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太郎くん
5(END)
暫くソファーの上でキスを交わしていたけれど、始業式の時間が迫ってきたので俺達は学校に向かった。
何だか、夢みたいだ…。校長の話を聞いている間も、俺はずっと上の空だった。

太郎くんは、クラスは違うけど休み時間の度に俺の教室に来てくれた。勿論、お昼ご飯も一緒に食べたし、俺は久しぶりに学校が楽しいと思えた。

これまで、休み時間の度に悪口を言ってきたり嫌がらせをしてきた人たちも、俺の傍に太郎くんが来たら大人しくなった。

寧ろ俺が太郎くんと仲良くしているのを見るなり、これまで散々イジメてきたくせに「太郎くんを紹介して」とか「連絡先を教えて」とか擦り寄ってきたり…太郎くんが俺の教室に来るなり「俺、幸治と仲良いんですよ」とか嘘を吐いて彼に近付こうとする奴らも居て…どこまで最低なんだろうと呆れてしまった。
勿論、俺も太郎くんもそんな奴らは完全無視。

これからも、色々と嫌な思いをするかもしれない。でも、太郎くんが傍に居てくれるから大丈夫。そう思えた。

ただ、ひとつ心配なのは…

「部屋、帰りたくないな…」

放課後に、なってしまった。
ギリギリまで寮に行きたくなくて、太郎くんに学校を案内したり図書室で本を読んだりと時間を潰したがずっとそうしている訳には行かず…部屋に戻らなければならない時が来てしまった。

俺をいつも酷く罵り、暴力を振るってくる会長。彼の顔を思い出すだけで胃がキリキリと痛み吐き気が込み上げてくる。会いたくない。部屋に行きたくない。

太郎くんはそんな俺を宥めるように、手をぎゅっと握ってきた。

「一緒に行くぞ」
「太郎、くん…」
「俺、ちょっとその会長とやらに言いたいことあるんだよね」

俺が返事をする前に、太郎くんはぐいぐいと俺の手を引っ張り寮へと歩いていく。

言いたいこと?
イジメは止めろ、とか?
でもあの会長が素直に聞くとは思えないんだけど。下手したら悪化するんじゃ…。
太郎くんも危ない目にあったりしないかな、大丈夫かな、怖い、どうしよう。

「幸治、カギ開けて」
「うん…」

部屋の前に着き、1度深呼吸をする。
この時間帯的に、会長が帰ってきている可能性は大きい。

俺はカギを開け、ゆっくりとドアを開いた。

「テメェ、帰ってくるの遅すぎ。どこほっつき歩いてたんだよ!」

リビングに入るなり、大声で怒鳴られてサッと血の気が引いた。勢いよく近づいてきた会長が、俺に向かって拳を振り上げる。

殴られる、寸前。
太郎くんが、会長の手首を掴んで止めた。
会長は苛立ったように太郎くんに視線を向ける。

「何、アンタ誰」
「へえ…お前が幸治に散々暴力振るってくれた会長さん?」
「は?アンタに関係無っ…、グッ!」

馬鹿にしたように唇の端を上げた会長が、太郎くんに殴られて床に転がった。起き上がる前に脇腹を数発蹴り付け、顔面にも1発蹴りを入れる太郎くん。会長に、反撃する隙は一切与えられていない。

俺はというと、太郎くんのあまりの気迫に圧されてその場から動けず…ただ傍観することしか出来ずにいた。

「本当はぶっ殺してやりたい所だけど、殺人者になって幸治と離ればなれになるのは嫌だし…取り敢えず今回はこの辺にしとく。てゆうか、お前には死ぬより苦しい思いしてもらわないと気が済まねえんだよ。これくらいで終わると思うなよ」

苦しげに呻き声を上げる会長の腹をぐりぐりと踏みつけ、低く冷たい声で言い放つ太郎くん。めちゃくちゃ怖い。

太郎くんはしゃがみ込むと、会長のズボンのポケットに手を入れて何かを取り出した。

…カギ?

