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とある日のお悩み相談(ワートリ)


「風間、時間あるか?」


報告書を提出して、あとは帰るだけと出口へ向かって歩いていたら、玄関ロビーでベンチに腰掛けている諏訪に呼び止められた。


「飲みか」

「飲むけど、ちょっと、その……話があってよ……」


尻すぼみになる声に、話?と風間は聞き直す。 
今は隊の階級こそ違えど、同い年ということで何だかんだ結構な付き合いになるのだが、改まって話があると言われるのは片手で足りる程だ。ちなみに風間自身も諏訪と大差ない。
戦術など相手を倒す為の作戦であれば隊員とするべきで、それはわざわざ言わずともわかっている。となれば、ボーダー関係以外の話となるわけだが、だからこそ内容が予想できなかった。


「どこだ」

「木崎が捕まえられればいいんだけど、返信来ねえんだわ。だからとりあえず八岸で」


B級以上のボーダー隊員は、嵐山隊程でなくとも三門では顔が割れている。ちょっとした有名人といったところで、マナーの悪い人間が位置情報をSNSに上げるなんてざらにあること。気安くそこら辺の飲み屋に入れば酔っ払いに絡まれることもしょっちゅうで、成人したボーダー隊員達が入る飲み屋は各々好みも踏まえて次第に限られいき、今では大体誰かの家に酒を持ち寄ることが多くなった。
諏訪が名前を上げた飲み屋はそういった事情のなかでも、他の店より割高だが完全個室食なうえに食べ物も酒も上手いと評判で、隊員達がよく出入りする店だった。諏訪、風間、木崎の三人で飲むならば、専ら料理が美味い木崎が住み込んでいる玉狛支部に押しかけるのだが、肝心の家主に連絡が取れないということで妥協した結果だ。
風間はわかったと頷いた。


「あ、お疲れさまです」


そう言ってお辞儀しながら風間の背後を通り過ぎたのは、風間達の一つ下で鈴鳴支部所属の来馬だった。二人でお疲れと返し、来馬が扉を越えようとしたところで呼び止めたのは諏訪だ。


「来馬、ソロか?」

「あっ、いえ、報告書提出に」


個人ランク戦のブースは本部にしかない為、支部の隊員を見かけるとどうしてもポイントを稼ぎに来たと思ってしまうのだが、来馬は鈴鳴第一隊の隊長であり支部に溜まった報告書を提出しに来たということだった。
そもそも個人ランク戦ブースは、時間外申請がなければ中学生は十八時、高校生以上は二十時までと決まっている。今の時間はその二十時少し手前。


「……お前もしかして講義六限まで取ってんの?」

「や、でも、水曜だけですよ」

「うへえ、よくやる」


諏訪が受けてもいないのに疲れきった顔をして言う。わざわざ今じゃなければならない理由を逆算して考えたわけだが、来馬は十九時過ぎに終わる六限に出て支部に寄り、報告書を持って本部まで提出しに来たということになる。そしてそれを本人が肯定した。
今の時代ネットがあるというのにここ数週間は、本部の都合により紙媒体で提出しなければならないのだ。報告書提出用のアプリケーションを作る為にどうたらこうたらと言っていたが、風間も諏訪も特に話を聞いていなかったので覚えていない。提出の仕方が変わっただけでは特に支障がないからだ。しかし支部の人間はわざわざ持って来なければならない。自分なら開発班かエンジニアかわからないがとにかく文句を言いに行くな、と風間と諏訪は心同じに思うと同時、きっとふざけんなのふの字も言わずに持って来た来馬を尊敬する。


「お二人は、これからどこか行かれるんですか?」

「まあな。ちょっと飲みに…………そうだ、お前も来いよ」

「「え、」」


諏訪の誘いに来馬だけでなく風間まで反応する。諏訪は、木崎と風間と飲むときは堤を誘わない。しかしそれ以外、東や一つ下を一人でも加えるつもりでいるのなら、堤を始めから頭数に入れている。だから堤がいないところで来馬を誘うというのは、風間のいる前では初めてのことだった。
自分に話があって同年を集めようとしたにも関わらず、堤を呼ばないまま来馬を誘うとなると、諏訪の言う話というのは前言撤回して隊に関することかもしれない、しかも隊員に出来ない話、と風間は予想付ける。それと丁度同時に、来馬が了承した。




ある





『とりあえず生』も空になり二杯目のジョッキが来る頃には、頼んだ物がテーブルに所狭しと敷き詰められていた。その内の半分と唐揚げ丼と焼おにぎりは風間が食べる。


「そろそろ話というのを聞かせろ。来馬が困ってるだろ」


サラダをもしゃもしゃ食べる合間に、風間は言った。先輩の分の二巡目サラダを取り分け終え、自分の分を取っていた来馬が顔を上げる。


「いえ、あの、オレのことは気にしないでください」

「悪いな来馬」

「いえいえ」


風間と来馬の向かい側に座っている諏訪は、煙草の灰を灰皿へ落とす。


「お前ら、大学卒業したらどうするよ」


そう言って煙草を吸い、横を向いてふあーっと溜め息のように吐く。来馬は風間の言葉を待った。サラダを飲み込み、風間はけろっと言い放つ。


「今と変わらないだろ」

「言うと思った……来馬は?」

「全然、考えてなかったです」

「だよな、あ、全然食っていいから。むしろ食え。そこのイートモンスターに全部取られるぞ」

「は、はい、いただきます」


食獣扱いされている間にも、風間は気にも留めずもぐもぐと口を動かしながら揚げだし豆腐を取ろうと腰を浮かす。諏訪は煙草を灰皿に置いてから、揚げだし豆腐を小皿に取って渡し、煙草と話を戻す。


「俺は確実な就職先確保も狙ってボーダーに入ったから、居続ける気ではいるんだよ。いるんだけど、就職ってなったら管理職に入るかなと思ってて。風間はまだ防衛隊続けんだろ」


諏訪の問いに、風間は口を動かしながら頷いて肯定する。


「木崎もきっとそうだろうな」


煙を吐くと、煙草を灰皿に押し付けた。


「それで?」


そう尋ねる風間の前に置かれた丼がいつの間にか空になっていることに目を丸くしながら、来馬はそれをテーブルの端にそっと移す。諏訪は腕を組んで背もたれに寄りかかった。


「いざ離れるってなると、惜しくなっちまってな。しかも忍田さんが無理に移らなくていいっつうから」

「でもお前B級だろ」


ボーダーの防衛隊給料制度では、B級は近界民を倒した数に応じた出来高制のみとなっており、基本給は無い。そして普段の討伐数からすると、下手なアルバイトより断然高収入ではあるがらそれだけで生活するには厳しいものがある。A級に上がれば基本給も発生するが、だからといっておいそれと昇級出来るほどボーダーは甘くないことも事実だ。
つまり自分や木崎はともかく、諏訪が防衛隊で居続けるのは難しいということを、風間は示唆している。


「わかってる。ったく、ほんとあの人どういうつもりで言ったんだか」

「でも、東さんは院生なんですよね?」

「あの人はそれでやっていける金があるってことだろ。っつか基本給出せっつったら例外でも出してもらえんじゃねえ?」

「院出たらトリオンとは関係ない研究職に就くって噂聞きましたけど……」

「そりゃ無理だろ。あの人最早ボーダーの財産つってもいいぐらいだぞ。お偉いさんもそうだし、下だって黙っちゃいねえよ」


話しながら風間に今度は薩摩揚げを取ってやり、最後二切れを未使用の小皿に取って来馬に差し出す。来馬が遠慮すると、その前に強引に置いた。


「ありゃ院出たら司令部行きだな」


諏訪の言葉に、出汁巻き卵を食べながら風間が頷く。


「諏訪さんも司令部に呼ばれるんじゃないんですか?」

「はあ!?俺が!?いやそれこそ無理だろ。雑務だ雑務」


そう言って、いつの間にか半分になっていたビールを飲み干し呼び鈴を押す。素早く店員が現れると、ビールのおかわりを頼み、その横から風間がえいひれを追加注文した。


「はあ、まあとりあえず防衛隊は辞めるとして、問題は隊なんだよな……」

「抜けて堤に任せればいいんじゃないか」

「一年経ったらあいつも辞めんだろ。そりゃこれから一、二年でA級上がれりゃ万々歳だけど、そうなる保証なんてどこにもねえし」


諏訪の言葉は、意図せず来馬にザクザクと刺さる。堤と同年の来馬にとっては、他人ごとではないからだ。耳が痛いどころではない。


「解散より優しくないか。笹森が独り立ちする前にお前が一人、堤が一人新隊員を入れれば難しいことじゃないだろう」

「その場合俺が一人じゃねえな。堤が一人と一人だ」

「諏訪」

「最近シード点あるやつは全部Aに行くだろ。そしたらあとは宝探しじゃねえか。俺目利き悪いし、堤に任せた方が日佐人とおサノの為になる」


最低でも抜ける自分よりも優秀な人材でなければ、B級は勝ち抜けない。驕りではないがなかなか見つけられないからこそ、ゼロから始められるように解散させるという選択肢と悩んでいるのだ。


