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それでも世界を愛した
プロローグ



 私はきっと、その日のことを一生忘れないだろう。
 柔らかくも暖かな愛情たちと自然に囲まれた最果ての地でぬくもりに囲まれながら大事に育てられてきた私が、それを境にこの世界を取り巻く混沌の渦中へと落とされてしまったから。


「嗚呼、どうしてだ!神は我々を見捨てる気か!」
「何故“救いを総べるもの”が二人なのですか。大神官、これは一体…!」


 私はただ、両親が残してくれた一軒家の中で昼食をとろうとしていただけだったのに。
使い古した机の上に置いた木製のスプーンを掴もうとすると、その途端目を開けることが辛く思えるほどの黄金に近い眩い光が私を取り囲み、その光の中へと引き摺り込もうとする無数の手により私の身体は消えていった。
 目を瞑っていたのは一瞬の出来事で、辺りを取り巻く光が和らぎゆっくりと目を開けるとそこには私の知らない世界が広がっていた。
 田舎者の私では見たこともないような華美な服装をした、何かを喚いている男達。日の光を通して輝く神が描かれた大きなステンドグラスに、神に愛されし妖精が描かれている天井画。
 それらすべてに圧巻され数秒呆けたものの、段々となぜ自分がこのような事態に陥っているのか、という疑問が幾重にも浮かび上がる。無理矢理自分自身を納得させて他者に状況確認をしようにも、事情を話してくれそうなあの男達と私はかなり距離がある。幸いにしてこの大きな広間に響いてくる会話が聞き取れるということは、この人たちと私の言語は同じなのだろう。ひとまずあの人たちに声をかけたい。
 そう考えて少し落ち着いて深呼吸をしてみると、何やら私の横に見たこともない服を着たこの世界では珍しい配色の髪と瞳を持つ若者がいる。少年はしきりに何かを確認するかのように辺りを見渡している。
もしやこの少年も、私と同じようにここに連れてこられたのであろうか。
確認をとるために少年に声をかけようとすると、私の声を遮って少年は言葉を発した。


「もしかして、異世界…?」


そのとき私は、楽しそうに笑う妖精が少年の心臓の中に向かって飛び込もうとしているのを見た。




第一話「例え世界が私に、空言の花束を渡したとしても」




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あきゅろす。
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