Episode.03 「はぁ、俺たちを」 「雇いたいと、ねぇ」 上から清純、赤也の順で二人とも二回ほど頷く。二人の目の前にいるのは、朝、清純の機嫌を損ねた本人、跡部景吾。跡部は優雅にコーヒーを口に運ぶと、人差し指で二人を差した。 「返事は?」 跡部は二人に問う。二人は一度顔を見合わせると、赤也がスクッと立ち上がった。清純は口をにやりと歪ませた。 OK ! 時を数時間さかのぼり。 清純と赤也は、真っ黒い縦長のリムジンのなか、きっちり姿勢正しくさせて座っていた。部屋のような広さと、ふわふわのクッションの利いた座席。真ん中のテーブル。いたるところにある高級そうな装飾品。それらに緊張して、清純は先程の苛立ちなどとうに忘れていおり、赤也のほうも緊張しているのか、膝の上で拳を作っている。平然としているのは、この車の持ち主だけだった。 「…んだよ、そんなにガチガチになって」 「だって、ねぇ?」 清純が赤也に同意を求めると、赤也は口を開かずに、コクコクと頷いく。すると、やれやれと言わんばかりに跡部は首を横に振ると、「樺地」と、お付きの人を呼んだ。「…ウス」と言いながら樺地が現われると、樺地は跡部にトランプを渡す。跡部はケースからトランプを出すと、一枚裏にしたままテーブルに乗せた。 「ん?」 「黒いの。当ててみろ」 いきなりのことで驚きながらも、赤也は言われたとおりにカードの背の絵柄を眺める。別段ヒントとなるような傷もなにも付いていないし、付いていても、何のカードかは自分には分からない。 それから数分、赤也はカードと格闘するがやはり分からず、一か八かと口を開いた。 「えーと、ジョーカー」 「ふん。よし、オレンジはどう思う?」 「オレンジじゃない、清純だ」と跡部に返すと、今度は清純がカードを見つめる。すると、清純はすぐに解答した。 「ハートの、5」 「見てみろ」 赤也と清純はカードを引っ繰り返す。すると、カードにはハートがサイコロの5のように描かれてあり、端には「5」と書いてあった。跡部は口端を釣り上げると、もう一枚、裏のままカードをテーブルに乗せた。 「これは?」 「クラブのキング」 引っ繰り返す。当たり。また一枚。 「これは?」 「スペードの8」 当たり。また一枚。 「これは?」 「ダイヤの2」 また一枚。 「これは?」 「ジョーカー」 当たり。跡部はカードを戻し、数回切ると、隣にいた樺地に手渡した。赤也は感心した顔で清純を見つめてる。本人の清純はというと、自分でも驚いているようだった。跡部は頷くと、「忍足、日吉」と、指をぱちんっ、と鳴らした。 「!」 気付けば、丸眼鏡をかけた、青系統の色で長めの髪をした男が清純の後ろに、釣り目で、切り揃えられた薄茶のサラサラの髪がその目を隠している少年が赤也の後ろに回り込み、二人の首に小さなナイフが突き付けた。 気を抜いていた…!と清純と赤也が後ろにいる敵を睨み付けるなか、跡部は樺地がもつカードの束から、また一枚、伏せたカードをテーブルに乗せる。 その行動に、赤也はキッと跡部を睨むが、跡部はそれに全く臆する気配などなく、むしろ嘲笑うように赤也を睨み返した。 赤也は尖った歯を、ギリッ…と噛み締める。 「カードは、何の柄だ?」 跡部は二人に再度問う。赤也は跡部に向けていた視線をカードに移す。清純も跡部を何のつもりだ、と疑いのこもった瞳で一瞥するとカードに目を向けた。そして、二人は口を揃えて答えた。 「「ハートの、キング」」 跡部は躊躇なくカードを引っ繰り返す。そのカードには「K」の文字が端に書いており、真ん中には堂々と冠を頭にのせる王がいた。跡部が「もういい」と言うと、忍足と日吉と呼ばれた二人は、清純と赤也からナイフを離すと、扉の向こうへ消えていった。 清純はその背中を見送ると、跡部に向き合う。赤也は先程から跡部に向かってむき出しの殺気を放つが、跡部はそれを涼しい顔で受けとめ、偉そうに足を組んでいる。 それがさらに赤也を挑発していたが、赤也が跡部に手を出す前に、跡部が口を開いた。 「合格だ」 「合格、だって?」 清純は眉をひそめながら復唱する。跡部は「そう、合格だ」と言いながら立ち上がると、閉まっていたリムジンのカーテンを格好よくシャァッ、と音をたてながら開ける。