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無言の重圧(二村様から相互/切千)



 もうすぐ夏になるだろうという時期のある日、空は今にも激しい大粒の雨が降りそうな夕立雲をオプションとして広大に広がっていた。切原がバスから下車した間も無く、天の海とも言うべき大空からは大量の雨が振りだした。
 神は誰の頼みを聞き入れたのだろう、ただタイミングが悪かったのか彼が雨男だったのか真相は定かではないが、切原は自身の不運に腹を立てながらどこか雨宿りが出来るような場所を求めて走り出した。彼はしっかり者ではなく、どちらかというとちゃっかり者であったがこの季節に多い夕立という存在をすっかり忘れていたために、折り畳み式の傘を携帯していなかった。

 帰り道には住宅街しかないので、切原が走って走って辿り着いたのはバス停近くの公園だった。最初は公衆便所にでもお世話になろうと思ったが、切原は瞬間的にせっかくだからとある遊具の中に潜り込んだ。半円のドームの形をしていて、表側に中の空洞に入るための穴がいくつも空いている、使用目的がいまいち見極められない定番の遊具である。
 切原にとって何がせっかくかといえば、部活動などで忙しい身、ましてや中学生へと成長した彼は公園の遊具で遊ぶ機会はめっきりと無くなっていたと言うことだ。だから、生涯にそう滅多にない雨宿り以外ではこの遊具を利用することがないと踏んだ切原はこの遊具にお世話になることにしたのだった。

 部活動での大層な疲労を抱えながら切原は、真っ暗な中にしゃがみ込んだ。制服が汚れるのも気にせず一秒でも早くこの大雨が止んでほしい、とか腹が減って死にそうだ、とかゲームやりてぇ、今の気分はスマブラだなとか何とか様々な思案をしていた。数分かはそんな考え事をしていた切原はこの遊具のウィークポイントに気づいた。所々に穴が空いているために地面には局地的に水溜まりが出来てしまうことだった。
 やっぱり公衆便所に入るべきだったのか、と切原は少し後悔をしていたが、過ぎた過去をあれこれ言うのは彼の座右の銘に違うので切原は頭の中をすっきりリセットさせた。

 乾いた砂に雨水が射されて文字通り土臭いと切原が感じていると、ある一つの穴から射していた光が一瞬消え、すぐに再び元の状態に戻るという現象を目の当たりにした。不思議に思っていると切原の前方に人影が見えた。この暗闇であるからか一瞬 向こうは切原に気づかなかったが、一方の切原の目はすっかり暗さに慣れていて相手の顔が何となくではあるが認識出来ていた。
 背丈や格好から見るにその人間は男、もっと言えば切原と同じくらいの男子だった。表情など細かい所は見えなかったもののその人間には何より特徴的なものがあった。彼の髪色が少なくとも黒ではなく茶色かそれよりももっと明るい暖色系の頭髪だったのだ。
 切原は暖色系をした人間を不良か何かと思っていたが、その当人は切原に気が付いた途端、「うっひゃぁ!?」と言う間抜けな声をあげたので、切原はどちらであっても恐るに足らない人間だと考えをまとめていた。

「うはっぁー!びっくりしたぁー!!…いつからそこに?…いたんですか?」
「…俺が最初にここにいて後からおめぇが来たんだろうが。」

 驚きと敬語を使うべきかどうかと言うことで混乱する暖色系をよそに、切原は苛々しながら返答した。切原は瞬間的に目の前にいる、いかにも軽そうな感じの人間に嫌悪を覚えていたのだ。切原の返事に暖色系は明るく、だがニヤリと、更にだいぶ間を開けて謝罪をしたので切原は更に苛々した。しばらくの沈黙の後に暖色系が口を開いた。

「最悪だと思わない?いくらなんでも制服着てる時に夕立なんか降らなくてもさ。この俺をもってしてもこんな不運に巡り合ってしまうだなんて、本当に最近は神様に嫌われちゃったんかなぁ。」

