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夕日に見た
夕日に見た

ふと立ち寄った雑貨屋さんで見た、パステルカラーのヘアピンが忘れられない。
何故かそれが目に焼き付いた、ある12月の日のことだった。



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放課後になったことを知らせるチャイムが鳴り、教室から大勢の人が居なくなる。
12月にもなると日が落ちる速度が早くなるから、その瞬間がまた哀愁を漂わせているようで、これが風流なのかな、なんて女子高生らしからぬ事を思い浮かべた。

「ヒナさん?面談始まっちゃうぞ〜」

友人に肩を揺さぶられ、現実に戻ると同時に自分が思った以上に黄昏れていた事に気づかされた。
時刻はもう15時過ぎ。
HRが終わった時間から大分経ったようだ。
机の上に散らばっていたペンケースの中身を片付けて、鞄の紐を肩にかけ、友人に急かされながら教室の扉を開けた。
友人がいつも以上に急かすのは、面談があるからということと、大方彼氏とデートの約束をしているからだろう。
のんびり歩きながら靴箱へ向かっていると、「今日は一段とぼーっとしてるね」なんて言葉を貰った。
友人の心配そうな、だけど何処か少し棘のある言葉が耳を通り過ぎる。
言われる前からそれは自覚してる。
自分がいつも以上にぼーっとしている理由は、一応だけれど分かっているつもりだ。

どうやら私は、恋をしてしまったようだ。
恋だなんて言い方は間違っているのかもしれない、それでもこの衝動は友人から聞いた恋というものにとてもよく似ていた。
『その人の事が頭から離れなくて、四六時中その人の事を考えて、いてもたってもいられなくなるの!』
まさにその通りなようで、先週立ち寄ったお気に入りの雑貨屋さんにあった、パステルカラーのヘアピンのことが忘れられない。
もう何年も前から建っている優しげな雰囲気の雑貨屋さんは、今も変わらずに女の子たちに人気だ。
あの店でしか取り扱っていない雑貨は本当にセンスが良くて、店の雰囲気もそれに合わせて、雑貨達を際立たせている。
イベントがある月は内装がガラリと変わるところも、人気のひとつなのかもしれない。
そんなお店で衝撃的な、運命の出会いを果たした。
正直なところ、買ってしまえばこんなに悩むことは無かったということくらい、予測はついている。
でも私はそれを買うことをしなかった。
何故かそれを、衝動買いしてはいけないと思ってしまったからだ。
人気のある店に魅力的な品物が放置されているのだ、誰かが購入していても可笑しくない。
だけどもう一度あの店に訪れて、それを自分へのクリスマスプレゼントにすると決めていた。



「ヒナさん、よいお年を!年始は一緒に初詣に行こうね」

「アズちゃんも、彼氏くんと仲良く」

改札口の近くでさよならをして、すぐ左手へ向きを変えて真っ直ぐ進む。
辺りはキラキラと宝石が散りばめられたかのようにライトアップされて、紫色に染まり出した空が世界を変えた。
吐く息は白い。
私は一人、着用している赤い手袋をぎゅっと握って、右手の腕時計で時刻を確認する。
今の時間は17時ちょっと前。
まだあの店は閉まらないはずだ。
徐々に増えていくカップルや家族達に呑み込まれないように、競歩をしつつ、いつものお店へと足を動かした。


駅から少し離れた商店街の通りに、大好きな雑貨屋さんは建っている。
ドアを押すとカラン、と鈴の音が鳴った。
先週と同じようにこのお店もクリスマス仕様になっているみたいだ。
とても綺麗で、溜息が零れる。

「いらっしゃい…おや、ヒナちゃんか」

「こんばんは。閉店間際なのにごめんなさい」

ぺこりと会釈して暖かい店内に潜り込む。
何年も通い詰めているせいか、ここの店主さんとは小学生の頃から仲が良い。
商店街から家が近いので、お母さんもこの場所をよく知っている。

「気にしないでおくれ。いつもありがとう。この間のヘアピンを買いに来たのかな?」

ここの店長は気さくでお洒落なおじいさんだ。
恥ずかしい話、何年も私を見ているだけあって、行動は把握されているらしい。
おじいさんの言葉に頷いて、おじいさんと一緒に髪留めが置いてあるコーナーへと足を向けた。

「ちょっと贔屓だけど、常連さんだからヒナちゃんの為にとっておいたんだ。僕からもクリスマスプレゼントだよ」

「わぁ…ありがとう、ございます」

「この事は内緒ね。メリークリスマス」

ウィンクして、近くの棚から包装された物を出して私の手の上に優しく置かれた。
手の中に私の恋した相手、十字架やお花の装飾が細かく施された、パステルカラーのヘアピンがいる。
ほわほわと温かい気持ちの中、財布を取り出してレジに向かった。
とっておいてくれたおじいさんに感謝だ。
来年もここに来よう。

「実はね、このヘアピンは僕の孫が作った子なんだ」

「へ…そうなんですか?」

この店は、おじいさんとおじいさんの家族が経営している。
店のほとんどがおじいさんの作った物だけれど、最近では内装やアイデアも身内の方が手伝っているらしい。
お孫さんの作ったヘアピンか…大事にしよう。
こんなに可愛い子だもん。
それにしてもお孫さん、センスいいな。

「お孫さん、今日はこちらに居るんですか?」

「居たんだけどなぁ…うぅーん、ゴミを出しに行ってから帰って来ないね。何処まで行ってるんだか」

呆れたような声色。
もうすぐ閉店だから良いけどね、と苦笑したおじいさん。
仕方が無いと思っているのだろう。
早く帰ってくるといいですねと言って鞄の中へ財布と、買ったばかりのヘアピンを閉まってドアまで歩いた。

来た時と同じようにカラン、という音と共にドアが閉まる。
はー、っと息を吐いて空を見上げた。
お店の中に居た時間は一時間も満たなかったのに、もう外は深い藍色に染まっている。
時間が流れるのって早いな、なんて考えながら家路へ身体を向けた。


私がパステルカラーのヘアピンに恋をしたのは、単純に言うと、運命を感じてしまったからだ。

「うあああああああ!!!ちくしょうっっ、ふざけんな!俺は、俺はっっ」

「?!」

「お前のお飾りじゃねぇんだよ!!!」

角を曲がろうとした途端、お店の近くから男性の叫び声が聞こえて来た。
何処か悲痛で泣きそうな、怒りに滲んだその声。
何故か興味を引かれ、Uターンをしてあの店へと走る。
鞄の中のヘアピンに出会った時のように、どうしてか私は、運命を感じてしまったようだ。

「…あの、」

お店の近くで蹲って、涙目でしゃがんでいた男性に声を掛ける。
コートのポケットに入っていたハンカチを取り出して、目の前の人に差し出した。

「貴方のお名前、教えていただけませんか?」

どうやら私は、あのヘアピン同様、この男性に恋をしてしまったらしい。
きょとんとする顔に一目惚れをした、クリスマスイブのことだった。

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あきゅろす。
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