すると、そこはついさっきいた街を彷彿させるものは一切無く、広い豊かな緑ときれいな花が青空によく映える庭が広がっていた。 赤也は見たことがない景色に、窓に駆け寄り、口をポカンと開ける。清純も窓に近付き外を見る。先程通過した薔薇のアーチがとても素敵だ、まるで不思議の国のアリスにでもなった気分だ、と清純はそれを眺めていた。 跡部はそんな二人の肩を叩いた。 「ここはもう俺の家のなかだ。あとでたっぷり見せてやるから、…とりあえず座れ」 赤也と清純は、頭を掻いて呆れた顔をする跡部を見て顔を見合わせると、清純はチロッと舌を出して、やっちゃったと言わんばかりの顔をする。赤也は景色をもう一度横目でみると、席に座りなおした。 すると、キィッと車が止まる。赤也のすぐ近くの扉が開くと、跡部はトランプを樺地に片付けさせながら「出ろ」と二人に言い、先にリムジンから出てしまう。清純ははぁ、とため息をつくと、その扉をくぐった。 赤也は出かけるが、ピタッとその足を止める。心なしか、体を少し震えさせ、唇を噛み締めていた。すると、そんな赤也の肩にぽんっと手が乗せられた。振り返ると、何センチも身長差のある樺地が「…ウス」と赤也に語り(?)かけてくる。 何を伝えたいのか、赤也はいまいち計りかねたがとりあえず心が落ち着いたので、赤也はそれでいいことにした。 外に出ると、悪魔の大嫌いな太陽の光が神々しく輝いていた。しかし、この闇が訪れることがない光の世界で人間を喰らい生きていた赤也にとっては、苦手でも嫌いでも、ましては好きでもなく、ただのそこにあるもの、としか認識されていなく、それ以下もそれ以上にも何も感情は抱いてはいなかった。 むしろ、そんな太陽よりも神々しく感じたものが、赤也の目の前に建っていた。それに赤也は目を奪われ、立ち尽くし、神を嫌う悪魔がそれに祈るという不思議な光景を見れそうな勢いだった。 赤也は小さく口を開けたまま、それを見上げ続ける。 赤也の前にいた清純も先程までそれを眺めていたが、辺りを見渡してさらに感動し、なんかもう、先程から怒りを覚えてはかき消されていて、清純は何だかなぁという気分でもあったが、同時に素直にすごいと思うところもあった。 二人の目の前にあるのは、昔あったお城のような気高く美しい建物と、どこまでもどこまでも続く緑の庭だった。 建物は真っ白で、ところどころに透明な、最早透明すぎるあまり水色に見える窓がいくつか存在し、建物の中へと通じる扉には金の装飾がされていて、遠くに見える離れの建物は教会の形をしており、綺麗なステンドグラスが光を浴びて輝いている。 庭には、先程くぐった薔薇のアーチが幾つも道を股越していて、左に広がる草原には色々な色の花が咲く花畑が、右側に広がる芝生には何やら白い線が長方形に引かれており、真ん中には細長いネットがはられていた。 清純と赤也はずーっとそれを眺め続けていると、ハッと跡部たちがいないことに気づく。 「あれ!?あのナルシストっぽい人どこ!?」 「清純、いくら何でもナルシストはないだろ。ま、分からなくもないけどさぁ」 「誰がナルシストだ、あぁん?」 「うわ出た!!」 「俺様は幽霊か…」 赤也は同情の目で跡部を見つめるが、仲間と思われてる清純の失態は、あっちからしたら自分にも責任があることになる。赤也の中で清純はついさっき、「マセたコドモ」と認識された。 …てか、今更だけどなんで俺仲良くしてんだよ。 ホントに今更であるので、赤也はここまで来たからには、とため息をついて、跡部と睨み合う清純の腕を引く。睨み合ってるのを見て、赤也は跡部もコドモだなぁと思った(実際に口に出したら二人に自分の方がコドモだろ!と言われそうなので止めといた)(てか、赤也自身、自分をコドモだと思っていない。無論、残りの二人も)。 「止めろっての」 赤也は引っぱった清純のおでこを小突く。清純はすごく痛そうにおでこを押さえる。赤也はそれを見ておかしく思い、クックックッと笑うと、跡部に向き合った。 横で清純が自分の腕の皮を摘んでいてすごく痛いが、そこは持ち前(?)のポーカーフェイスで乗り切る。 「行きましょうよ跡部さん」 「…わりぃな。しっかし、何かそいつみてるとさぁ、」 跡部は清純に近づく。