最果て
10
ずっとずっとずっと、
触れたかった唇。
目眩みがしそうなほど柔らかくて、ほどよい弾力で押し返してくる。
「……んっ」
夢中で押しあてた先から漏れるくぐもった声。
覚醒したような響きに、起きたのだと瞬時悟るが、もう、どうでもよかった。
頭がぼうっとして、あの熱に完全に支配されていた。
貝のように閉じた目蓋が揺れて、ながい睫毛が瞬いた。
「――ん……っ!?」
至極近くでみる蒼は、驚愕で見開かれた。
俺は目を細めて、じっとみやる。
信じられない、という瞳とかち合った。
「ん゛っ……う、」
言葉を象ろうとした口内に舌を押し入れて、無防備なナルトのそれを絡めとる。
なにも言わせたくない。
聞きたくない、否定の言葉なんて―――
「っふ……う゛うっ…ん」
だけどナルトは暴れだして――
押し返そうとする手首をそれぞれ掴んで、ひかりが差すベッドへ勢いよく押し倒してやる。
いよいよ抵抗が出来なくなったところで、唇と手を開放した。
「はぁっ…はっ…さ、さすけ…っ」
荒い息をついて、自分の口元を拭うように手を当てたナルトは、「どうして」と瞳で問うた。
怯える、顔。
「……」
覚めるように、一気に理性が舞い戻ってきて。
――ああ、やってしまった、と。
心のどこかが、絶望した。
必死で殺してきた感情を、口付けで吐露してしまっては、
もう後には戻れなくて――
はんば観念するように、倒れこんだナルトの背を起こして、座らせる。
震える華奢な肩をやんわりと掴んで―――閉ざした口元を、ゆっくりと開く。
「俺は、お前が好きだ」
耳もとで囁けば、途端に弾けるように顔をあげる弟。
「へっ……」
涙の雫もそのまま。
ナルトは、俺の腕をすがるように必死に手繰り寄せて。
「おっ、俺もサスケのこと好きだってば…!」
「…違う」
バカなナルト。
お前の"好き"と俺の"好き"は、ぜんぜん――
「……ちが、う?」
「お前は俺のことをどんなふうに"好き"?」
言って聞かせるように柔らかく穏やかな音色で問えば、
困惑した金色が、首を傾げた。幼いしぐさは昔と変わらない。
「…わかんねぇ。ただ、好きってことしか…」
ほら、その"好き"は"恋"じゃない。
純真に語られた思いは、あまりにも綺麗過ぎる。
俺のはもっとドロドロとすべてを飲み込んでしまう沼地のような――熱烈な、渇望。
「……俺は、お前が欲しい。キスして、抱いて、すべてを俺のものにしたい」
「―――え…」
大きな瞳がいっそう見開かれて、唇が、手が小さく震えた。
神秘的に照らされる幼い顔。かわいい。きれい。すきだ。
なんて、愛しい。
そう、愛しいから、引き返せないのだ―――
すっかり涙の跡がついたままの頬を、両手で掬い上げるように包み込んだ。
「もう、戻れない。兄弟にも家族にも」
「さすっ……」
「だから、選べ」
強く、いい放つ。
「俺のものになるのか、ならないのか」
残酷な選択だと、理不尽なものだと、わかっていた――
「もし、――」
もし、前者を選べば、ぎこちなかった仲は故意に修復される。お前が望むあの頃に戻れる。
ただし、兄弟という関係は、恋人に取って代わられる。
「……な、らなかった、ら…?」
ならなかったら、それは。
「俺たちはもう、他人だ」
「他人…?」
もう、話すことも触れあうことも笑いあうことも、出来ない。
傍にいられない。
血縁すら無にしてしまう、そんな冷たい関係。
――ボロリ、と一粒零れ落ちた、涙。
「……どうする?」
そっと問うように、戦慄く唇を指でなぞる。
どうせ戻れないんだったら――堕ちるとこまで堕ちて――
バカで純粋なお前の優しさに、付け込んでやろうと。
色素の薄い眉がへしゃげて、ひどく困惑した瞳がゆらゆらと水気を帯びて揺れていた。
ビー玉みたいに、透けた蒼色。
辛そうに歪められた顔に、ひどく自嘲的な思いが込み上げてくる。
――なんて最低な、やつ。
はなから、お前の出す答えなんてわかりきっているのに。
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