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頬にキス、指に誓いを。






【頬にキス、指に誓いを】





「今夜はボス、帰って来ないわよ」
「……はぁ?」

顔を合わせたルッスーリアが酷く申し訳無さそうに、憐れみの浮かぶ表情を携え声を掛けてきた。オレはと言うと、いきなり何故そんな事を言われたのか皆目見当もつかなかった。――何なんだ、一体。
生理的に眉を寄せながら、疑問を解決すべく口を開いた。

「あいつが居ないことは別に珍しくもねーだろぉ」
「んまぁ!そうじゃなくって、……明日はボスの、お誕生日でしょ?」
「それくらいオレでも覚えてる」

「だから、会えなくて残念ねって言いたかったのよぉ〜」

身体をくねくねさせながら緩く握った拳を二つ胸の前に添え、悩まし気な声を上げた。その姿と、声と、性別の、何たる不協和音。なかなかの破壊力を携えている。おまけに少し、イラッとさせられた。
その理由も……ホントはわかっていた。


「なら最初からそう言えぇ!!」
「カッカッしないで頂戴、それともアッラッビアータが食べたいの?」
「……夜食でいい、オレの分のディナーは要らねえ」

一方的に言い残し、静まり返る通路に足音を響かせた彼の背に掛かる白銀の髪は、ゆらゆらと微かに左右へ揺れていた。普段と全く変わらない様子に、浅い溜息を溢す。意地っ張りと言うのか、強がりとでも言うべきか。それでも何処か元気が無い様に見えたが案の定、仕事をたんまり持ち込んで忙しさで誤魔化すつもりらしい。――素直じゃないんだから。

「あら、いけない。レヴィちゃんのところに行かなくちゃ」

うっかりしていた。彼よりも早く祝うなんて暴挙に出かねない主一筋なレヴィの顔を思い出し、足早に部屋を目指した。一度だけ、あったのよねぇ……あの日は全身打撲に火傷、おまけに骨折でお祝いムードにはならなかったのよね。しかも完璧にスクアーロはとばっちり。
『祝う為に0時を回ってから部屋を訪れたら、入った途端いきなり殴られて蹴られて燃やされかけて、あれやこれやの内に視界は暗転。気付いたらベッドの上だったぜぇ』と、彼がけろっと説明した時に私、改めて思ったもの。――ボスにはこの子しか居ないわ、ってね。

だからと言って彼がボロボロになる事を容認している訳では無くて。出来る範囲で少なく済めばいいと思っている訳で。
そんなこんなで、ちょっと察しの悪いレヴィへと釘をさしに行くのだ。








「う゛ぅー……目が疲れた」

あの後部屋に書類を山程(実際ホントに山になっていたが)持ち込んで、延々とそれを片付けていた。途中でルッスーリアが注文通りに熱々のアッラッビアータとミネラルウォーターをトレイに乗せて運んで来た。フォークでパスタを絡めつつ視線は紙面をずっと駆け回っていたのだから、目が疲れるのも当然だ。仕事をしながら食べるにはこのアッラッビアータの味わいが丁度いい。良く効かせた唐辛子の辛さが刺激的で、機械的な食事をしていても味が口にちゃんと残るのだ。
だから仕事を片付けながらの夜食にはいつも、これを頼む。


「誕生日、か……」

携帯を手に取りディスプレイを眺めると、目に映るのは『23:54』の文字。0時まではあと6分。メールにしようか電話にしようか考えている内に、2分3分と時間は進み、残す所もあと僅か……さてどうしよう。

「……やっぱり電話、か?」

結局電話に決めて、直ぐに電話を掛けた。今の時刻は『23:57』。話しているうちに0時を回るだろうと掛けてはみたが、一向に出る気配はない。……コールの数が増える度に、何故だか寂しくなってきて。自分の誕生日ならこんな気分にはならないのに、それが彼へと変わるだけでこうも違うなんて。――届かない声が感傷ばかりを募らせる。
……会いたい。逢いたい。



「XANXUS……おめでとう、なぁ……」

――0時ジャスト。
届く事のない小さな呟きは静まり返った室内に、寂しく消えた。









PM 23:30。
オレは苛立ちを隠せなかった。それは別に自分の誕生日を目前にしてはしゃぎたいから等ではなく、今日駆り出されてしまったという事実に、だ。普段の何でも無い日なら問題は無かったが、オレの特別な日なのだと昨夜、あいつは嬉しそうに笑って居た。幸せそうにオレの胸に凭れて、「今年もオレが1番だぁ」……そう囁いたあの愛しい男、S・スクアーロの事ばかりを考えて居た。早くこの腕に抱き締めたい。

出席していたパーティーでは前祝いをするみたいな迷惑過ぎる申し出があったが、不快さを全面に出していたら『プレゼントは控え室に置いておきます!』と言い残し脱兎の如き早さで逃げて行った。祝辞を貰わなかっただけマシだとオレが思うはずもなく、足早に控え室へ向かった。部屋を埋め尽くすプレゼントの山。掌に灯した炎を手加減等せずそれらに放つと、轟音を響かせながら窓だけでなくバルコニーをも消し去った。風に流れる黒い塵を避け、窓が在った場所へと歩み寄る。


「これは一体何の騒ぎだ!?――うおっ、」

音を聞き付けて部屋へ突入してきたのは家光。変わり果てた室内の様子に驚き、状況を確認しようと部屋中に目を凝らす家光へ顔だけで振り返る。

「おいXANXUS、おまえまさか――」
「帰る」
「こらッ!!」

短く一言告げると返事も待たずに地上へと飛び降りた。脱出がし易い二階の部屋を宛がわれていた為、難なく目的を果たす。背後からは家光の声がしているが、“聴こえねえ”。てめえ等なんぞに構っている時間はない。
乗ってきた車のロックを外し、直ぐに乗り込む。車のキーは予め渡されていた為、強奪する手間が省けて良かった。――今の時刻は『23:35』。アクセルを踏み込み逸る気持ちを抑え込むとハンドルを握る手に力がこもる。
頭に浮かぶのはあいつの笑顔ばかり。……ああ、早く。早く。