すると清純のほっぺをビョーンと伸ばす。そのせいで清純の顔が変なり、赤也は吹いてしまった。そんな赤也の鳩尾に清純は白<ライトガン>を突き付け、赤也は冷や汗をかいて押し黙った。 「すっげームカつく」 「…ほれ、こっひのへりつはよ」 すごい怖い顔している清純だが、口元を引っ張られているため気の抜けた言葉になり、跡部は手を離すと、盛大に笑う。清純は跡部に黒<ケンジュウ>を突き付けようとするが、赤也によってそれは阻止された。 すると、そんな跡部の笑い声に反応してか、先程の丸眼鏡と、赤がかった黒い髪をしたおかっぱの男があらわれた。 「何高笑いしとるん自分。きもいわぁ」 「でも跡部がこんな風に笑うの久しぶりに見たぜ」 「おい忍足、なんか言ったか?」 「なんも言うてへんで」 「ていうか中入らんの?」と忍足が問うと、跡部は思い出したように「あ…」と言い、咳払いをすると跡部は清純と赤也を手招きで呼び、ついてこいと言うような顔で歩きだしはじめた。赤也と清純はそんな跡部の背中を追い掛けるが、清純は前を向いているのを良いことに跡部に向かって中指を立てたり、親指を立ててそれを下にしたりしている。しかし、ふと忍足たちの方を見ると、忍足も同じことをしており、清純はそれを止めた。 建物の中は見かけと違い、高級感はあるのは同じだがビルのようなビジネス的な空気を醸し出していた。しかも、部屋の扉はいくつもあり、中からは忙しなさそうな音が聞こえる。清純は何かの会社だろうか、と思った。 「入れ」 跡部はある部屋の扉の前に立つと、中に入っていく。その扉は先程通った道にあった扉とはまるで雰囲気が異なり、金の装飾が施されていた。二人は言われたとおり中に入ると、向き合ったソファ、その間にあるテーブルがあり、跡部が座るソファの反対に腰をかけた。 すると奥の扉から樺地があらわれ、二人の目の前にコーヒーを置く。清純が一礼すると、樺地は「ウス」と言うだけで跡部の後ろに立った。 「我が氷帝によく来た。だが歓迎するまえに、さっさと用件を済ませよう」 跡部が「樺地」と言うと、樺地は数枚の写真を二人の目の前に差し出す。写っているのはぷっくりと太った典型的な醜い社長という顔ばかりが写っており、一枚だけ、清純たちとたいして年の差がなさそうな人が写っている。 二人がその写真を眺めていると、跡部は口を開いた。 「我が氷帝は様々な面において売り上げを伸ばすある会社の下にいる。ま、それを運営しているのは俺様の父親だが。しかし、俺様は人の下に付くのを嫌う。そこで俺様は氷帝を独立させ、今のような会社を築き上げた。ここは俺の家であり会社でもある。しかし、いくらナンバーワン企業の下にいたとしても邪魔ものはたくさんいる。うちを潰そうとするところもある。そこで、邪魔なものは邪魔でしかないから排除することにした。お前たちの経歴、腕前は知っている。切原は大嫌いな人間を殺せて、千石は邪魔者が飼っている悪魔どもを殺して仕事が出来るし、良い話だと思わねぇか」 「それで?」 清純は俯き加減で跡部に問う。跡部は一度間を奥と、目を細めてニヤリと笑った。 「お前たちを雇いたい、それだけだ」 そして、最初のシーンにつながる。立ち上がった赤也は清純に横目で視線を送ると、跡部にまた目を向ける。清純は目の前にあるコーヒーを一口、口に運ぶと跡部を指差した。 「面白そうだね。OK!その話…、乗るよ」 跡部は口元をさらにニヤリと歪めると、空になったコーヒーカップをテーブルに置く。そしてニヤついたまま二人を見つめた。 「承諾したな?もう後には引けねぇぜ」 「引く気は毛頭ねぇーよ」 跡部の言葉に赤也が返すと、跡部はスクッと立ち上がり赤也に手を差し出す。赤也がその手をとり握手すると、跡部は今度、清純に向けて手を差し出した。清純は跡部の瞳をじ、と見つめるとその手をとり、握手ついでに跡部に立たせられる。 そして、もう一度ちゃんと力を込めて握手すると、跡部は口を開いた。 「悪いが今からすぐ仕事だ。その分報酬は弾んでやるよ」 こうして、聖職者・千石清純と、悪魔・切原赤也、資産家・跡部景吾という奇妙な組み合わせの三人が出来上がり、物語はやっと始まりを迎えた。 いや、もうすでに"それ"は、始まっているのかもしれない―― |