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ここはどこだ



何処にも迷わないようにその手を握りしめて、走って走ってひたすらに走ってみた。
ここはどこだ、そう問うお前に俺は気まぐれに、ここにはなにもない、と答えた。


「そうじゃない、ここはどこだ?」
「聞いて何か意味があるのか?」
「だって折角作兵衛が連れて来てくれた場所なんだから、いつでも来たいじゃんか」

むすくれて言うもんだからばーか、と頭を軽く小突いた。お前が一人で来たら絶対迷うだろうが。探し出すのはいつだって俺なんだ。


「ここには、なにもない?」
「あぁ、草っぱらだけだ」
「じゃあここに最初にあるものは俺達だな」
「あーそうだな」
「ここは全部、俺達のものだな!」



俺だって、何となく外出したくなって三之助を連れ回して走りたくなって、たまたま辿り着いただけで、ここが何なのか、一体誰の土地なのかだなんて全く知らない。
けれど広々として草が風に揺れ、清々しい空気の中遠くの山の稜線が青く美しい、こんな平和で静かな場所が俺達二人だけの知る場所なんだというのはどこか心が温かくなるような思いにさせた。


「来たい時は俺も呼べよ」


お前一人じゃどこ行ったか分かんねぇだろ。
ここに来るってば。
三之助は目的地と到達点が違いすぎるんだよ馬鹿。























「作兵衛、ここはどこだ」

俺は答えた。ここはなにもないところだ、と。

「ここにはなにもない?」
「ここはもうなにもない」
「じゃあ俺達の時間は何処へ行った?」
「全部焼き捨てられちまったよ」


草は切り払われ風は生臭く、山々は麓の村が焼ける煙りに霞み、あの緑と青色をした俺達だけの世界は一瞬で消されてしまった。
焼け跡に残ったのは人の欲望と怨嗟、その丘の上に土足で立つ勝者と彼等の影の刃達。


「何も無くなったんだ」


もう此処に俺達の愛した平和は無い。





元々戦場として申し分の無い場所。見晴らしは良い、障害物も大きな川も無い、だが少し離れた所には食糧を調達する村もあり身を隠す山もある。これほどの好条件はそうそう揃いはしない。
そして何より、国境に近かったのが不運だった。

戦火に巻き込まれるのも時間の問題だった。十二の時から六年。寧ろ今までよくここはもったものだ。
ただ美しいと、こんなに素敵な場所を二人だけが知っているなんて凄いと無邪気に笑っていられた時期はとうの昔に過ぎ去ってしまった。
忍としての勉強に励み、感情よりも先に理性を働かせるようになった。人を見ればその言葉の裏を、地図を見れば兵法と忍術に照らし合わせた策を探るようになった。

しかしだからこそ。俺達はここを何にも侵されない聖域の様に感じていたのだろう。



だがやはりそんなものは二人だけの夢でしかないのだ。



「戦が全部壊したんだな」
「あぁ、そうだ」
「戦なんてなくなればいい」
「それは俺達が言って良いことじゃねぇ」
「何で」
「戦があるから俺達は生きてんだよ」


その血濡れた刀が一番の証明だろう、三之助。
いくつもの命をそれで奪ったからこそお前も俺も今ここに立っているんだ。
今まで俺達は何人殺してきた。何で武器が刃こぼれすると思う、殺した分だけ報いを受けるのが当然だからだ。
その重みに耐え切れなくなった時が持ち主の最後。命で命を購うんだ。

「それでも、戦なんていらない、忍も武将もいらない」
「馬鹿言うな」
「本気だよ」



生きてんだから後ろ向きじゃなくて、少しでも幸せに生きたいんだよ。自分の人生自己満足じゃなくて誰が満たされるんだ。
誰かに奪われるだけなんて許さない。奪い返さなければ。粉々に砕かれてしまったならば、また作り直さなければ。

今日からこの刀は主君のためじゃない、俺達だけのために振るうんだ。



「作兵衛、ここはどこだ。ここは、誰の為の世界だ、誰が守らなきゃならないんだ」
「……聞いて、何か意味があるのか?」
「だって折角作兵衛が一緒にいる場所なんだから、いつまでもいたいじゃんか」

俺達が守らなくてどうする。


「ここは権力に溺れたクズが好きにしていい所じゃない」





そうしてお前はまた行き先だけ決めて。どうやってそこに行き着くのかなんて考えてないんだろ。道がどれかなんて一つも分かってないくせに。
いつも一人で勝手に俺じゃ追いつけないくらい早く走って行ってしまって、だから結局俺はお前からはぐれてしまうんだ。


「どうやってそんな大それたこと成し遂げるつもりだ」
「知るわけないだろ」
「知っとけ馬鹿、仕方ねぇから俺が道は探してやるよ」



だからお前は茨を切り開け。そしたらまた次の道を見つけてこよう。
いつだって辿り着くのはお前の手を引いてだった。今度は迷う時も一緒だ。



「三之助、ここはどこだ」
「俺達のものだ」
「三之助、此処は何処だ」
「俺達の始まりだ」



「三之助、何処へ行く?」

「作が生きたいのは何処だ?」



何処へもはぐれないようにその手を握りしめて、走って走ってひたすらに走った。
どこへいく、そう問うお前に俺は気まぐれに、おまえのいるとこ、と答えた。



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次屋企画『君の手を引いて歩こう』様へ提出。
参加させていただきありがとうございました!



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