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俺は、彼が好きなのだろうかサンプル


 いつの間に眠っていたのか。

 そう思いながら瞼を引き上げ、愕然とする。


「んぁっ、あっ……あはっ」


 何だこれは。


「あ、あぅっん、んっ、んっ、」


 下半身を晒した野郎が俺の上に跨がってひたすら腰を上下に動かしていた。

 俺はセックスに興味津々な現役高校生、それがどういうことかという知識は持っている。しかし目の前の現状と上手く結びつかない。起き抜けだからか、あまりに信じられないことだからか、脳みそが受け入れることを拒否しているようだ。
 窓から射し込む月明かりが、そいつの顔を照らす。


「ぁんっ!ああっ!は、う……んんっ!」


 普段のよく通るテノールボイスからは想像もつかないくらい高音の、やらしい喘ぎ声を振り撒きながら懸命に腰を振っている。じゅぽじゅぽと自分がマスかくときと同じ音が絶え間なく聞こえて居たたまれない。細いコップを洗うときこの音が鳴ると、どうしようもなく焦るんだよな。


「うぁっ!ん、あっ!あ、あ……っ!!」


 今まで快感を追うことに必死で自分の世界に浸っていたそいつと、とうとう目が合った。途端、自身がきゅうぅっと圧迫される。


「んあぁ……っ!!!」

「お、おま、うあっ!」


 二人してハア、ハア、と全力疾走した後のように肩で浅い呼吸をする。そこでやっと頭が冴えてきて余計に困惑した。
 今何時?ここはどこ?そしてこれは何だ!?


「んんんっ!」

「んくっ」


 喘ぎながらゆっくり尻を上げ、それに伴い俺のものが根元から先へズルズルと締め上げられる。それすら快感になるのか、なんてお互い様だ。尻から抜かれ外気に触れて、温度差に肩が震える。ガサガサと、ビニールの軽い音が聞こえたかと思えば俺に跨がっていたそいつは身をずらし、あろうことか俺の股間に頭を埋めた。


「待て待て待て待て待て!離れろ!」


なりふり構っていられず髪の毛を思い切り引っ張ってしまったがそれどころじゃない。痛いと訴えられるが本当にそれどころじゃない。
 力任せに引き剥がし、奇跡的に隣に置いてあった自分のエナメルバッグから、手探りでポケットティッシュを取り出して自身を拭く。幸い服はほぼ着たままだったからすぐにパンツにしまいズボンを履き、念のため汚れてないか立ち上がって確認した。幸い、眠る前から変わったところはないようだ。真後ろにある窓を開けて新鮮な空気を取り入れると、冷凍庫かと思うくらい冷たい空気が首もとを掠め思わず肩が上がった。ここに暖房はない筈なのに今まで寒いと感じなかったのは何故か……ってことは今は追及しないでおく。そういや当たり前のように窓を開けたが、見渡してみるとここは普段使っている野球部の部室だった。


「………………はない」


ゆっくりと幼児が喋るような拙い言い方で名前を呼ばれ、上がっている肩が更に跳ねる。慌てて後ろを振り返ったが自分の影で表情が読めない。もう一度名前を呼ばれると今度は何故か脈が早くなり、どこか本能的な部分が『これはヤバい』と警告する。その本能的な部分に従って、エナメルバッグを跨ぎ出入り口横のスイッチを倒して明かりを点けた。
 パッと、月明かりだけで心もとなかった視界が断然に良くなり、景色が鮮やかになる。晒している下半身の肌色もばっちりだ。そして、スイッチが切り替わったのは電気だけではなかったらしい。


「…………ぁ……っ!!!」


 やっと正気に戻ったらしく、顔を真っ青にして信じられない物でも見るかのような目で俺を見る。いや、信じられないのは俺の方だから。
 何か弁明しなければと思っているのだろう。しかし口を開いても、あ、とか、う、とかただ音を発するだけで、目は泳ぎ肩を震わせているその姿は、入学したての頃にこいつと話していた三橋に近い。


「とりあえず下履けよ、阿部」


 俺の上で腰を振り、俺のものを擦っていた副主将である阿部隆也に、そう言い放つ。
 阿部は思い出したかのようにワイシャツを引っ張って、コンドームが被ったままの股間を隠しもう片方の手でビニール袋と、近くに脱ぎ捨てられたパンツをひっ掴む。女子相手でもないのに気まずくなって、俺は後ろを向き支度が整うのを待った。


「花井、」


さっきとは違い、いつもよりかはか細いがちゃんと意識を持っている声でしっかりと名前を呼ばれ、少し安心する。振り返れば阿部が額を畳に付けていた。所謂土下座というやつ。


「わる」
「それで済まされると思ってんのか」


悪かった、と言われる前に言ってやった。当たり前だ。許すつもりなんてない。


「顔上げろ」


跳ねるように体をびくつかせて、恐る恐る姿勢を正す。上げきったその顔に、お望み通り平手を一発くれてやった。大分振りかぶったて叩いたから、クラッカーのような破裂音と共に衝撃で真横にぶっ倒れる。


「阿部」

「…………かった」

「こんなんで許されると思うなよ」

「………………っ」

「体起こせ」


ぐったりしている阿部の右腕を引っ張り上げて無理矢理座らせた。全身がガタガタと震える程怯えている。バレたことが怖いのか殴られるのが怖いのかはたまた別の何かか、知りたいとも思わない。自分がどれだけとことをしたのか、本当にわかっているのだろうか。
 もう一発、いや気の済むまで殴りたい気持ちを死に物狂いで押さえつけ、阿部の正面に胡座をかいた。