「そ、それ、はっ…」
「うるせーな」
 
それを見るなり会長が必死の形相で太郎くんの腕を掴んだがもう一度蹴られ、抵抗も虚しく…という結果に。

「幸治、こっち来て」
「あ…、はい」
「なんで敬語なの」

太郎くんが差し伸べてきた手を、反射的に掴んだ。
彼は会長から奪ったカギで、会長の寝室のドアを開けた。

「…え?何、これ」
「やっぱりな。あの変態野郎…」 

目の当たりにした光景に呆然とする俺の横で、太郎くんが苦々しく呟く。

いつも頑なにカギが掛けられ、1度も見たことの無かった会長の寝室。その壁1面、埋め尽くすように貼られた写真。

その被写体は、全て俺だった。

教室で授業を受けている俺、イジメで頭から水を被せられた時の俺、自分の寝室で寝ている俺、そして最も多いのは会長に暴力を振るわれて泣きながらぐったりとしている俺の写真。

それから机の上には、無くなった俺の体操着や上履きらしきもの(というか大きく名前が書いてあるから確実に俺のものだ)

そしてベッドの上には

「俺の、パンツ?」
「幸治、ナニに使ったか分かんないから触るな」

違ったら良いな、俺のじゃなければ良いなと思ったけれど…大浴場を利用した時に無くさないように、俺はボクサーパンツのゴム部分にも大きく名前を書いていた。
…あれ、俺のだ。

「あーあ…見られちゃった…」

抑揚の無い声が背後から聞こえ、振り返ると放心状態になった様子の会長が立っていた。殴られたせいで頬が痛々しく腫れ上がり口からは血が垂れている。

俺を庇うように、太郎くんが俺と会長の間に立つ。

「このド変態ストーカー野郎。歪みすぎだろ、好きだから暴力振るうとか頭おかしいよお前」
「だってさあ…殴った時の幸ちゃんさあ…ふふ、すっげえ可愛いんだよ?必死に痛みに耐えようとして、涙堪えようとして…まあ最終的には頬っぺた真っ赤にしてボロボロ泣いちゃうんだけど。可愛すぎて可愛すぎて、俺殴りながら勃起収まらなくてさ〜」
「開き直ってんじゃねえよ」
「だって、バレちゃったもんは仕方無いしー」

こ…この人は、何を言っているのだろう…?幸ちゃんってまさか俺のこと?キモいんだけど。

えっと…目の前の人間は、本当に俺の知っている前澤会長?

「ゆーきちゃん。幸ちゃんの怯えた顔、最高に可愛いよ。本当、俺のストライクゾーンど真ん中なんだよね。愛してるよ、これからもいっぱいイジメてあげるから、俺と付き合おう」
「ヒッ…無理です無理です」
「誰がお前みたいな変態に渡すか。幸治は俺の恋人なんだよ」
「は?恋人?嘘だよね幸ちゃん!?」
「う、嘘じゃない…です。俺、この人…太郎くんとお付き合いしてます」
「そんなあ…!」

俺がそう言うと、会長は頭を抱えて項垂れた。

何、この展開。めちゃくちゃ過ぎる。
今日1日でどれだけ色んな事が起きるんだ?

「完全にフラれたな、ザマァ。あ、写真は没収な。データも全部消せよ。幸治の体操着とかパンツとかは何か汚されてそうだから全部捨ててやる」

体操着やパンツをぽいぽいとごみ袋に詰め、後で焼却炉に持って行こう…と呟く太郎くん。

床に手を付いて項垂れ、まだ諦めないとか何やら恐ろしいことを呟く会長。

何が何だか。

「あー、あと。幸治の部屋替えの申請出しに行こう。余程の理由が無いと駄目らしいけど、さっきのやり取り録音しておいたしそれ聞かせたら多分すぐ通ると思う」
「太郎くん…!」
「近いうちに、俺と同室になれるよ。まあ、正式に決まるまでもこの部屋には戻らないで俺の部屋に泊まれよ」
「うん!うん!太郎くん、ほんとにありがとう!」
「お前の為なら何だってする。一生守ってやる」
 
俺の幼馴染み(兼、恋人)の太郎くんは凄い。

きっとこれからも大変なことが沢山起こると思うけれど、太郎くんが居れば大丈夫。

太郎くんは、やっぱり誰よりもかっこいい。世界一かっこいい。


END

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