[携帯モード] [URL送信]
「A wonderful wedding ceremony to you.」見本


ケース1(青桃クライアント)

 この日、水谷は休みだった。しかし栄口は出勤日だったので家の掃除をしたり、ゲームをしたり、夕飯の買い物に出たり、一人でのんびり過ごしていた。休日が不安定なサービス業でしかも同じ職場に勤めているからこそ休みが被ることは難しく、数えてみれば月に一回あるかないか。その分職場で暇さえあれば一緒にいるし、何より仕事が楽しいから不満といった不満はまだない。

 昼飯の鮭茶漬けを食べながら、午後はプリンを作って夕飯はオムライスにでもするか、夕飯を手巻き寿司にして具に力を入れてみるか悩んだ末前者を選び買い物に出る。帰って必要な道具を出し、よし作るぞと意気込んだその時、テーブルの上に置いていたスマートフォンが鳴った。音楽から無料通話アプリと認識しつつ、テーブルの前まで行ってスマホを手に取り画面を見れば『栄口勇人』の文字。仕事中にかけて来るなんて珍しいななんて思いながら『通話』をタップして耳にあてる。



「もしも」

『水谷!?』


「はい水谷です」



水谷と栄口はお互いのことを、家にいる時や遊びに行く時は名前、会社では苗字で呼び合っている。会社にいるからか慌てているからか、多分その両方だなと水谷は察して要件が伝わり易いように返事をした。それにしても、予期せぬ事態が多いこの仕事で大分鍛えられた栄口にしては、稀に見る慌てっぷりである。



『今どこ!?』


「家だよ」


『五分でこっち来れる!?』


「式場?」


『ホーム!試着室、あー……ブライズルーム!道具持ってる!?』


「ロッカールームに置いてあるけど」


『わかった。頼むすぐ来て』


「はーい」



通話を切り、水谷は財布とスマホと鍵だけ持って家を出た。普段は歩いて向かうのだが急いで来いとのお達しなので自転車を利用して三分で会社に到着する。式場は正にチャペルといった西洋の礼拝堂のような造りをしていて、式を挙げる為のスペースしか用意していない為、着替えや打ち合わせなどはホームと呼ばれる隣の建物で行っている。ちなみに外装はチャペルも隣の建物も、石造り風の壁で外観を西洋風に合わせてある。今日は自分が休みだし式の予定は入ってない筈だが一体どうしたというのだろうか、と水谷はとりあえずホームにあるスタッフルームに入った。



「栄口に呼ばれて休日出勤しに来ま」


「水谷待ってたよ!メイク道具持って三番に頼む!」


「へ?あ、はい」



途端、チーフに肩掴まれ反転させられ、スタッフルームから追い出されるように背中を押された。栄口といいチーフといい、言葉を聞きもしないで被せて来るなんてまったく自分を何だと思っているのか。こっちは休日出勤してやってるのだからもっと相応の待遇があってもいい筈だ。人使いの雑さに段々と腹を立てながら、水谷はロッカールームから昨日手入れを済ませてしまったメイクケースを持ち出して、三番のブライズルームの扉をノックする。失礼しますと挨拶する前に栄口の先輩が出て来て、今までの経緯と水谷を呼んだ理由を説明してくれた。








ケース2(順リコクライアント)

 昨日水谷に話した通り、栄口はネット予約で承った式場見学のガイドをしていた。内容としては、式場は勿論、ブライズルームや披露宴会場等建物内を一通り回り、簡単なプレゼンテーションの後、披露宴で用意出来る料理を出す。どういった結婚式にしたいかという相談にも乗る。普通はどうにかして自分の式場をねじ込むのだが、栄口はお客に自分の勤めている式場より近いイメージの式場があるなら、躊躇いなく他の式場を紹介してしまう。それでも顧客獲得数は低くないので上司も好きにさせている状態だ。水谷はこの話を先輩から聞いた時、出来る男というのはそういうことをいうのだな、と純粋に尊敬すると同時に自分の恋人として鼻が高く嬉しい気持ちになった。

 式場見学の最大の見せ場は、式場内で疑似招待客体験が出来るところである。というのは、見学者には好きな席に座ってもらい呼んであるモデルにヴァージンロードを歩かせ、本番の招待客の位置から距離感や見え方等を確認し、来る日の自分達を各段にイメージし易くなるというものだ。

