きみとカレイドスコープ



●○●



レミリアが不在中の紅魔館では、とある部屋で咲夜とフランドールが二人でいる姿が見えた。
咲夜はフランドールが寂しそうにしていることは知っているので、少しでもその気持ちが晴れないかとこうしてよく二人で過ごしていた。

「咲夜、いつもいつもありがとう」

フランドールは咲夜が自分の気持ちを察して傍にいてくれることを知っていた。
咲夜には感謝の気持ちでいっぱいだ。
姉の代わりにでも誰かがいてくれるなら、誰もいない部屋よりは寂しくない。

「・・・すみません。私がいながらお力になれなくて」
「咲夜は悪くないわ。悪いのはお姉様よ」
「・・・妹様、お嬢様は―」
「ねえ咲夜。その妹様って言うのやめにして、フランって呼んで?」
「え・・・あ、はい。フランお嬢様」
「よろしい!」

咲夜には分からなかった。
自分の主人は、どうしてこんなにも可愛らしい妹を平気で家に放って出かけられるのだろうか。
気に入った人物に会いに行くだけ行って、妹のことは放っておく。
妹には行き先すら告げない。
これじゃあまりにもフランドールが可哀想だと、咲夜は愛称を呼ぶことを許された中で思っていた。

「フランお嬢様・・・レミリアお嬢様は」

レミリアに口止めされていたが咲夜は行き先を告げようと思った。
いつまで経っても変わることのないこの姉妹関係を直してもらおうと思ったからだ。
しかしフランドールは。

「咲夜、言わなくていいわ。貴女が口止めされているの、分かってるから」

咲夜の話を制止させて薄く微笑んで見せた。
どうしてこの期に及んでまだ笑顔を見せられるのか不思議で仕方なかった。

「しかしこのままでは・・・貴女が傷つくだけですわ・・・」
「仕方ないの。お姉様はきっと、外の世界で素敵なものを見つけたんだわ。私以上に素敵なものを・・・」

薄く微笑んだ顔に、雫が頬を伝った。
雫の道筋を辿ると咲夜は締め付けられたようにズキンと胸が痛んだ。
何もしてやれない自分が苦しかった。

「紅茶とケーキを持ってきますね。少しは気分が落ち着くことでしょう」

フランドールのために何かできることはないか探した。
できることならなんでもしたかった咲夜は茶菓子を取りにフランドールの傍を離れた。
フランドールは静かに頷きいってらっしゃいと小さく手を振り咲夜を見送った。

部屋は彼女一人になってしまった。



●○●



咲夜、私ね。強がって笑ってみたけど、本当はすごく泣きたかったの。
貴女の胸の中でもよかった。
頭を撫でて私の気持ちを宥めて欲しかった。
さっき、もっと貴女に甘えればよかったわ・・・。
そんな後悔をしながら一人の部屋を見渡した。
やっぱり誰もいなくなると寂しいなと感じながら天井を見つめていた。
そう、誰もいないはずの部屋で。

『一人じゃないわよ?』

誰もいないはずの部屋で・・・聞こえてしまった。
少女の声。
それもよく聴き慣れた声。
背後から聞こえてきた声に私は振り返るとそこには。

『うふふ・・・お久しぶりってトコかしら』
『貴女とは魔理沙に初めてあった日以来ね』

私の姿にそっくりな姿の彼女達は、私の分身だった。
スペルカード「フォーオブアカインド」。
それは私そっくりな分身が三人現れる魔法。
私が発動しなければ出てこれないはずの彼女達がどうしてここにいるのか私には分からない。
スペルカードなんて発動した憶えがないのに。

「貴女達はどうしてそこにいるの・・・?」
『さあ、フランの気持ちの問題じゃない?』
『私達は貴女が心配で出てきたの』
『本体である貴女の心が最近グラグラしてたから・・・フラン、大丈夫?』
「えっ・・・?私のことが・・・心配で?」
『そうよ』

いやいや待って、待ってよ・・・。
そんな簡単に分身って出てこれるものなの?
まさか私は気付かない内にそこまで気持ちが動揺していたの?
事態が飲み込めないまま一人だった部屋が四人になり、いつの間にか賑やかになっていた。

『それにしても酷いわよねー、お姉様』

一人の私が唐突にお姉様の話題を口にした。
他の分身の二人も頷いた。
私はというと、力強く頷くことができなかった。

『ねえフラン。どうして咲夜に聞かなかったの?』
『咲夜は貴女に言おうとしてたのに』

さっきのことも気付かないところで見ていたのかしら。
そういえば私は咲夜の話を聞くのを止めてしまった。
聞けばもしかしたらお姉様がどこへ行っているのか分かったかもしれない。
でも、本当はそれを聞くのが怖かった。
お姉様が私を放って出かけるまで、魅力的なものが外にあることを知るのが怖かった。
その魅力的なものの名前を聞くのが怖かった。