「俺の後に入って来たっつって、最初でも成績がドンと落ちたりしたら、入って来たそいつにすげえプレッシャーかかんだろ。それも嫌なんだよ。だからいっそ全部最初から作らせた方がいいとも思ってんだけど」

「そんなのお前より優秀なやつを引っ張って上がればいいだろ」

「簡単に言うんじゃねえっつの。っつか話ループすんだろうが」


お待たせしました、と店員がビールを持ってきた。来馬が店員を手伝って、全員に行き渡らせる。


「そういや、来馬はどうやって村上をゲットしたんだ?あいつもシード点だったろ」


店員が去ると同時に諏訪はビールを飲み、口から離すと来馬の方を向いた。風間は、諏訪が来馬を誘った一番の理由はこれか、と納得しながら薩摩揚げをつまむ。来馬も意図に気付き、申し訳なさそうに答えた。


「オレのところは丁度鈴鳴支部が出来るときに、本部と各支部のパワーバランスを考えて配属されたんです。自分達で集まったわけじゃないんですよ」

「あー、そっか」


鈴鳴方面に支部が出来ると同時期にB級に昇進した人間を集めたのが来馬隊だった。
最初忍田本部長から話を貰い、自分以外に声をかけている隊員の名前を聞かされたとき、あの村上鋼と同じ隊になるかもしれないのか、と気持ちが高ぶったことを思い出しながら、来馬はビールを飲む。てっきり一番有能な村上が隊長をやるものだと思っていて、それを伝えたときの隊員達の驚いた顔は今でも思い出すと笑ってしまう。


「それこそ隊で話し合えばいいんじゃないのか?」


風間がジョッキを置いて言った。
諏訪隊は隊長が指示するより、相談や各々の判断を束ねて行動することが多い。それが隊の個性であり、持ち味であり、強みである。
だからこそこの件も、解散か抜けていくか、隊員全員で話し合って決めるべきだと思っての意見だった。
しかし諏訪は、あー、と呻きながら煙草の入れ物を叩き、一本取り出した。


「自慢じゃねえけど、話し合いにならねえっつうか、俺を抜けさせない話に変わると思うんだよ。それこそ給料を献上しかねねえ……」


口に咥えて火を点ける。そして横を向いて、ふー、と誰もいない方へ煙を吐いた。


「だから決定事項にして、あいつらに取り付く島を与えないようにしたいわけ。お前らだって考えてみろよ。自分が隊辞めるっつったらどんな反応する?」


煙草を叩き、灰皿に灰を落とす諏訪の指を見つめながら、言われた通り考えてみる。
まず話を出した時点で菊地原が口をきかなくなる。この時点で相談は不可能だといえる。歌川と三上は聞き分けよく賛成してくれそうだが、貼り付けた笑顔を向けられてしまえば自分が落ち着かない。やっぱりまだ居ようと心変わりしてしまうだろう。これじゃいつまで経っても防衛隊に居続けることになる。
来馬も考えてみたが、風間と同じ結論に至った。諏訪の言う給料献上も有り得すぎて笑えない。
改めて事の重大さを思い知り、二人は眉間に皺を寄せて煙を吐いてる諏訪を見た。


「な。相談出来ねえだろ」


余程二人の顔が面白かったのか、諏訪はクツクツと笑いながら言う。


「むしろ抜けるのも無理な気がしてきました……」


来馬の言葉に風間が頷いて同意した。


こうして話は振り出しに戻り、店が閉まるまで話し込んむのだが、結論が出るかどうか。




おはり




………

ボーダーのメンバーって何であんなに皆仲良しなの……。
諏訪さんは食うより煙草と酒、風間さんは安定のもぐもぐ、来馬先輩は食べながらさりげなくお皿とか下げてるといいなと思って、書きながらうへへとニヤニヤしてた^〜^
諏訪さんの一見A型に見えないけど、付き合いが長くなるほどこいつA型だなと思わせるようなところを出したかったけど難しかったよ……。

2015.8.1




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