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モテるあいつをどうにかしてくれ
5-3

目まで笑んでいるその顔は、それまでの繕っただけの笑顔と違い、鳥肌は立たなかった。

いつもこういう笑顔を浮かべていればいいのに。


「ん? そんなに見詰めて、どうしたの? オレに惚れちゃった?」

「それはないですね」


笑顔については何も言わないでおく。

彼は副会長ではなく会計という役職だが、そういう笑顔を浮かべているといいですよ、なんて言ってしまえば、王道物語の台詞のようになってしまう。彼がそれだけでおれに惚れるとは思えないが、不安ではある。それなら最初から言わないでおくが吉というものだ。


「ふふっ、輝ちゃんて面白いなー。あのね、正直に言っちゃうと、前ほど真弥ちゃんに興味はないんだよねー」


東堂のような台詞を吐いた後、会計さんはあっさりと認めた。

やはり、予想は当たっていたようだ。


「じゃあ、何でここに黒金を呼んだんだ」


会計さんに訊ねるみっちゃんの顔は険しかった。

敬語もなく、苛立ちが露わとなっている。


「呼んだっていうか、ついて来ちゃったってところかなー。それに、真弥ちゃんって、皆に愛されてる自分が大好きでしょー。こうやってちゃーんと皆の中にいれてあげれば面倒じゃないかなーって」


確かに、会計さんの言うことは正しいだろう。

会計さんが黒金くんを受け入れてくれたてくれたおかげで、有り難い状況になったことが2点ある。

彼が仲良くしたいと考えているであろう書記役と庶務役が会計さんの別荘に行ったと知ったとき、自分は行けなかったと覚った黒金くんが、どう思うかというのは火を見るより明らかだ。そして、そんな中に一般生徒であるはずのおれや蘭ちゃんが行ったことが知られてしまえば、どうなるか。黒金くんからの嫉妬は元より、他の生徒達からの嫉妬も集めることになる。

黒金くん自身がここへ来てくれたことで、その心配はなくなった。そして、別荘に行ったメンバーの中に、元から嫉妬されている黒金くんが入ることにより、おれ達に集まる注目は軽減される。この2点だ。

黒金くんが来てくれたことは、そういう意味で有り難かった。


「今はさー、輝ちゃんに興味があるんだー」


軽く、肩を押された。

とても軽い衝撃だった。

身体が、後ろのベッドに沈み込む。その上に会計さんが覆い被さる。その奥のベッドに腰掛けていたみっちゃんが立ち上がるのが分かった。


「裕太!」


名前を叫ぶみっちゃんを無視し、会計さんは囁いて来る。


「ねえ、君はどうしてこの別荘に来たの?」

「蘭ちゃんが来ることになってしまったからです。蘭ちゃんのことが心配ですから」

「嘘だね。瀬戸口くんと一緒に、不良クラスの長道も来ることになった。東堂とか言う奴だって、来ることになった。輝ちゃん、自分がいなくても問題ない、とか思ったんじゃない?」


確かに、それは思わないでもなかった。

長道くん一人では心配だっただろう。しかし、東堂がいる。東堂は、おれが行くと返答してから、ついて行くことを決めた。おれが行かないと言ったとしても、頼めば蘭ちゃんと長道くん、そして東堂の3人でここまで来てくれたはずだ。

生徒会のファンからの注目を浴びたくない。そのために、可能な限り生徒会との接触を避けていた。だからこそ、おれはここに来るべきではなかったのだ。

けれど、おれは来てしまった。

たった一つだけ、おれ自身が行きたいと思う理由ができてしまったからだ。


「ねえ、君はどうしてここに来たの?」


じっとこちらを見詰める目から逃げるように、瞬きを一つする。


「おい、裕太、いい加減にしろ!」


みっちゃんが会計さんの肩を抑えた。

会計さんにおれを襲うつもりがないことは分かったため、なされるがままにしていたが、そろそろ限界のようだ。

会計さんの身体を少し浮かせ、自分の身体を捻る。会計さんと身体の位置を変え、今度はおれが覆い被さる状態にした。おれの動きが予想外だったためか、会計さんは目を丸くしている。ちらりとみっちゃんの方を見ると、同じような顔をしていた。

会計さんの方へ視線を戻し、首を傾げる。


「会計さんは、おれをここに呼びたくて呼んだのに、どうしてそんなことを訊くんですか?」


おれだけが呼ばれたのではない。おれを確実にここへ呼ぶために、わざわざ、書記役と庶務役にまで声をかけているのだ。

この別荘行きに何か理由があるなら、おれがどうしてもここに来たかった理由ではなく、おれをどうしてもここに呼びたかった理由なのではないだろうか。

それでも、蘭ちゃん以外にここへ来た理由があると思い至った点では、会計さんの洞察力を認めるしかない。


「教えてあげます。確かに蘭ちゃん以外に、理由はあります」


本当はそれを踏まえても、おれはここへ来るべきではなかった。それでも、来てしまった。


「会いたい人がここに来ることになったからです」


だから、おれはここに来た。

来たところで、何がどうなるという訳ではなかった。そのことも分かっていた。

それでも来てしまったのだ。


「へーえ? それって誰なの?」


おれの下敷きになりながら、抵抗することなく、口角だけを釣り上げる。心底面白い、とでも言いたげな表情だ。


「少なくとも、それは貴方ではありませんよ」


冗談混じりに答えておいた。

誰に会いに来たかなんて、言うつもりはない。

勿論、本人にも、だ。






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