モテるあいつをどうにかしてくれ 2-4 渡部三也は混乱していた。まだ、整理がついていなかった。 花ヶ崎が、黒金ではない一般生徒に接触したという知らせを聞き、真っ先に行動を起こしたのは自分だった。生徒の容貌を聞くと、体育祭の時に自分達に煮え湯を飲ませた一人の生徒を彷彿させたが、そのようなことに構っていられる事態ではなかった。例え、同じ生徒であったとしても、接触禁止令を発令していた横山に知られようと、自らの手で、確認しなければならないことだった。 件の鈴木輝、という名の生徒を呼び出せば、目の前にきたのは、案の定、あのときの生徒と同じ人物だった。 何とも掴めない男だった。 花ヶ崎という男は、気紛れに一般生徒にちょっかいをかける。親衛隊という存在が出来てからは、親衛隊内の生徒とのみ関わりを持つようになっていたが、それまでは誰かれ構わず、思わせぶりな態度を取り、多くの人間に――この人は自分に気があるという――誤解をさせてきた。本人にその意思はないのに、周囲はどんどん誤解をしていく。その様子を見兼ねて動き出したのが、当時からの友人である渡部であった。気付いたら親衛隊という形で彼らはまとまり、その上に自分が立つようになっていた。そのため、花ヶ崎が関わることによって誤解していく生徒達を多く見て来た。恋愛下手の花ヶ崎の代わりに、その相手を見極めるのは自分の役割であると弁えている。 鈴木輝という人間は、今までの人間とは決定的に違う人間だった。 誤解などしていなかった。それどころが、可能ならば関わりたくないという雰囲気すら漂わせていた。 そのときから、渡部の混乱は続いている。 花ヶ崎が、書記役の親衛隊長である瀬戸口と、例の鈴木輝を夏休みの別荘に誘ったという話が耳に入った直後、今度は輝が渡部を別荘に誘いに来た。意味が分からなかった。普通、花ヶ崎など生徒会役員と関わりを持つような人物は、親衛隊と距離を取りたがるものである。黒金がその最たる例だった。親衛隊達からの嫉妬の対象となっている黒金は、親衛隊やその他の生徒から嫌がらせを受けている。渡部もまた、体育祭の一件以降、彼らを抑えるために尽力していたが、それでも動いてしまう者がいる。抑え切れない者達から受ける嫌がらせから、黒金は親衛隊を避けていた。 だが、輝は、現在誰よりも輝を憎く思っているはずの渡部を、自ら誘ったのだ。 渡部には理解できなかった。 了承の意を示してしまった。それから、花ヶ崎とは話す間もなく、日が過ぎ、夏休みとなってしまった。花ヶ崎から、『三也も来るの?』というメッセージがきたきりで、会話らしい会話はしなかった。 やっと顔を合わせることができたのは、別荘へ行くバスが来てからだった。 全員がバスに乗り込んだのを確認し、小声で花ヶ崎に話しかける。 「裕太、俺は、本当に来てしまって良かったのか?」 渡部は親衛隊長という枠に収まってはいたが、友人としての距離を変えたことはなかった。お互いにそのことは了承しているため、2人しかいないときに限って、裕太と呼び捨てにして名前を呼んでいる。 「いいよー、一人増えたところで、変わらないしー」 「そうじゃなくて、いや、そうなんだが…。そもそも、何でお前、瀬戸口を誘ったんだよ」 「蘭ちゃんて子を誘えば、輝ちゃんが来てくれるって分かったからかなー」 「いや、何でお前、鈴木に鞍替えしてんだ? ついこの間まで、黒金を追っていただろ」 渡部には、花ヶ崎がどういう意図で黒金を追っていたのかは分からない。確かなのは、黒金に好意を寄せているかのように花ヶ崎が見せていることにより、その嫉妬のしわ寄せが自分に来ているということだけだった。 「だってー面白いでしょ? 輝ちゃん。お前を誘ったのだってことも、面白いよねー」 「何で俺が誘われたのか、理由を知っているのか?」 渡部には理解できなかった。混乱はまだ続く。 「簡単な話でしょー。今まで、真弥ちゃんを追ってたオレが、今度は自分を追うようになる。となると、親衛隊の嫉妬の対象が真弥ちゃんから自分になる。そう考えたから、嫉妬しそうな最たる相手であるお前を誘った、でしょ?」 やっと納得がいった。 今まで、花ヶ崎の行動によって皺寄せを食らい、イライラすることはあれど、花ヶ崎の言い寄る対象に嫉妬したことがなかったため、その発想が浮かばなかったのだ。つまり、親衛隊の代表である渡部を引きこむことにより、嫉妬の対象を分散させたのだ。利用された、とも言える。 利用されたようなものなのに、嫌な気分にはならなかった。むしろ、上手いこと考えたな、という気持ちだった。 そのためか、みっちゃんという馴れ馴れしい愛称と共に差し出された手を、そのまま握ってしまった。 こんな面白い奴と仲良くなってみるのも、悪くはないと、そう思えた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |