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終わらぬ夜の戯れと、紅の憂鬱。



【終わらぬ夜の戯れと、紅の憂鬱】



気怠いのと心地良さの間をうつらうつら。微睡む意識の中、間近に感じる息遣いと穏やかな鼓動を刻む心音。触れ合う肌から伝わる体温が混ざるような感覚を覚え、自然と唇が綻ぶのを感じながら漸くと目を開けた。

「…………」

普段の険しい表情が嘘のように、それでいて何処か穏やかさを感じるその寝顔に愛しさを確かめる。
この顔を知っているのは己のみ。――そう思えば思うだけ、どれほどこの存在に魅せられてきたかを思い知る。悔しいような、誇らしいような、そんな思いが胸を擽るのだ。

暫く眺めた後、堪え切れずに手を伸ばす。指の背で掠めるように触って、今度はしっかりと掌で頬を包んだ。この顔に触れるのも自分だけの特権なのだから、触らなければ損である――そんな妙な持論で自己完結すると左肘をベッドについて上体を浮かせた。それから覗き込むように見下ろして、そうっと唇を重ねる。眠っているからか、いつもより僅かに冷たい其処を二度啄んだ所で後頭部を押さえ込まれて思わず目を見張ると、ぼやけるほど間近に在る緋色の瞳はスッと細められた。
絡んでは離れ、逃げては追い――それを何度も繰り返して吐息に熱が滲む頃、漸くと思い出したようにどちらともなく舌をひく。僅かに離れた間を繋ぐ糸を舌先で掬ったついでにぺろりと唇もなぞると、その男は愉しげに鼻を鳴らして意地悪く唇を歪めた。

「何だカス、てめーには人の寝込みを襲う趣味があったのか」
「起きてた癖によく言うぜ」

この選れた直感を持つ男の寝込みを襲うなんてのは、なかなかに難しい。いくら気を許した仲とはいえ、目敏い程に敏感だ。それでいて何でもない時には呼ぶまで目を覚まさないのだから、質が悪いったらない。そんな所まで見極めなくてもいいだろうに。

「気付いたならやめればいいだけの話だろうが。それを“あえてしなかった”てめーに、選択の余地はねぇ」

そう言うが早いか、ぐるりと反転する視界と髪がベッドに散らばる音が微かに耳に届く。
期待を裏切らないその様子に満足して口角をつり上げた。
先程とは違い、文字通り見下す男の視線を受けて胸の内にじわじわと拡がっていく高揚感に自然と顔が笑う。



「そんなモン必要ねーよ、これがオレの望みだ」

そう、そのつもりで仕掛けた。保身なんてのは二の次で、より鮮明に全身で感じていたかったのだ――この男の存在を。
情欲とは別の、本能とも言える欲求に肉体は熱を持ち始める。
誘うように肌を滑る熱っぽい男の指。的確に敏感な部分を一つ一つ確かめるように辿っていくそれに、浅い吐息が零れた。熟知された己が身体を浅ましく思いながらも、触れる指先からまた愛おしさを感じて堪らない気持ちにさせられる。

一体何処までこの男を愛すのだろう。


「言うじゃねーか、望み通り後悔させてやる」
「逆に喜んだらどうする?」
「救えねぇカスだな……そろそろ違う言葉が聞きたい」

シーツと背中の間に差し込まれた腕が悪戯な指先に連れられて、ゆっくりと移動する。背骨をなぞるように這う指の感覚に息を詰めた。対の手は鳩尾から臍へと緩やかに下り、骨盤を撫でてはまた臍をなぞられる。緩やかでじれったい刺激に眉を顰めると、男は欲で濡れる深緋を更に深くして目を細めた。
“どうした?”と言いたげに。

「相変わらず性格がわりぃな……クソ、」
「こういうのが好きなんだろ?」
「言ってろぉ……」

否定出来ないそれに唇を尖らせて呟けば男は可笑しそうに吹き出した。余程情けない顔を曝していたようで、それが余計に悔しくて拗ねたように唇を突き出す。――そうすると必ず、優しい口付けが貰えることを知っているのだ。甘やかすように優しい、男からの気まぐれな愛情表現。噛み付くようなキスも好きだけれど、睦言のように贈られるこの口付けが堪らなく恋しくなる瞬間がある。あるにはあるが、それをどうこうするつもりもない。
自分だけを愛して欲しいわけじゃない。だから、いつまでもこの思いだけは胸の奥にしまっておかなければならないのだ。

――オレは女のようには生きられないのだから。



見透かすような瞳が何かに気付いた様子で、途端に鋭さを帯びる。言えとでも言いたげなその瞳を真っ直ぐ見据えて、伸ばした右手で頬を包む。親指の腹で何度か其処を撫でた後、口を開いた。

「XANXUS、おまえが欲しい。オレの中に閉じ込めてやりてぇ」

本当はその心も、おまえという存在もすべて欲しくて堪らないのだと、いっそ告げてしまえたらいいのに。幾度となく思った身分不相応な想いを押し込めるように瞼を伏せると乱暴に重ねられた唇から舌が割って入ってきた。応えるように両の腕を首に絡ませ、抱き込むように距離を詰める。――もっと深く、もっと近く。
それから間もなく、慣らすこともせずに暴かれた其処が痛みと衝撃に引き攣った。それでも、幾度となく受け入れてきた其処が裂けることはなく、押し入られるままにそれを寛容し飲み込んだ。