「いいの。私がいいと言ったんだから・・・」

その言葉に彼女達は否定的だった。
口々に文句が出てきた。
彼女達はどうやら私とは“違う意思”を持っているみたいだった。

『いい訳ないわ!私はお姉様を取り戻したい!』
『咲夜に場所を聞けたらその場所へ私も行く。そしてお姉様を取り戻す』
『そしてお姉様に仕返ししてやるわ・・・』

なんだろう。
彼女達の様子を伺っていたら背筋がゾクッとした。

「貴女達どうしたの・・・なんかヘンだわ」

いつの間にか私には彼女達が邪気を纏わりつかせているような姿に見えていた。
分身と言えど、これが本当に私なの?と感じさせるくらい彼女達が不気味に映った。
そこへ、その空気を破るかのように違う声音が部屋に届いた。

「フランお嬢様、お待たせしました」

部屋の扉の奥に咲夜の姿があった。
私は扉を見ることで、分身に背を向けたことになる。
その背後で何かが動いたのを感じてすぐに不安と焦りが襲った。
それは警鐘を鳴らして私に知らせていた。
これから起こる、最悪のシナリオを。

「咲夜!!来ちゃダメっ・・・―!!」

刹那、咲夜が扉の奥から消えてしまったのが最後の目撃だった。
視界から突然いなくなり私は焦り始めた。
咲夜の姿を捜して名を叫ぶと、声が背後から聞こえた。

「うぅ・・・一体これは・・・」
「咲夜っ!?」

まさか背後から咲夜の声を聞くとは思ってなく、驚かされてしまった。
咲夜が背後にいることを知り振り返ると、そこには先ほど警鐘を鳴らしていた最悪のシナリオが待っていた。

「咲夜っ・・・・・・!!」

私の分身に身体を押さえられ身動きが取れないでいる咲夜がいた。
腕や脚にはしっかり私の分身が腕を絡めて動きを封じ込めているため咲夜は抵抗することもできなかった。

『咲夜を捕まえちゃった』
『これでたっぷり仕返しできるわね』
『さーて、ナニからしちゃう?』

今にも咲夜に手を出しそうな様子の彼女達は不気味な微笑みで咲夜を見つめていた。
早く彼女達を止めないと咲夜の身が危ないと身体中が訴える。
私は必死に彼女達を止めた。

「やめて!咲夜は関係ないわ!」
『どうして?咲夜はお姉様のいる場所を知っているのに教えてくれなかった』
『今まで教えてくれなかったからお姉様の前に酷い目に遭わせる必要があるわ』
「でも咲夜は自ら教えてくれようとしたわ!」
『結果的には“お姉様のいる場所”を聞いていないもの・・・それは教えられていないのと同じだわ』
『だから咲夜にはお仕置きするの』
「やめて!!それなら私にそのお仕置きをしなさいよ!咲夜は関係ない・・・っ」

必死で止める私を咲夜は捕らわれの身で見ていた。
そして咲夜は私を制止した。

「フランお嬢様・・・いいんですよ。このお嬢様方の言うことは間違っていませんわ」
「咲夜!?」
「もっと早く私が言おうと決心していればこのようなことにはならなかったのです。当然の報いを私は受けるべきです」
「違う・・・咲夜が悪いんじゃ・・・」
「お仕置きが酷くなりそうなら彼女達を止めてください。ね、フランお嬢様?」
「咲夜―っ」

最後に咲夜の名前を呼んだ時にはもう、彼女達の手が伸びていた。
腕や脚は引っ掻かれ、洋服は裂かれて。
咲夜の小さな悲鳴が聞こえた。

『悪いのは・・・・・・お姉様なんだから』

私は目の前の光景が嫌で、部屋を、飛び出してしまった。



彼女達が口々にしていたことは、じつは心の奥で私が思っていたことそのものだった。
つまり彼女達は分身だけど“私自身”だったということ。
あんな酷い事をしているのが彼女達だったとしても、じつはそれは“私”がしているという事実になってしまうのが、とても、嫌だった。



●○●



私はどうしていいのか分からなくて、長い廊下を走り続けていた。
助けて、助けてと心で叫びながら、私はいつの間にか紅魔館を飛び出していた。
そして自然に辿り着いてしまったのが門の前だった。

「い・・・妹様!?」

私の姿を見つけて門番の美鈴がこちらへ近づいてきた。
息を切らす私に驚き美鈴は私の顔を見てとても心配そうな顔をした。

「どうしました・・・?顔色がよろしくないですよ・・・」
「美・・・鈴・・・。ううん、なんでもないわ」

助けてと言いたかったのを私は抑え込み、その場を凌いだ。

「なんかねっ、美鈴のところに来たらもうお姉様帰ってきてるのか聞けると思って・・・!うん、それだけ・・・なの」
「・・・そう、ですか・・・」
「どうやらまだみたいね!それじゃ門の番がんばってね!」
「あ・・・妹様お気をつけて戻られますように」

あの酷いことをしている光景を見られたくないと思ったら誰にも助けを求めることができなかった。
こうして私は誰に助けを求めることができないまま、あの部屋へ戻っていくことしかできなかった。

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