Dream
第3話「始まりの鐘鳴り響く」
「き、着替えたよ。」
顔だけ覗いて、恥ずかし気に俺を少女が呼ぶ。
俺は早歩きで部屋に入った。
「なっ・・・・・・。」
青年は言葉を失い、その場に立ち尽くす。
すると麗華の表情から喜びが消えた。
「ご、ごめん・・・着物が良くても私じゃ台無しだよね・・・。」
悲しそうに麗華はうつむいた。
「・・・・・・・・・て。」
「・・・え?」
「顔、上げてくだせェ。」
「あ、うん。」
青年の言うとおり顔を上げると、声の余裕とは裏腹に若干顔を赤らめた青年がいた。
「大丈夫?顔が赤―――。」
麗華が言い切る前に私の肩を青年がガシッと掴んだ。
「似合ってんじゃねェかィ!」
「ひっ!?」
大きな声に思わず声が裏返る。
青年が貫く様な綺麗な瞳で私を見つめるから私は恥ずかしくて顔を反らした。
「いや〜、わざわざ買ったかいがありやした・・・。」
「え゛。」
ハッと気付いた時にはもう遅かった。
このまま秘密にしておくつもりだったんだが・・・。
「私・・・お金何て持ってないのに・・・。」
深刻に考えている麗華の頭に手を乗せ、優しく撫でてやる。
「安心してくだせェ。金なんて取りやせんよ。・・・・・・変わりに、あんたの名前教えてくれやせんか?」
これも身元を上手く聞き出す為だろうか・・・・・・そんな事どうでもいい。
私はこの人を信じたい。と私は思った。
頭を撫でられると何だかとても安心した。
「櫻井麗華・・・。」
「麗華か。いい名前じゃねェか。」
この名前は髪の色を見ておじいさんが付けてくれた名字。
名前の由来は知らないけど、私はとてもこの名前を気に入っている。
だからだろうか。
名前を教えるのはそう簡単に今までなかった事だし、自分が認めた人に名前を褒めてもらえるのはとても心地よかった。
「あなたは・・・何て名前なの?」
嬉しくてつい彼の名前を聞いていた。
「俺は沖田総悟って言いやす。」
「・・・かっこいい名前・・・。」
しまった。
無意識に心の内を言ってしまった・・・。
けど彼の名前・・・どこかで聞いた事があるような・・・気のせいかな?
「嬉しい事言ってくれるねェ・・・。じゃぁ総悟って呼んでくだせェ。」
少し驚いて麗華は小さく頷く。
照れもせずによくこのひ・・・総悟はキッパリ言ってくれるよね。
総悟がどんな表情をしているか気になって私は顔を上げた。
「うん・・・総悟って呼ぶね?」
意外にもまた総悟の顔が紅潮していて、不思議そうに私は総悟を見つめる。
「・・・総悟?また顔赤いよ?」
「・・・・・・あんま見んじゃねェやィ。・・・それとも、麗華の顔を赤くしてやろうかィ?」
強がっている総悟が密かに可愛く思えたりする。
「どうやって?」
麗華は悪戯っぽい笑みを浮かべ、自分なりに総悟をからかおうと試みる。
しかし総悟相手には・・・・・・分が悪すぎたみたい。
「っ総悟!?」
総悟が私を抱きしめてきて、私の心臓がまた跳ね上がった。
「何でィ?」
「ちょっと・・・これは・・・・・・反則///」
総悟の前では女の子になってしまっている自分に麗華は戸惑う。
可愛いとか思っていたけど、私なんか簡単に包み込んでしまうほど総悟の体は思ったより大きかった。
前言撤回。
総悟には敵わないや。
「麗華も言葉じゃねェだろィ。」
上目使いなんかしやがるから・・・。と心の中で呟く。
もちろん総悟を紅潮させた原因が自分だとは麗華はまったく自覚していなかった。
「え?どういう・・・?」
「何でもねェやィ。」
クエスチョンマークが飛び交っている麗華を見て総悟は続ける。
「そうだ。麗華。今からゴリ・・・近藤さんの所に行くんで、ついて来てくだせェ。」
「ゴリ・・・?あ、待って総悟!」
麗華の呼ぶ声に、俺は立ち止まり振り向く。
「何でィ?」
「・・・私、ここにいちゃダメだよね?」
総悟はきょとんとしてまた元の表情に戻って、わしゃわしゃと私の髪を乱暴に撫でまわした。
私はわけがわからなくなる。
「近藤さん?警察の人に連れて行くなら、ごめんけど私―――。」
何度も私がここにいる理由何てわかっていたじゃないか。
総悟は優しいけど、私を―――罪人を捕まえる警察。
これが必然であって事実だ。
逃げる隙が閉ざされたとわかった瞬間、私は走って逃げよう。
悲しげに麗華は無理矢理笑顔を作った。
「何勘違いしてんですかィ。今日から麗華はここに住むんですぜ?」
「あぁ・・・うん。拷問とかされちゃって・・・?あはは、怖いなぁ・・・。」
頭を撫でられてるし、もう捕まってるのかな。これって。
さっきの瞳孔が開いた人が拷問してくるのかな・・・?
絶対あの人眼力だけで罪人を吐かせてきたんだろうなぁ・・・私の場合隠す事も何もないんだけど。
「拷問?・・・・・・何の話してんでィ。」
麗華の言った言葉を繋げて総悟は考えてみる。
警察の人に連れていく。拷問。怖い?
ようやく総悟は理解した。
口端を少し吊り上げて笑みを浮かべる。
もちろん麗華は気づいていない。
目的の場所に着いたと悟られないように、わざと俺は通りすぎようとした部屋で足を止めた。
「着きやしたぜ。」
「ッ・・・・・・・・・!!」
麗華が素早く逃げだしたのを俺が手を伸ばして腕を掴んだ・・・はずだった。
後ちょっとの所でそれは届かず、麗華は全速力で塀へと駆ける。
俺も素早く廊下を駆けおり、後を追う。
あと少し・・・!
少し先に木が立っている。
もう塀の壁にはついていたが、高い壁を飛び越えられる程のジャンプ力はない。
あの木に生えている枝を伝ってジャンプしていけば塀を飛び越えて・・・逃げ出せる!
麗華が丁度木の幹に差し掛かった時だった。
「っ!!!?」
視界に何か見えたと思えば、目と鼻の先には真剣が木の幹に突き刺さっていた。
あと少し真剣が遅かったり麗華が速かったら、今頃麗華は死んでいただろう。
自分に向けられた真剣の怖さに麗華はその場にへたりこんだ。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
息切れと恐怖心が麗華から逃げる気力を消していく。
「あっぶねー。マジで逃げられるかと思いやした。」
木の幹から真剣を抜き、自分の鞘に納めると、麗華の手を取って立ち上がらせる。
「すいやせん。怖がらせる気はなかったんですが・・・。」
「・・・・・・・・・。」
これが本当の関係。それなら最初から私に情なんてかけてほしくなかった。
「・・・歩けるかィ?」
弱々しく頷くと、総悟は私の歩調に合わせてゆっくり歩を進める。
そして先ほどの部屋の前につき、総悟が障子を開けた。
「・・・ん?総悟か。どうしたんだ?」
悲しげな顔で私が前を見た瞬間、麗華の顔が恐怖に染まった。
「ひっ・・・!!?」
「その子は・・・?女中じゃ見た事がないな。」
全身が凍りつくように硬直し、麗華は唯一動く口をどうにか動かした。
総後に捕まったという事も忘れて、目の前の『ある存在』に。
「ゴリラが人間になりすましてる・・・!!?」
「え。」
2010.5.20
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