「う゛ぁ……はっ、……はぁ」

無遠慮に貫かれて揺さ振られ、ベッドは絶え間無く軋んで揺れて――思考までも揺さ振られているような感覚を覚える。
実際、繋がる部分から麻痺していくのを感じた。同じくして酔わされていくような曖昧で甘美な熱と快楽。それでもまだ足りないとばかりに男を求める、卑しい身体。
女のように男を受け入れ喜ぶ自分に嫌悪がないわけではない。ただ、この男を前にしては意味を為さないというだけである。

それほどまでに愛してしまったのだ――この男、XANXUSを。


「ア、あっ……ボス、……ボス……」

せわしい息遣いに混ざる確かな情欲と求める声。掻き抱くように艶やかな漆黒を指に絡ませ、左腕はもどかしさから男の背をなぞる。決して男を傷付けない、男に捧げた腕がゆるゆると其処を移動しては時折、堪えるように右手が拳を握った。
思考力などもはや存在せず、肉欲のみに衝き動かされていた。

「おい、教えてやっただろうが……もう忘れやがったか?」
「ん゛ん……XAN、XUS……」

普段よりも低く掠れた声で間違いを正す。頭が回らない状態であると認識しているのか、揺さ振る動作は緩めずに頬を数回軽く打たれる。覚束ない唇は遠巻きに感じる思考の中で、窺うように音を紡いだ。途端、滲む視界に映った深緋が寛容な色を見せる。

「そうだ、スクアーロ……」

何処か優しさを含むその音色に、胸は強く脈打つ。苦しさを感じて瞼を伏せると柔らかな温もりを感じた。最初は瞼、次は額。其処から下って鼻先と顎――そして唇へと。僅かな呼気すら奪うような口付けに引きずられる形で昇り詰めた快楽。
刹那の最中、口内へ“愛してる”と呟いた。

冷める兆しを見せない互いの熱に誘われるままにベッドは軋み続け、室内には二人の息遣いが浮かんで消えた。











「…………」

随分無理をさせたようで、先刻までの紅潮を見せていた肌は白く、若干青い。貧血を起こしたのか単に疲れたからか判断の難しい沈黙を見せた男の、柔らかな銀糸を掬い上げて唇を寄せる。曝された外気に冷やされ、ひんやりと心地の良い肌触り。
瞳は無防備な寝顔を見せる夢人へと注がれたまま。――この男、どうにも鈍い。他人の事にはそれなりに勘の働く男ではあるが、自分の事となるとてんで駄目なのだ。

「だからてめーは、いつまで経ってもカスなんだよ」

いい加減、気付いてもいいだろうに。
何故こうして夜毎、飽きもせずに何度も身体を重ねるのか。思春期などとうに過ぎた性欲の捌け口にしたいが為じゃない。
高潔で傲慢な、それでいて馬鹿みたいに真っ直ぐなこの男を欲したからこその流れであって、身体だけが欲しいわけじゃない。……いや、初めて抱いた時はそうであったのだけれど。だが、好奇心の代償に支払ったものがとんでもなく高くついたのは確かだ。

今ではすっかり、この男への感情にも名が付いたほどだ。


だからと言って今更愛だ恋だと騒ぐつもりもない。お互いがわかっていればいいと思っていたのに――この男ときたら少しも期待すら見せずに、ただただオレを想っている。
そうなるように仕向けたつもりもないが、早いうちに手込めにしておいたのは正解だったかもしれない。

これだけは誰にもくれてやるつもりはない。
オレだけの駒であり剣であり、唯一の“弱点”なのだから――。




「せいぜい今のうち休んでおけ。今日は此処から出してやらねぇからよ……望み通り“閉じ込めて”貰おうじゃねーか」

聞こえてもいないだろうに、声に反応してぴくりと眉が動いたが、それがただの反射であろう事は見て取れた。それから小さく唸ると寝返りを打って側面を向けた所で、今度はしっかり眉を顰める。腰が痛むのだろうか。
頭を撫でるように髪を梳かしてやれば幾分、表情が軽くなった。
男の些細な仕種にすら愛おしさを感じる自身に呆れてみるが、あまり意味を為さなかった。全てはこの男――S・スクアーロが悪いのだ。一々目に付いて敵わない。

触れるだけの口付けを贈ってから腕に抱いた頭をそっと引き寄せ、瞼を伏せた。腕の中のそれが目を覚ますまで仮眠を取るべく緩やかに意識を手放していくその一方で、身体に教え込むのと言って聞かせるのとではどちらが早いか計算してみる。
きっと、どちらも愉しいだろう。


――この男は、どうしようもなくバカで、愛おしいのだ。

-END-







ボスの気持ちに鈍感な(というより考えてもいない)スクと、それに気付いていながらもあえて口にしないXANXUS。不器用だけど、気持ちはしっかり通い合っています。

――2009.03.08.

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