渾身の右ストレート 「お嬢様、落ち着かれましたか?」 あたしは随分長く骸の腕の中にいた。ううん、あたしがそう感じただけで、本当はもっと短かったのかもしれない。 とにかく彼の優しさや温かさに触れて、心が落ち着いたのは事実で。それを離すまいとして、あたしから離れようとする彼の腕を知らず知らずのうちに掴んでいた。 「お嬢様?」 『あっ、ごめ…』 「いいんですよ、でもちょっとだけ待ってて下さい。奴を、どうにかしないと。」 あたしに向けていた優しい微笑みは一瞬にして消えた。部屋に入ってきた時みたいな冷たい目で先生を見る。 忘れられたように扉の前に立ち尽くしていた先生は、突然自分に照準が当てられたことにひどく驚き、体をびくつかせた。 「わた、私は…」 「黙れ。」 骸は体から静かな怒りを発しながら、荒々しく壁に刺さった槍を抜いて、その先を先生の首に突きつけた。 「ひぃっ!?な、何をするんだ!!?」 「本当なら、あなたを殺してしまいたいんですが、」 殺す…? 『だ、だめ!』 「お嬢様がそう言われると思ったのでやめておきます。」 骸の槍を持つ手が、ゆっくりとおろされた。 「でも、これで僕の気が済んだなんて思わないで下さいね。」 骸の表情が一変した。 わ、笑ってる─!? あれ?笑ってるはずなのに、何だかすごく怖いんだけど。 「ど、どういう意味…へぶぅっっ!!!」 あたしの目の前で先生が飛んだ。 というか、骸の右ストレートが先生の顔にクリティカルヒットして、先生が横に吹っ飛ばされた。 先生は鼻血を出しながら何とも情けない顔で痛がっていた。 でもこれくらいの報い、受けたって当然よね。じゃないと、あたしの気も済まない。 「お嬢様も、どうですか?」 『え?どう、って…』 「今なら彼、人間サンドバックですよ。」 にっこりと笑った骸は、そりゃあもう楽しそうな顔で。執事って言うより、痴漢を撃退したボクサーみたいだ。 『あ、うん。あたしは遠慮しとくよ、ほら、血ついちゃうし。』 「そうですね、お嬢様にこんな汚いモノ触らせるわけにはいきませんし。」 クフフと怪しい笑みを浮かべる骸を怯えた目で見る先生。何とも異常な光景。 拳を構える骸の右目が、一瞬赤く光ったように見えたのはあたしの気のせいかな。 渾身の右ストレート (く、来るな!!) (クフフ、逃げるだけ無駄ですよ) (ぐはぁっっ!!!) (先生、丈夫だなぁ…) ←→ |