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モテるあいつをどうにかしてくれ
3-1

いつものように蘭ちゃんに弁当を作ってもらい、いつものように蘭ちゃんとおまけの長道くんと東堂と登校し、いつものように自分の席に着いた。そこまでは、いつも通りだった。いつも通りではなかったのは、席について教科書の準備を終えてからのことだった。


「なあ、おい、教室はこっちじゃないぞ! 何処に行くんだよ!?」

「んー? 面白いとこー」


昨日聞いたばかりの声が教室の外から聞こえてくる。彼の言う通り、ここは彼らの教室ではない。D組の教室だ。普通教室棟の端と端にあるような配置になっているので、よほどの方向音痴でない限り間違えることはないだろう。そして、彼が方向音痴だという話は寡聞にして知らなかった。


「こんちはー。ここに鈴木輝っていう子、いるよねー?」


B組生徒であるはずの彼こと会計役花ヶ崎裕太は、確実に目的を持って、おれの教室のドアを開けた。

ぴたり、と周囲の喧騒が止んだ。全員がおれの方を見る。おれは敢えて会計役の方を見ず、予め用意していた、1限目の授業の教科書に目を落としていた。教科書の内容は頭に入らない。彼らのやり取りに注意を向けている。


「君が鈴木輝?」


会計役はおれの目の前に周り込み、腰を落としておれを見上げる。おれもまた会計役を見た。甘い印象のある垂れ目と目が合う。

古い言い方かもしれなが、『甘いマスク』というのは彼のためにあるのではないだろうか。漂う色香にやられてか、親衛隊の者を中心に多くの者が彼に食われているとかいないとか。しかもその守備範囲は広く、蘭ちゃんのような小柄な子から、先日相対した会計役の親衛隊長のようにある程度の身長がある人間までらしい。つまり、会計役の親衛隊長と同じくらいの身長かあるおれも、身長からいえば、おれ自身も守備範囲の中に入ってしまうということだ。

昨日は、副会長さんが教室まで来てしまうのではないかと考えていたが、実際に来たのは会計役だった。何をどうやっておれのことを突き止めたのかは分からない。何故だろう。おれの名を残すものは何も残していなかったはずだ。

焦る気持ちはあるが、それを隠し、じっと会計役を見据えた。


「はい、そうですけど、何か?」

「何って、分かってるんでしょ?」


口を耳元に寄せ、囁くように言う。


「昨日、盗み聞きしてたよね? おれと真弥ちゃんのやり取り」


他者には決して聞こえない音量だ。何を話しているか、誤解を生みそうな距離感である。

あれは、黒金くんの正体がバレるイベントだったはずだ。あの下手くそな変装を暴くことにより、会計役が尚のこと黒金くんに入れ込むという筋書きが見えていた。王道総受け鉄板の萌え展開だったはずだ。それを途中で止めてしまったおれに恨みでも持ったのだろうか。

顔を引き、会計役の表情を確かめると、何かを面白がるかのような顔をしていた。目線は、黒金くんの方へ流れている。

黒金くんは、というと、顔を真っ赤にし、唇をかみしめていた。


「じゃっ、輝ちゃん、そういうことで、また後でねー?」

「はあ?」

「――っ! 裕太のバカ!」


オレのことは遊びだったのかよとでもいう台詞が後につきそうな勢いで叫び、そのまま教室から走り去ってしまった。くつくつと、大声で笑い出したいのを精一杯堪えているかのような声が頭上から漏れてくる。見ると、会計役が、右手で口を、左手で腹を抑えて笑っていた。






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