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モテるあいつをどうにかしてくれ
4-1

本番を間近に控えているにも関わらず、宮園名智の手は震えたままだった。

生徒会長という身分ではあったが、人前に出ることは苦手としていた。生徒会長となったのも、自ら申し出てのものではなかった。前生徒会長が指名してきたため、拒否することができなかったのだ。自分を生徒会長などという大役に指名した、前生徒会長のことは未だに恨んでいる。

それでも今回、クラスの演劇に出ることを決めたのは、黒金が役者に立候補したからだ。ただの役者であればいいのだが、演目がロミオとジュリエットで、しかも黒金はジュリエット役に志願していた。多くの者が反対していたが、そのときに髪の毛――黒い髪はかつらだった――を外し、眼鏡を取って、本来の容姿を見せた。その顔は、反対する意思を失わせるほどに美しいものだった。

曰く、文化祭で本来の姿を見せ、学園に認めてもらうということだった。理事長の指示で変装していたらしいが、本来の姿を見せることはまだ伏せているそうだ。

本来の姿を見せる。その黒金の決意に、宮園の心はざわついた。

宮園は、黒金が変装をしていることは知らなかった。黒金の持つ真っ直ぐな心に憧れを抱いていたのだ。何もかもを恐れてばかりの自分と異なり、黒金は何ものも恐れてはいなかった。生徒会長であるはずの自分に食ってかかったし、生徒会役員の誰に対しても変わらない態度を取り続けていた。

自分にはできないことだった。だから憧れた。

そんな黒金に近づこうと演劇に出ることにした。黒金を好きだと、そう思っていたから、共にいたいと思った。

だが、黒金の決意を聞いて、心が揺らいだ。

自分が憧れていたのは、何ものも恐れず、強い心を持った黒金だ。綺麗な容姿で周囲に愛されることだけを考える黒金ではない。

自分は本当に黒金に憧れていたのだろうか。

自分は本当に黒金が好きなのだろうか。

そんな思いが頭をもたげたが、無視をした。

演劇の練習に打ち込み、ひたすら、黒金の相手役として相応しくあるように練習した。対して黒金はクラスメイト達の中心にいるようになり、宮園と行動することが減っていった。演劇の練習時以外ではその容姿を晒すことはなかったが、クラスメイト達は知っている。彼らは手の平を返すようにそれまでの黒金への態度を改めた。黒金はそれを当たり前のように受け入れていた。

それが当然のことであるかのように。

容姿一つで周囲の心を変えることに、自分は憧れていたのだろうか。


「会――いや、名智、大丈夫?」


顔を上げると、美しく化粧を施された黒金が宮園の顔を覗き込んでいた。

ここ数日は宮園を映すことのなかった瞳が、宮園を映していた。黒金も緊張しているのか、目にはまだ黒いカラーコンタクトが着けられている。心配そうに寄せられた眉根は、宮園が初めて見る表情だった。


「緊張している?」

「あ、ああ」


練習していないときに話しかけられたのは酷く久しぶりだったため、どう返せばいいか分からない。思わず、目を伏せてしまう。


「良いこと教えてあげる」

「何?」


もう一度黒金に視線を戻した。黒金は舞台を指す。


「観客なんてじゃがいもかかぼちゃだと思えなんていうけど、畑のじゃがいももかぼちゃも見たことないよね、たぶん。だから、あなたはおれだけを見ていればいい。ロミオはおれ――ジュリエットだけを見ていればいいんだよ。そうしたら、緊張なんてしない」


どきり。

いつもとは少し違う口調に違和感を抱きながらも、黒金の言葉に、心臓は、緊張からくるそれとは異なる音を立てた。

口の両端を僅かばかりに釣り上げただけの笑顔は、黒金のいつものそれとは全く違っていて、それでいて美しかった。


「お前――」

「ほら、開演だ。始まるよ」


奇妙な違和感を解消する手立ては、開演のブザーによって掻き消されてしまった。





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あきゅろす。
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