 暖色系はどうやら最終的に敬語は使わない方向にしたらしい。切原をおいてけぼりにして勝手にベラベラと喋りだした。切原は、おめぇは神様のお気に入りだったり幸村部長みたいに神様の子供だったりするのかよ、っつーか互いに知らない人間に意見なんざ求められたって答えられる訳ねぇだろ、などと心の中で突っ込んだ。
 しかし、切原は一つの違和感に気が付いた。ふ、と目の前の男が着ている白い学ランを見た途端、心の中で何かが引っ掛かったのだ。先程から髪色をただの暖色系と述べていたが、その頭をよくよく見てみればあからさまなオレンジ色だったし、先程の不運・神様に嫌われた、といった発言と何となく聞いたことのある声や口調から切原の検索エンジンはぴったりと一致した。
 そして切原は確信した。自分の目の前にいるのは昨年のJr.選抜に補欠ながらも参加したくせに、翌年の都大会や関東大会の公式戦で年下の二年生に負けても軽くヘラヘラやらニヤニヤと笑う、山吹中テニス部エースの千石清純だと。更に言うなら好きな女の子のタイプと聞かれ、この世の全ての女子と答える無類の女好きで、最近流れる噂を加えるなら山吹中の二大不良と言われている千石清純だと。

 しかし、そんなことに気が付いたからと言って切原は千石に話をかけるという迂闊なことはしなかった。先程も書いたように、千石はプラス方向な噂よりもマイナス方向の噂の方が多い人間だからだ。そんな奴においそれと簡単に声をかけるもんじゃないという正当な法則を知っていた。というよりもこれは彼の元からの性格だった。

 切原はいわゆる獣性というものが現れる時と現れない時の差が激しい人間だった。決して暗い性格てはないことは認知していてもらいたいが、中途半端な関係の人間といるならば一人でいる方がよっぽど楽だと考えていた。仁王からは一匹狼だとからかわれたが切原は仁王自身にも言えることのような気がしていたので少し納得がいっていなかった。

 ともかく、だから先程から考え事をしながら密かに千石を観察していた結果、切原にはある一つの勘が働いていた。女好きの、いつまでもニヤリと笑うこの男には何やら自分と似たような所があるのではないかという勘が。




「ん?何だい?」

 暗闇だからハッキリとは解らないが千石は切原の、知らず知らずの内の睨み付けるような鋭い視線に気が付き、不思議に思ったような顔をしていた。しまったと思った切原の考えなど無視したかのように千石は口を開いた。

「なになに?どうしたの、俺の顔じっと見ちゃって?男に見つめられるのはちょっとあれだけど、いやだなぁ、恥ずかしいじゃんかぁ。」

 後頭部に片手を当ててヘラヘラと笑う目の前にいる男を見て切原は、見事に予感通りの発言をしてくれたものなので心の中で舌打ちをし、うざったさを感じていた。切原にヘラリ笑いかけていたが彼はとりあえず無視をしておいた。
 何故知らない人間にまでこうも笑うんだろうと思いながら切原が盗み見をすると、いつの間にか千石は鞄の中身が雨水によって悲惨な状況になっていないかをチェックしていた。どうやら無事だったようで、大袈裟に安堵の表情を浮かべた千石を見て切原は良くもまぁコロコロと顔を変えられるもんだな、と思いながら少し納得していた。



 切原の心はいつの間にか苛立たしさのようなものを感じていた。良く良く考えてみれば、年下に負けるぐらい弱いくせに何も改善をしようとせずに飄々としているだなんて、スポーツマンとしての自負心だとか意気地を丸投げするかのようだと切原は千石を見ながらそう思った。大抵の人間はそんな奴を好まないものだから、結果的に切原は千石を潰すにも値しない過小の人間と結論付けた。
 そう考えがまとまれば切原にとってこの空間ほど居心地が最悪な空間はなく、本当に早く帰りたいと思って千石を睨み付けていた。



「あ、のさ。」

 切原は返事をしなかった。しかし、千石からは笑みが消えていて何やら焦っているようだったので若干気にはなっていた。

「ホント、俺の顔、どうにかなっちゃってんの?」

 千石の発言の意図が解らず切原は眉を潜めた。意味が解らない訳ではなく、千石が相手の場合 大事なことは意図があって、千石が何を言おうもなら彼の言葉に含蓄されている意味を暴いてやろうと切原は考えていた。しかし、千石は先程の余裕めいた笑顔はどこにもなく慌てふためいていた。切原は千石と目線を合わせる。千石の肩がビクッと揺れた。

