重ねてみたところ、侮蔑を通り超して憐憫に満ちた主のそれに素で狼狽える。常々言われてきてはいたが、オレには色気がないらしい。そればかりかその空気さえも相殺する何かがあるようで。
現に向かい合うあいつは若干気が削がれているだろう。これでは何の為に奴の読書を妨げてまで誘いを掛けたかわからない。
言うなれば本末転倒である。

「う゛っ……な、中に……」
「何だよ」

それなりに付き合いがあり、過去の経験を脳裏でひっくり返すと一筋の活路を見出だしたが、それはあまりに高度なものだった。自他共に認める色気のない男には些かハードルが高過ぎやしないかと瞳で投げ掛けても“早く”と急かされるだけであった。
躊躇いがちに言い淀みながら縋るように見つめ、覚悟を決めて頭のコンピューターが弾き出した台詞を反芻し尖らせた唇を開く。

「いっぱい注いで、奥まで満たせよ……なあ、XANXUS……」
「…………」

渾身の誘い文句と欲を孕む熱っぽい視線に掠れた声。
これ以上ないと言う自己ベストをお披露目すると、XANXUSは3秒ほど時間が止まったように動かなくなった。それからオレを見つめて、深く長い溜息を零した。――この反応はなんだ?

「今のもダメかよ!!」

沸々と気恥ずかしさが時間差でやってきたのか、若干耳が熱くなってきている。そんないたたまれなさから半ばふて腐れながら文句を付けると、唇を塞がれ舌を吸われた。
求め合う最中の僅かに離れた唇から零れる特有の音と熱い吐息に、なけなしの理性は奪われる。残ったものは『本能』。



「もう黙れ、……望み通りくれてやる」
「ん……出来れば早く、な?我慢できね……もっと、」
「てめえ……」

言葉を交わす時間すら惜しむように、己の全ての要素がこの男を――XANXUSを求めていることは痛いくらいにわかった。
もっと沢山キスがしたい。奥まで欲しい。
そんな思いを伝えるように繰り返し“もっと”とねだると、XANXUSは呆れたような怒ったような複雑な声音を零してオレの首へと歯を立てた。その痛みが齎す甘苦に身体は喜び、打ち震える。其処から全身へ熱と興奮を血脈は運び、オレは魘れていく。
熱くて愛しいこの男の、欲深いまでの愛に――溺れた。





……この後はと言うと、ベッドに半日篭って溶け合うくらいに肌を重ねた。毎日じゃちと辛いが、たまにこんな日があってもいい。濃密で快味な時間をこの男と過ごせるという事実にまた、胸の内は満たされる。

――そんなことを、薄れゆく意識の中で思った。


-END-







気まぐれな2人。それでも普段色気もクソもないスクの甘えた仕種や文句にしっかり煽られてるボス。この話では実質的にボスの方が弱いです。(惚れた弱み)
言葉よりも態度で甘えを見せるスクが好き。

――2009.07.07.


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