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モテるあいつをどうにかしてくれ
2-1

会計さんは、考えていることが笑顔に出やすい。何か嫌なことでもあった可能性が高い。


「何かあったんですか?」

「ああ、うん。まあ、ちょっとね。かいちょーは、本当は生徒会の仕事をしなきゃいけないんだけどさ…ね?」


母やその他の生徒の手前、はっきりとしたことが言えないらしい。察してくれとばかりにおれを見据える。

会長さんは、本来なら生徒会役員としての務めを果たすためにクラスの行事には不参加でなければならない。会計さんの様子を見ると恐らく、本職を投げ出して、クラスの行事を優先してしまったのだろう。確か、A組の演目はロミオとジュリエットだった。配役は黒金くんがジュリエットで会長さんがロミオだったはずだ。この配役を知ったときは、周囲の後押しがあって止む無くロミオ役をしなくてはならない状況となってしまったのだろうと思ったものだ。そうでなければ、いくら最近仕事をしていなかったとはいえ、堂々と生徒会の仕事を投げ出すような真似ができるはずがないと考えたからだ。

実際は、会長さんが自らロミオ役を買って出たようだけれど。

会計さんの顔がそれを物語っている。


「公演は何時からかしら? 少し気になるわ」

「それなら、オレが案内しますよー」

「ありがとう」


会計さんが案内役を買って出てくれた。

この母と一緒に並ぶと、人の視線が気になってしまうので、できることなら、おれは一緒には歩きたくない。しかも今は会計さんという生徒会役員もいるのだ。ますます一緒に歩きたくない。けれど、この流れでおれが行かない訳にはいかないだろう。元々、演劇自体に興味もあったので、後で観に行く予定ではいたのだ。そして2人とも、会計を済ませた後、教室から出ずにおれが行くのを待っている。


「輝、大丈夫か? ついて行こうか?」


気が進まないでいるのを見てとったらしく、東堂が有り難い申し出をしてくれた。友人が一人でもいれば、気分は多少ましになる。しかし、残念ながら東堂はメイドさんとしての仕事を果たさなければならない。私情で人手を減らして、蘭ちゃんの仕事を増やすような真似はしたくなかった。


「ありがとう。でも、大丈夫だよ。あの2人から距離を取って歩くから」


2人には先を歩いてもらおう。おれはそれを見失わない程度に離れて後をついて行く。そうすることで、他の人達の視線を集めないようにしよう。

おれもまた会計を済ませてしまう。蘭ちゃんが心配そうな表情で見送ってくれた。おれを案じてくれている。その事実だけで、おれは十分だ。

踵を返して教室から立ち去る。

いや、立ち去ろうとした。

だが、呼び止められてしまった。


「待って!」


振り返ると、蘭ちゃんがこちらに向かって駆けて来た。まだ歩き出して間もなかったため、蘭ちゃんはすぐに追いついた。おれの隣に立ち、真っ直ぐに会計さんを見据えた。


「ぼくも一緒に行ってもいいですか?」

「いいよ? じゃあ行こうか」


会計さんは首肯すると、再び体育館に向かって歩き始めた。母はその隣を歩き、蘭ちゃんはその後ろを歩き始める。


「蘭ちゃん、喫茶の方はいいの?」

「東堂もいるし、大丈夫。それより、あんたの方が心配だよ」

「どういうこと?」


蘭ちゃんに仕事を放り出させてしまうほど、心配をかけることがあっただろうか。

普段の生活では、蘭ちゃんに食事の一切を任せ切りにしてしまい、そのせいで蘭ちゃんが生徒会の仕事でかかりきりになってしまっていたときはカップ麺で済ませてしまっていた。そのため、食生活を心配され、せめておにぎりとサラダを買って食べてくれと頼まれてしまったことはあった。それ以外では、食器洗いや食器の片付け、掃除洗濯などは、蘭ちゃん監修の下学んでいったので、問題なく一人でもこなせるようになっている。

私生活以外の場面で、蘭ちゃんに心配されること自体が意外だった。


「あんた、あんまり目立ちたくないんでしょ? でもあの綺麗なお母さんと会計様と一緒だと、嫌でも目立っちゃう。それが嫌なんでしょ?」

「どうして分かったの」


おれは、母と同じように、考えていることが表情に出にくいと言われている。そのせいで、中学時代には周囲の人達にからかわれていた。それを何とかしたくて、演劇部の門扉を叩いたのだ。演技をしているときだけは表情に出すことができるようにはなったのだが、日常の場面では相変わらず、無表情と呼ばれる顔しかできないでいた。

どうして、おれの考えていることが分かったのだろう。

蘭ちゃんの答えは簡潔なものだった。


「あんたの考えてることなんて、見てれば分かるよ」


照れもなく、言ってくれた。

こんなにも、察してくれる友人の存在が有り難いとは、今まで知らなかった。





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