「あー、いや!その、別になんとも無いんだったら良いんだ、うん!!」

 言いわけが無いし意図も意味もさっぱり解らなくなってしまったので、切原はとことんまで千石に問い詰めたかったが、口は開かないことを自身で誓っていたのでそれ以上疑問を晴らす方法がなくなってしまった。しかし、やらり気にはなるもので、頭の中はいつの間にかどうやって探り入れたものかという考えの一点張りだった。




 雨は途端に止み太陽のお陰で暗闇に射す光は強くなっている。穴から入って来ていた雨のせいで水明かりが出来ていた。
 夕立が止んだのは切原にとって機会が失われつつあった。神様、タイミングってもんがあんでしょうが。今日の俺には本当に何か恨みでもあるんじゃねぇかっていうぐらい今日はタイミングが悪いだろ。
 そんなことを胸の内でごちながら、同時に千石が帰ってしまわないかと焦っていると切原と千石の目は再びバチリと合った。

 切原には何かを言う術が未だに見つかっていなかったので口を開けるのなら千石一人なのだが、どういう訳か千石も沈黙していた。頭上にある穴の縁から雨上がりの雫が垂れ、二人の間に落ちていった。それを合図にしたかのように千石が喋りだした。

「俺、もしかして勘外れてたりする?」
「………。」
「だってさ、俺の冗談とかあからさまな嘘には皆 呆れるとか怒るか突っ込みをいれるとかなのに、君は何、その、…顔!」
「………何って。」

 何なのだろうと切原は純粋に思った。意図せずとも切原は千石に怒りや嫌悪を感じているのであるから、それ相応の表情をしているものだと彼は思っていた。しかし切原は過去を顧みて曖昧なものがあったことに気がついた。

「今日初めて会ったけどさ、君は俺のこと絶対に嫌いだと思ってたよ。でもさ、君って良く考えたら、そういう類いの人間なんだよね。」

 喋りだした千石は相槌を打つ暇を与えずに続けた。

「そんでさ、…何て言うのかな、恥って色んなニュアンスがあるのは知ってると思うけど、俺が感じていたのは少なくとも赤っ恥の方じゃないんだよ…ね。」
「あの」
「どうやら俺が思うに、君も俺も騙し騙し過ごしていれば気の合うただの知り合いになれるかもね。」
「ちょっと、」
「そういう訳だ。次に会う時は俺としてはぜひとも戦友でいたいものだね。」

 千石はそう言いながら下方にある穴の縁に足をかけた後、体をくぐらせてこの空洞から外へと出ていった。

「そんじゃね、立海エースの切原くん。」

ウィンク付きの不意打ちで名前を呼ばれた切原は思わずポカンとしとしまいしばらくその場に留まっていた。あの人俺のこと知ってたのかよ、とか先程まで疑問だった、自分はいったいどんな顔をしていたか、そしてさっきまで曖昧だったこの感情どう処理すべきかと考えていた。
 ファンサービスとも言える程 華麗にその場を離れた千石は裏腹で神様に切に願っていた。タイミングとかそんなものは図らなくていいから、どうか彼が気が付かないようにしてください。お願いですから今日も明日も明後日も俺の味方で、どうか彼の敵になってください、と。






私のリクエストで二村さまをすごく困らせていたようですね(笑)こんな長い話を書いて下さるなんて、私短かったなぁ…

ていうか最後の千石さんが可愛すぎる^^二村さまの文は奥が深くてなんか、萌えもするし勉強になります!
書き写してて思ったんですが、「一人でいた方が楽だ」とか「改善しようともしてない」とか、二人に合ってるんですけどなにより!…まんま私だ><

二村さま、ホントにありがとうございます。こんな他人との関わりが広く浅く狭く深く(矛盾してる)、向上心とか負けず嫌いとか全くない私ですが、よろしくしていただけると幸いです!改めまして、相互ありがとうございました!




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