その瞳に写るものは
あたしは扉にしがみついて急いでドアノブを回す。しかし、
『開か、ない…!何でっ!?』
バンッ
「美依様、どちらに行かれるんですか?」
先生の手が扉を押さえつける。いつの間にか先生はあたしのすぐ後ろにいた。
『私、気分が…』
「嘘は感心しませんね。」
あたしはもう一度ドアノブを回した。しかしガチャガチャと虚しい音を立てるだけで、扉は開いてくれない。それを先生はおかしそうに眺めていた。
「開きませんよ。鍵をかけておきましたからね。」
『鍵!?』
はっとして、鍵を開けようと手を伸ばすが、それよりも早く先生に両手を掴まれ自由がきかなくなった。
『やっ!離してっ!!』
「ダメです。まだレッスンが終わっていませんよ?」
先生があたしの目の前でニヤリと笑った。
怖い…!
いよいよ身の危険を感じた時、体のバランスが崩れて、視界が反転した。
『え…?』
押し倒されたんだと気付いたときには、もう遅かった。先生の手があたしの服の中に入ってくる。必死でそれを振り払おうとするが、男と女の力の差は歴然だった。
『やだっ、やめて!!』
「何故です?これもレッスンのうちですよ。」
『やあっ…!助け、て…!!』
「無駄ですよ、この部屋は防音です。頼りの執事はさっき出て行きましたしねぇ。」
くっくっ、とさも面白そうに笑う先生。でもあたしには、更に奥へと侵入しようとする手を押しのける力もなく。
もうダメだ…
あたしは絶望と共に固く目を閉じた。
─ドスッ
鈍い音が部屋に響きわたった。
恐る恐る目を開けてみると、扉に何か槍のようなものが突き刺さっている。それは先生のすぐ頭上で、驚いた先生は手を休めた。
「少々おふざけがすぎますね。」
『む、くろ…?』
聞き覚えのある声に顔を向けると、窓の前に骸が立っていた。
骸が来てくれた、あたしを助けに来てくれた─
その事実はあたしの心を明るく照らした。
骸はいつもの穏やかな笑顔ではなくて、あたしが見たことのないような表情を浮かべている。怒っている、そう理解するのに時間はかからなかった。一歩一歩ゆっくりと、こっちに近付いてくる。
「お前、何故ここに…」
「早くその汚い手を離しなさい。」
「な、何を失礼な!」
「離せ。」
骸の冷たい目が先生を睨んだ。次の瞬間、先生は何かに弾かれたようにあたしから離れて、壁に後ずさった。先生の目に写る恐怖の色。
骸はそんな先生を汚いものでも見るかのように一瞥した後、あたしを優しく起こしてぎゅっと抱き締めてくれた。温かい骸の体温が、あたしの心を落ち着かせる。
「お嬢様、怖かったでしょう。すみません、遅くなってしまって…」
『骸、いいのよ、だって』
ちゃんと助けに来てくれたじゃない──
恐怖から解放された安堵からか、あたしの目から涙が溢れ出した。
ごめんね骸、泣かないって約束したのに。
その瞳に写るものは
(恐怖、怒り、そして安堵)
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