PM 23:57。
携帯の呼び出し音が車内に鳴り響く。相手は勿論あいつ。通話に応答しようか考えたが、声なんざ聞いたら堪えられそうに無かったから助手席へそれを放った。その間もずっと鳴り続ける。

AM 00:00。
未だに電話は切られない。

「てめえはいつまでオレを呼ぶ?――スクアーロ、」








AM 01:42。
出る事が無いとわかっていながら、自分から切る事が出来ずに携帯の画面をただただ眺めていた。掛けた電話が“今”を繋ぎ止めてくれそうで。
……全く、一体いつからこんなに女々しくなったのだろう。

「――あ、……なん、だ……?」

静寂の彼方から聴こえてくる機械音に耳を澄ませる。徐々にとそれが鮮明になり、音の正体が電話の着信音であると気付いたのはどの辺りでだったかわからない。ただ、真っ直ぐに……この部屋に向かっている事だけは回らない頭の片隅で理解した。程無くして部屋の前まで来た“音”は、躊躇う事無く扉を開いて姿を現す。

「…………」
「…………」

目の前のそれは電話を耳に宛がう。促す様に向けられた双紅は寛容な色を見せ、誘われるがまま真似して携帯を耳許へ押し宛てた。

『……ただいま』
「――う゛、ぁ……お、おかえり……」






驚きで表情を固めたまま、躊躇いを滲ませた声でたどたどしく返事をする目の前の男へ腕を伸ばす。項へと回したその手で普段とは異なり、そっと優しく抱き寄せると、びくりと小さく腕の中のそれは一度だけ震えた後、力一杯抱き着いてきた。堪らなくなり、此方も回した腕に力を込める。

「……XANXUS……」
「あぁ」
「XANXUS……」
「何だ」

「誕生日おめでとう、なぁ……」
「……他に言うことは?」
「会いたかった!!」

「オレもだ、……スクアーロ、ずっとてめえにこうしたかった」
「XANXUS……愛してる、」

絹の様なひんやりと冷たく滑らかな髪を撫でながら、腰を抱き寄せて更にと距離を詰める。どちらともなく見詰め合い、唇を重ねた。微かに音を立てる柔らかなそれを互いに啄み、次第に深めていく。口内をまさぐり合い、また唇を啄むキスをして。幾つもの口付けの後、再び抱き締めた。


「ん、……なぁXANXUS」
「どうした」
「なんで電話出なかったんだぁ?」

「“繋がっていた”だろう?オレと、てめえは」
「……ありがとなぁ」

「何もしてねぇ」
「うん、でも――ありがとなあ。すげぇ幸せだ、うれしい」
「いっそ、てめーの誕生日にするか?今日を」
「ならオレん時はおまえのだな」


「その方が楽しめそうだ」
「違いねえ」

笑い合い、細やかに祝うこの瞬間が柄にも無く心地良い。こいつと出逢ってから随分とオレは甘くなっちまった様だ。腕の中のそれが首筋に顔を埋めて、犬猫の様に擦り寄る。――オレしか知らない、こいつの甘え。
愛しさを噛み締めていると、不意をついて頬にキスをされた。

「なぁ、XANXUS……おまえのこと一つだけ、束縛してもいいかぁ?」
「どういう意味だ」

聞き返すと、あ゛ぁーとかう゛う゛とか、散々唸った挙げ句におずおずと小さな箱を差し出した。その間も心配そうに目を向けては、瞬きを増やしていく。その箱が何かは見てわかる――中身は多分、指輪だろう。


「指輪……パーティーとか行く時だけでもいいから、女避け」
「くだらねえ」
「おまえから違う匂いすんの、いやなんだあ……殺したくなる」
「誰を、だ?」

「……おまえのこと、好き過ぎておかしくなる」

沈黙で誤魔化そうとするカスの顎を掴むと、欲に濡れた瞳を返してくる。その眼は確かに言っていた、――“オレ”だと。
生意気なカスだが悪い気はせず、褒美にと受け取ったばかりの指輪を右手の薬指に通して見せればくしゃりと顔を歪ませた。バカな男だ。

「どうしよう……すげぇうれしい……」
「はっ、目敏いカスだな。いつの間にサイズ測りやがった」
「目測と勘」

そう言ってオレの手を取り左手で指を絡ませる様に重ね、口許へ引き寄せる。まるで儀式か何かの様に、ゆっくりと敬意を込める様に指輪へと口付けた。それから普段の勝ち気な笑みを浮かべ、爛とした光を瞳に宿す。


「この指輪に、オレの愛を誓うぜぇ」
「何だカス、このオレにプロポーズでもしてんのか?」
「してもいいならば」

「調子に乗ってんじゃねーよ、……てめえがされとけ、ドカスが」
「オレだってしてぇ!!」
「口答えすんな」
「してえ!!」

「あんまりごちゃごちゃうるせぇと、“違うこと”させるぞ」
「――ッ!!?」








また一つ、想いを重ね。
もう一つ、口付けて。

我が持てる全ての愛を、ここに。


指に、誓いを。


-END-






誕生日交換ってムリだよ!冷静になって2人共!!……そんなツッコミが聞こえてきそうです。(笑)
確かにムリですが、2人が幸せならそれでいいのです。
さり気無くヘタレっ子が指輪なんか渡してますが、物凄い葛藤の末に漸くです。

誕生日おめでとう、ボス。

――2009.10.10.

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あきゅろす。
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