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モテるあいつをどうにかしてくれ
4-6

鬘と眼鏡を外した黒金くんはこんな姿をしていたのか。お決まりと言えばお決まりの姿だ。変装の下に隠れる素顔はこうでなけばお話にならない。


「えっと、お前、見たことないけど、ここの使用人…で、いいんだよな?」


今日一日、直接会話をしていないとはいえ、一緒の空間にいることが多かった人間を、こうまで意識しないでいられるものなのだろうか。黒金くんの無頓着さ故なのか、あるいはおれの存在感の薄さ故なのか分からないところだけれど。

確かなのは、今日で、黒金くんに意識されまいと努めていたことが水の泡となることだ。


「いや、今日、一緒に別荘に来た鈴木だよ」

「鈴木? 誰だ?」


おれだって。

そのまま使用人のふりをしても良かったのだけれど、明日も顔を合わせることになることを考えると、素直に白状してしまった方が良さそうだと判断した。彼の場合、下手に隠し立てしてしまえば、嘘吐き扱いされかねない。

彼は身体を洗いながらも、話しかけてくる。


「まあ、そうか。お前は鈴木っていうんだな。――あ! オレは、そのー…ここの使用人のもんだ!」

「いや、それは無理があるよ、黒金くん」

「何で分かったんだ!?」


シャワーを浴びながら、勢い良くこちらに向く。一緒にシャワーのノズルまでこちらを向いた。思い切りお湯がかかる。


「うわっ」

「あ! 悪い!!」


慌ててノズルを捻る黒金くん。

すぐにちゃんと謝ってくれる。案外悪い子ではないのかもしれない。それでも傍迷惑な子であるのは間違いない。


「何でおれが黒金だって分かったんだ?」


言ってしまっても良いんだろうか。

誤魔化した方が良いんだろうか。

素直に言ってしまえばそれはそれで面倒なことになりそうだ。誤魔化してしまおう。


「勘?」

「勘かよー!」


黒金くんはがっくりと肩を落とす。


「ああもう。皆風呂から上がった後だって言うから、オレもこっちの方に来たって言うのにー! 何なんだよお前! 誰なんだよ!」

「だから鈴木だって」

「鈴木って誰だよ!」

「だからおれだって」


今いち会話ができない。想像はついていたけど、黒金くん、人の話を聞かないタイプだな。

しかしこの際だ。気になっていたことを聞いてしまおう。


「黒金くんて、どうして変装なんかしていたの? 君ほどの容姿なら、隠さない方があの学園で過ごし易いんじゃない?」

「さあー。オレも分かんねー。じいちゃんがそうしろってさー」


身体を洗い終わり、湯船に浸かりながら黒金くんが話す。自分の前髪をいじりながら、口をすぼめて拗ねていた。

やはり、大体は予想した通りだった。王道物語の筋をなぞっている。

黒金くんは自信の前髪をつまみながら話を続けた。


「オレもさー、めんどくさいから、あんな格好止めたいんだけどなー。あんな格好の奴、誰も好きにはなってくれないだろー?」


自覚があったのか。あの格好が決して好ましいものではないということに。


「最初はさー、何でこんなオレが皆に好かれないんだろーとか、思ってたんだけどさー。やっぱりあの格好のせいだと思うんだよなー。なあ、お前もそう思うだろ?」


あの格好のせいで、学園の多くの人間に邪険に扱われてしまっているという点には同意する。しかしそれが全てではないはずだ。初めこそ、あの容姿を敬遠していた人もいるだろうが、彼の編入から、もう3ヶ月は経っている。周囲の人間も、ある程度は彼の人となりを見ているはずだ。それでももし、まだ嫌われているというのなら、彼の外見だけがその原因であるとは言えないだろう。彼の言い方からすると、黒金くんはまだ自分の容姿のせいで嫌われていると感じているようだ。

彼の言葉の端々に、『愛されて当然の自分』というものを節々に感じるのは何故だろう。


「ちゃんとこの格好で話せたらさー、きっと立秋も初春も、オレと仲良くしてくれると思うんだよなー。雅も最近、付き合い悪いしさー」


黒金くんは自分の容姿の美しさを自覚している。そして、その容姿に魅了される人がいることを知っている。そしてまた、そうであることが当然であると信じている。

書記役と庶務役は、黒金くんに対して、当たりが良くないのだろう。ここで会計さんの名前が出て来ないのは、黒金くんに好意的な態度を取っているためだと考えられる。本当に好意を抱いているのかは定かでないけれど。

黒金くんは、そうとは思っていないだろうけれど、総受け状態になることを望んでいる。

おれに下された命令は、王道総受けを阻止しろというものだ。

もしも、黒金くんが総受けを望んでいないならば、協力して総受け阻止を目指すという手もあったけれど、本人が総受け状態――あるいは総愛され状態――を望んでいるとなれば、話は変わって来る。黒金くんと本格的に対立することも視野に入れなければならない。

おれという存在を知られてしまった以上、静かに、より慎重に動かなければならない。


「じゃあ、おれは先に上がるね」

「おう! またなー!」


黒金くんの笑顔は底抜けに明るい。

そんな彼の周りから人を引きはがそうとするのは、少しばかり心が痛んだ。






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あきゅろす。
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