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Dream
第1話「過ちの少女」


春爛漫の江戸の青空。

肌に感じる風がとても心地良い。

川のせせらぎが聞こえ、子供達が駆け回り、店には客人と話して笑う店主。

そんな風景を時折見つめれば自分はここにいていいのかと思ってしまった。

私は拳に力を入れ、走っていた速度を早める。

走るのは気持ちいい

まるで風になっているようだった。

しかし、今はそう感じる予知などありはしない

私の両腕には沢山の饅頭

そして背後には一人の男店主。

「待ちやがれこのこそ泥〜!!!」

周囲の目などもう慣れた。

男の声を聞き、私を捕えようと通行人の男が私の前に立ちはだかる。

少女は面倒そうに舌打ちし、ひょいと地を蹴り、男の顔面に着地した。

頭に乗ろうと思ったのに上を向くもんだから足の感触は最悪。

それでも表には出さず、私は無表情で追ってきた店主の方を振り向く。

「私を捕えよう何て・・・諦めた方がいい。」

そう言って男の顔を蹴り、再び地面に着地する。

後ろを見ると、店主はヘトヘトになりながらも私の後を必死に追ってきていた。

いい加減諦めてほしい少女は、目に映った路地裏に入る。

入ってまもなく、人の気配はなくなった。

どうやら諦めてくれたらしい。

歩きながら私―――櫻井麗華は盗った饅頭を一つ掴み、口へ運ぶ。

「これで3日は持つかな・・・。」

着ていたつぎはぎだらけの小汚い赤色の着物から、桜色の布を取り出す。

それを地べたに広げ、抱えていた饅頭をそっと置く。

布は着物と違い原色そのものの綺麗な色だったが、少女の桜色のロングヘアーは艶があり原色より綺麗で鮮やかだった。

髪と同じく瞳は海の様に蒼く、どこか深みのある色をしていた。





麗華が饅頭を食べていると、一匹の白い子猫がやってきた。

みゃぁと可愛らしい鳴き声をあげ、足に身体を擦りつけてくる。

ちょっぴりくすぐったくて自然と顔がほころんだ私はしゃがんで優しく頭を撫でてやった。

「お前、どうした?親とはぐれたのか?」

子猫が答えるはずもなく、麗華は目に入った饅頭を子猫に与える。

ふと麗華は子猫がやってきた方を見ると、道の端に白い何かが見えた。

「あれは・・・・・・?」

不思議に思いそこへ近づく。

瞳に映った光景に麗華は目を見開いた。

そこには身を寄せ合うように寄り添った一匹の親猫と三匹の子猫。

決して動く事はなかった。

饅頭を無我夢中で食べていた子猫が麗華がいない事に気づき私の後を追ってきた。

小さな気配に気付いた私は振り向き、小さく微笑んで子猫を両手で抱えあげる。

嬉しそうに子猫は尻尾を振った。

「お前も私と一緒になったのか・・・。私の薄汚れた着物と違って、お前はこんなに綺麗なのに。これから私のように汚れてしまうなんて―――。」

そう思うと曇りのない綺麗な瞳で見つめてくる子猫さえ、私には眩しく感じられた。

けど、それが汚れるのも救う事もできなくて。

麗華は後ろめたい気持ちを押し殺してその場を立ち去った。










3日後。

私は子猫の事をきっかけに足を洗おうと隣町に来ていた。

「お願いします!ここで働かせて下さい!!」

・・・ここで何軒目だろう。

私は懸命に職に就こうと手辺り次第店を周っていた。
けれど・・・。

「あんた・・・歌舞伎町のこそ泥の子だろ?すまないが店の評判を下げるわけにはいかねェんだ。他を当ってくれ。」

隣町に行けば私はただの孤児として誰か一人ぐらいは雇ってもらえると思っていた。

しかし、ここでも私が盗人という事は町の人に伝わっていたのだ。

「・・・・・・ありがとうございました。」

私は深く頭を下げ、店を出た。

孤児となった5年前の13歳の時では働かせてくれる所などそうそうない。

だから18歳になって、やっと職につけると思っていたのに。

雇ってもらえる年齢になるため盗みをやって、足を洗おうとしたら今度はそれが仇となって・・・。

私には世間が私に死ねと言っている様にしか見えなかった。

「職もダメ。盗みも・・・。」

麗華はうつむく。

3日前の子猫を見て思ったんだ。

盗みで自分の命を繋ぐ事はできても、小さな命さえ救えない。

・・・私一人だけで生き抜いて何も救えず一生を終えるのは嫌だ。

こんな生活はもう・・・・・・嫌なんだ。



だから―――。




私は歌舞伎町に戻り、流れる人混みに沿って歩き、町の人々を見ていく。

『スリ』ができそうな人を狙って・・・。

結局、心の中でどんなに綺麗事を言っても、私がやろうと・・・いや、やるしかない事は罪を重ねる事だった。

「あ、あの人・・・。」

目に止まったのは私と同年代ぐらいの青年だった。

子供すぎずかと言って完璧な大人ではない少し童顔の青年。

ベージュ色の着流しは新品のように綺麗だった。

力では負けるだろうけど、スリじゃ女も男も関係ない。

それに、ある程度の体術なら天人や闇商売の奴らから逃げるため、見よう見真似で覚えた。

と言ってもほぼ自己流なんだけどね。

少なくとも一般人よりは強いし、きっと大丈夫だ。