 聞けば、今ガイドしている見学者の夫婦はそれを決め手に予約したと言う。



「他にはないサービスですよね」


「ありがとうございます。こちらの式場はヴァージンロードを平均より長めにとってまして、広さもドレスとベールに対応出来るようになっています」


「長めのヴァージンロードか……パパには嬉しい式場ね……」


「だな……」



ブライズルームを案内するついでにそこでプレゼンテーションを行い、料理を試食し終え、残すは式場を覗くのみ。通常は結婚式を挙げる上で一番重要であるその式場から案内する筈なのだが、今回は少しイレギュラーな事が起こり最後となっている。



『堤さんとサトケン、まだ目黒だそうです』


『こりゃ足で走っても間に合わねえな』


『間に合わねえなじゃないですよ』



ついついインカムの音量を下げてしまうくらい、無線通信内は騒然としていた。というのも、とある私鉄沿線で火事があり運転見合わせになってしまったので、その線が最寄り駅で今日デモンストレーションをする筈の新郎役が来れなくなってしまったのだ。タクシー乗り場も大行列とのことで、こちらから車を出し無事拾った時点ではまだぎりぎり間に合う予定だったものの、今度は道中の目黒で事故が起こったらしく交通規制の渋滞に巻き込まれてしまったのである。

 工程を滞りなく済ませていくことが大前提にして最重要である結婚式場において、予定が狂うなどあってはならないことであり、許されない問題である。見学の順序はホームページに載せていなかった為何とかなったが、デモンストレーションを中止にすることは絶対に出来ない。



『大丈夫だ。たった今代わりを見つけた』







ケース3(千代ちゃん結婚式)

「本日ヘアメイクを担当させていただきます。水谷です。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします。……って、いいよ、そんな気使わなくて。水谷くん」


「えへへ」



 照れたように頭を掻きながら、花嫁の後ろに腰掛ける。



「それじゃ、これから世界一素敵な花嫁さんになる魔法をかけちゃうね」


「ふふ、お願いします」


「え、ふ、水谷お前、ヘアメイクする時毎回言ってんの?」



ドレッサーに腰掛けた花嫁の後ろ、一人掛けの椅子の隣に立ちながら、有り得ないものを見るような目を向ける。



「言ってるよ。俺、魔法使いだもん」


「うわぁ……」



ウエディングプランナーが、これからヴァージンロードを歩く花嫁を前にしてこんなにも砕けた話し方をしているのは、花嫁が周りにいる二人と旧知の仲だからだ。

彼女は、二人が高校時代に所属していた部活動のマネージャーだった。



「それにしても、しのーかも遂に結婚かあ。あ、ごめん旧姓で」


「いいよ。野球部の皆にはしのーかって呼んでもらえる方が嬉しい」


「えへへ」



頬を弛ませながらも簡単な準備を終えて、それじゃあ始めるね、と花嫁の髪に素早くミストをかけて、細かく束ねてはクリップで留めていく。



「そういやゆ、栄口はここにいていいの?いつも仕事あるじゃん」


「この前のお詫びだって社長が代わってくれた。セットが終わるまで自由にしていいって」


「あー……」


「この前って?」



ちなみに部活動の同期には自分達の関係を話してある為、水谷は何の躊躇もなく花嫁に先月起こった『水谷ヴァージンロード歩いてしまった事件』について説明した。それを聞いていた栄口も、話している水谷自身も、その時の感情を思い出しもやもやしてくる。話を聞いた花嫁もプンプンと怒っていた。



「関係知ってて、わざわざ水谷くんに頼むのはないよ!いくらハプニングだったからって、仕事だからって、社長さんが悪い!」


「だよねー!俺以外にも男性スタッフいたし!何の恨みがあって歩かせたんだって話!」


「スタッフ皆直前まで知らなかったみたいでさ、スタッフから大バッシングの上チーフが本ギレの説教したみたいだよ」


「え、そうだったの?」


「当然だよ!」



花嫁が怒りを露わにしてくれたことで、栄口の怒りはすっかり収まってしまい、我等がマネージャーは幾つ歳をとろうが怒っていようが変わらずに可愛いな、と頬を弛ませていた。思えばスタッフ達も自分の事のように怒ってくれたからこそ、済んだことに出来ているのだ。理解があり味方になってくれる人達に囲まれて、自分と水谷は幸せ者だな、と栄口は今一度心の中で周囲の人間に感謝する。



「ありがとうしのーか。ということで、セットの間だけだけどゆっくり話したいな。多分この後じゃ全然話せないと思うし」


「うん!」





最終的に水栄が結婚します!



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!