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本気で叫ぶ5秒前!
にのいち


はっちんと別れてから向かったのは、先ほどの約束の場所。
薄暗くてちょっと埃っぽい。
ここは誰も知らない、あの菊ちゃんさえも知らない、私と先生の秘密の場所。


「滋ちゃーん、佐久間入りまーす!」

「おう、そこ座っとけ」


顎で指された比較的新品なパイプ椅子に深く腰かけて、漂う珈琲の匂いに目を細めた。


「センセ、今日はブラックで」

「ダメだ。オマエまた寝れてないだろう。濃いカフェイン取るんじゃねぇ。今日のはミルクたっぷりだ」

「うぇえ」


何だ。
やっぱりこの人にはバレてたか。

先生と付き合ってるワケじゃないけれど、何の気なしにこうやって一緒にいる。
ていうか、教師と生徒とか法律的に有り得ないしね。
そういうのを考えないでみると、もしかしたら私の中で唯一安心出来る場所かもしれない。
それが滋ちゃん。

菊ちゃんに教えたりしないのは、先生だけは私から奪って欲しくないからだ。
いくら菊ちゃんでも、これだけは譲れない。
散々彼女が欲しがるモノを涙も流さずあげてきたのだ。
これくらい許してほしい。
この場にいない彼女に言っても、意味がないけれど。

「何で気づくかなぁ」

「俺の授業だけ寝るってことは睡眠不足だってことだろ?妙に俺に安心感抱いてるからな、オマエ」


言われてみればそうかもしれない。
滋ちゃんの授業だけ、寝てたかも。
うわー、盲点だ。
これ絶対他の人にバレちゃうよ。
滋ちゃんがある意味特別だってこと。


「華、嫌なことあったか?」


ああ、本当に貴方は鋭いね。
そしてまた私の似合わない名前を呼んでるね。
まあ、呼んでるのは滋ちゃんと菊ちゃんとあと1人だけだけど。
彼は何もかも知っている。
だから私は恐れなくていい。


「兄さんに、ああ、一番上ね?」

「課長になったって言うお偉いさんか」


そうそう。そうだよ。
滋ちゃんって律儀にちゃんと覚えてるよね。


「雅兄さんが、ね。『出来損ない。またお前はフラフラして、いつ帰ってくる気だ』って。何で?だって私いらないんでしょう??今更そんなこと言われても困るよ」

「・・・・・・そうか」

「それにね、先生のことも酷いこと言うの。生徒をたぶらかして恥ずかしくないのかって!わた、私がお世話になってるだけなのに!!!」

「・・・・華」

「兄さんなんか嫌い!ヤダぁっ何で私から取っていくのぉ。せんせーまで持ってかないでよお」


喋る度に目尻からポロポロと雫が落ちる。
しょっぱくて冷たい涙は、最近流れるようになった。
主に滋ちゃんの前だけだけど。
それでも、大分進歩したと思う。
私にしては。


「わ、私めーわく?また誰かに迷惑かけた?だから兄さんも怒るの?かえ、帰りたくないよぉ」


もう二度と、あんな冷たい家に帰りたくない。
私の存在が無いものにされる場所になんて、嫌だ。


「・・・・華、落ち着け。雅さん達にもう一度言っておくから」

「で、も。それじゃ滋ちゃんにめーわくが」

「いいから、」


勢いよく顔にぶつかるごわごわした布の何かで乱雑に涙を拭かれる。
その乱暴さに滋ちゃんの優しさが見えて、思わず笑ってしまった。


「私、まだ釘屋に居られるよね。流石に卒業するまで下宿出来るよね。櫻さん達も、悲しんでくれるかな」

「チッ・・・・さあな」

「え。何その反応」

「櫻の名前出してんじゃねぇよ」


え、えええ。
なんか横暴。

丁度いいタイミングで現れた湯気の立ついい香りの珈琲を押し付けられ、猫舌な私は冷ましながら口をつける。
だから滋ちゃんは好きだ。
この人は、私を理解してるから。


「じゃあ教室戻るね。菊ちゃん待ってると思うし」

「馬鹿。寝とけ。オマエが倒れたら困る。保健室に行ったって伝えておくから、ゆっくり休んでろ」


じわりと、喉に伝わる熱と共に胸まで温かくなった気がした。
こんな場所で生まれたかった。
後悔も、恨んでいるわけでもない。
けれども時々、哀しくなる。


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あきゅろす。
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