麗華は決心し、その青年の後を追った。








おかしい・・・。

青年の後を追ってもう1時間が経ったが麗華は困惑していた。

それなりに金のある人だと思って狙ってみたのはいいのだけど、どうやら外れだったらしい。

青年が立ち寄った場所といえば、

駄菓子屋でアイスを買って、食べ終えた何も書かれてない棒にペンで当たりと書き、また一本もらっていたり・・・

私よりも小さな10歳ぐらいの男の子をいじって泣かせているわ・・・

私のイメージとはことごとく違っていた。

本当にこの人でいいのか。

探せばもっといいカモぐらいいるんじゃ・・・と何度も思った。

けどここまで来てターゲット変える何て、また振りだしに戻ってしまうじゃないか。と自問自答する。

露天商人達も夕方のこの時間になれば、もう店を閉め始めている所もある。

諦めて今日の食料を盗りに行っても分が悪い。

そろそろ手を打たなくては・・・。




そんな事を考えていると、青年が店頭に並ぶ剣を見て立ち止まった。

麗華はここぞのチャンスだと思い、初めて青年に近づいた。

そして、見えていた財布へとこっそりと手を伸ばした。





刹那。狙っていた青年が振りむき、麗華の腕ががっちりと掴まれてしまった。

やばいっ・・・!!!

麗華が力づくで振り払おうと試みたが、それは無力に終わる。

栗色の髪の青年は私を見て一息ついた。

「誰かにつけられてると思えば、こんな女とはねィ・・・。」

構わず麗華は蹴りを入れるが、青年はすました顔でそれをかわし続ける。

周りから見れば、麗華も青年も人並み以上の動きをしていた。

やはり腕を握られて自由に動けないのがキツイのか、終わりの見えない攻撃に少女がやっと口を開ける。

「離せ!!」

俺じゃなくもっと大きい何かを恨むような強い眼差しで、女が睨みつけてくる。

「嫌でィ。」

青年が腹黒い笑みを浮かべ、見下してきた様に麗華はゾッと身震いする。

ただの恐怖ではない何かに脅えて私は空いていた右手を青年の腹部に向け殴りかけた。

「無駄ですぜ。」

またもや攻撃を避けられ、麗華は舌打ちする。

的へ殴ったり蹴りを入れる体術では青年には敵わない。


それなら―――。


麗華は自分の身体ごと青年へと体当たりし、予想していなかった行動に青年は押し倒された。


上手くいった・・・!


束縛が解かれ、急いで麗華は立ち上がろうとしたが・・・。

「うわぁっ!?」

すぐに状況を自分の物にしようと青年が伸ばした足に麗華は引っかかってしまい、地面にぶつかった。

「痛っ・・・。」

反射的に前に出した両腕から痛みが走り、表情がゆがむ。

少し擦りむいたが構わず麗華は立ち上がろうとした。

顔を上げた瞬間、頭の中が真っ白になるのがわかった。

「次逃げたら撃ちやすぜ?」

青年に拳銃をつきつけられていたから。

こんな天人が持ち込んできたおもちゃのような道具で撃たれて・・・私は終わるのか。

私はこのまま生きていても、どうせ明るい未来はないんだろうと悟り、少し悲しげな蒼い瞳で、肯定するように微笑んでみせた。

「いいよ。撃って。」

さっきはあれ程足掻いていたのに。

その言葉に青年の瞳が少し見開いた。

私は死を受け入れる様にそっと目を閉じる。

すがろうともしない行動に腹立ったのか舌打ちが聞こえた。

・・・・・・これでいい。

同情されるより最後まで孤独の方が私らしい。

しかし、次の瞬間、私の黒の世界が反転する。

驚いた麗華は目を開けた。

「なっ・・・降ろして!」

青年の背中が映り、私は肩に担がれているとわかった。

それと同時に、命乞いされたのに無償に腹が立った。

「さっきの銃で早く―。」

「名前。何て言うんでィ?」

「・・・・・・は?」

刹那。思いがけない質問に私は嘲笑う。

「そんなの言っても意味ないでしょ。」

素直じゃないなァ・・・。と小声で聞こえたが、無視しよう。

むしろそんな人懐っこい罪人・・・いるわけがない。

「じゃぁメス豚って呼びやしょうか?」

さらっと言われた言葉に私は自分の腕を見た。

「・・・これのどこが太って見えるの?私は一日切り抜くので精一杯なのに。」

小汚い着物と痩せた身体を見れば一目で分かる。

それに似合わず、桜色の髪に蒼い瞳の容姿。

・・・こんな色大嫌いだ。

「やっぱり孤児ですかィ。」

「ええ。これから私をどこに連れていくわけ?」

こうして人とちゃんと話すのも何年ぶりだろう。

「真選組でさァ。」

聞いた事のある名前に私はいぶかしげに思う。

「真選組・・・?あそこは武装警察でしょ?遠いのに何でわざわざそこまで・・・。」

私はもっともな感想を言ったつもりだったが、青年はそれっきり口を開かなかった。

麗華はため息し、いつの間にか逃げるという事を忘れ、懐かしい人の心地に眠ってしまった。










2010.5.13

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あきゅろす。
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