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ブリキ少年と死神と魔女の少女
:6−2
混乱した頭は、通常の動きをすることによって冷静になろうとする。
目の前のパンドラと俺を助けた彼女の会話を少しだけ聞き飛ばしてワイシャツの襟を触った。
数秒して落ち着いてきたのですん、と鼻をすすると、花の匂いに混じって嗅いだことのある臭いが僅かに薫る。
この臭い──まさか、彼女は【死神】か?
よくよく俺を持っていない方の彼女の手元を見てみると、見たことのある赤黒い大鎌を持っていた。
もしも彼女が死神だとしたら、何故パンドラと敵対している?



「…そんな、そんなはずはない!」



錯乱し始めた男の手により、俺らを取り囲んでいる周辺の木々が一斉にして倒れていく。
彼女に幾度となく刃を向けるも、紙一重で躱されてしまい、その衝撃波が木々に向かっているという寸法だ。
冷えてきた頭で現在の戦勢を観察してみると、力の差がありすぎて、己の身に対して逆に不安になってしまった。
あの男、彼女に遊ばれている。
彼女が無駄のない動きで男の鎌を避けている姿から見ても、彼女がこの男よりも圧倒的強さを持っていることが窺える。
これだけ強いのならばパンドラが彼女をスカウトしていても可笑しくないだろう。
ならば何故、彼女は俺を助けたんだ?



「パンドラは、パンドラは偉大なんだ!私が負けるなど有り得ない!」

「嫌だわ、その揺るぎない驕りは一体何処から来るのかしら」

「黙れ女風情が!」



彼女の言葉に真っ向から煽られた男は鎌を真正面に向けて上下に振り降ろし、自身の魔力を媒介に巨大な竜巻を産み出して彼女にぶつけようとする。
未だにニコニコと笑っている彼女は男が放った竜巻にも当然動揺せず、その赤黒い大鎌を男と同じように真正面に向けて上下に降り降ろし、同量の竜巻を作り出して男の攻撃を相殺した。
ここまでくるといっそ清々しい。
俺は真夜中にも関わらず目の前で繰り広げられている光景に唖然とすることしか出来ない。
俺の戦闘能力ではここまで素晴らしい相殺は出来ないだろう。
唖然としている俺に気づいたのか、男に向けていた視線を俺に移し、ふわりと笑って近くの木の安定した太い枝がある所に俺を置いた。
漸く首の締め付けが無くなり、息苦しさが軽減された。
しかし今の俺には別の問題が重なっている。



「少し、ここで待っててね」



俺に話し掛けてまた空中に戻っていった彼女から何故か目が放せないこと、そしてあのパンドラの男の心臓が欲しくて欲しくて堪らないくらい餓え始めてしまったということだ。
またあの発作が始まってしまった。
ドク、ドク、ドク、と自分の身体が脈打っていることが意識しなくても丸分かりだ。
自分の心臓付近のシャツを力一杯握りしめる。
乱れ始めた呼吸は戻ることを知らず、口角が上がるのを抑えられなくなってきた。
嗚呼、どうしよう。

それでも彼女から視線は外れない。



「私は偉大なるパンドラの恩恵を授かっているのです…私が、パンドラでもない女風情に…っ」

「貴方にとってパンドラはそんなに素敵なのね」

「ただの死神に何が分かる!我々はこの世界の全種族が考えもつかない理想郷を手にしようとしているんだ!」

「ええ、分かりたくもないわ」



キィン、と鎌同士で打ち合いを繰り返す音が聞こえる。
そんな中、男の切なる訴えをばっさりと切り捨てて彼女は男から距離を取るために大幅に後ろに飛び退き、切っ先を男に向けながらまたにこりと笑った。



「つまり貴方の間違いは、その驕った精神とパンドラという組織に所属したことよ」



その声色は、まるで断罪者だ。



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