「納得のいく説明をしろっつっても俺が無理だし、謝罪もいらねえから、とにかくこんなことした理由を言え」


俺にはそれを聞く権利が十分にある。何であんな目に合わなければならなかったのかも気になるが、一番は誰よりも野球を愛する阿部がこの環境を壊しかねないようなことをした理由が知りたかった。もしかしたら第三者に脅迫されて事に至ったのかもしれない。頭にそう浮かぶくらいには、いつもの彼からは考えられない行動だった。だから聞くのだ。
 男で童貞を捨ててしまったというか、むしろさせられたのに、よくもまあこんな冷静でいられるなと自分でも思っている。人間、パニックを超えると冷静になるものらしい。


「早く言えよ」

「…………お、俺、」


左右に目線を泳がせた後それは手元に落ち着き、必然と俯く形になる。歯切れの悪さに苛立ちながらも、そこで何か言ってしまったら余計厄介なことになるのはチームメイトで経験済みなだけに辛抱する。少しして阿部がそっと顔を上げたかと思えばすぐまた俯いてしまった。どうやら話す気にはなったようだ。


「……俺、花井が好きなんだ」

「……………………悪い、よく聞こえなかった」


 思わず俺が謝っちまったじゃねえか。
 一度言葉にしたら吹っ切れたのか、勢いよく顔を上げて真っ直ぐ俺を見る。


「花井が好きだ。どうしてもお前が欲しかった。絶対叶わないのはわかってたから、せめて一回だけでもって我慢できなくなって、睡眠薬盛って……」


 耳が痛くなってきた。
 話しているうちにまたもや目線は反れ、声は尻すぼみに小さくなって最後の方なんて聞こえなかったが、阿部の思考回路が普通じゃないことは理解する。言ってること全てが俺的にアウトだし、最後に至っては社会的にも完璧アウトだってことを、こいつはわかってない。
 睡眠薬というのはきっと、着替え終わった後にもらったペットボトルのココアのことだろう。そんなことするなんて阿部にしては珍しいと思いつつ、せっかく貰ったものだしと飲んで部誌を書いていたら突然眠気に襲われ、意識を失うように寝てしまった。睡眠薬なんて今まで使ったことがないからどういうものかわからないが、そんな急に眠ってしまうものなのだろうか。水でなくココアと混ぜたからか?それ以前に蓋開ける時点で気づけよ俺。と今後悔してもそのときはまさかこんなことになるとは思わないし、違和感を覚えたとしても飲みかけかよなんて悪態つきながらも飲んでしまっただろう。
 だって、チームメイトだと、仲間だと思っていたのだ。自分の懐にいる奴から、まさか強姦されるとは誰も思わないだろう。AVじゃあるまいし、そもそも俺は男だし。


「睡眠薬盛ってから聞こえなかったんだけど」

「……睡眠薬盛って、三時間は眠ったままの筈だからその間に全て済ませて元通りにしとけばバレないだろうと思って謀った。まさかこんなに早く目を覚ますとは思わなかったんだ」

「それで終わりか?」

「……ああ」


 一応理由を聞いてみたところで、これは阿部自らの意思で行ったことしかわからず、誰かに脅されたとかそういう一縷の望みも潰えてしまっただけだった。
 睡眠薬のインパクトが強すぎてそればかり考えてしまったが、阿部は初めに俺のことを好きだと言っていた。もし仮にそれが本当だとしてもだ。 この行為自体、俺がこいつに向けていたチームメイトとしての信頼を裏切っていることに他ならない。
 最悪だ。全て夢ならいいのに。そうしたら悪い夢だったと落ち込むだけで済んだだろう。……現実逃避もしたくなるがそれはもう少し後にしなければならない。


「本当に申し訳なかった。二度と話しかけるなって言う
ならそうする。野球を辞めろっつうんなら辞める。言われたとおりにする。警察に出されても文句言えねえ。本当に……本当に悪かった」


 再び額を畳に付ける阿部を見て、俺はこいつの沙汰を選びあぐねるばかりだ。

 俺はこいつをどうすればいいのだろうか。
 どうしたいのだろうか。

 こいつに強姦されましたと警察か、はたまた監督や先生に差し出すのか?それは俺が男に襲われたと、自分から周りへ言いふらすことになる。何でわざわざこいつと一緒に自分を貶めなきゃならないのか。却下。じゃあ野球を辞めろと言ったとして、本当にこいつが辞めたところで周りが納得しないだろう。どこを怪我したわけでも患ったわけでもない上に、部内一野球に執着している男だ。絶対に理由を追求される。そうしたら結末は言いふらすのと差して変わらない。却下。
 額を親指の付け根で擦りながら唸ったあと、息を深く吸って吐く。


「もうこの件に関して謝るな」


 これぐらいしか言うことがない。結局、こいつに償わせようとしたところでデメリットしかないのだ。
 不意に上げられた顔は、口を開けてポカンと締まりのないものだった。


「そんなんでいいのか?」

「いいよ。けど、俺は許さねえからな。それだけ覚えとけ」

「……ごめ」
「謝んなつったろうが。もういい。帰んぞ」


 壁にかかっている時計を見ると、それは十一時を指している。立ち上がり、バッグからスマホを取り出して点けてみれば、大量の着信とLINE通知。全て母親からだった。これは、家に帰ったらしばらく説教を受けるパターンだと予想してため息が出る。今から帰る、とLINEを送信した後置きっぱなしにされた部誌をバッグに突っ込み、ミニテーブルの脚を折って立てかけ、上着を羽織った後ドアを開けた。


「いつまでそうしてんだ」


 これだけ時間を作ってやったにも関わらず、阿部は身動き一つせず正座のままでいる。


「先帰ってくれ。俺……やること残ってるから」

「は?」

「あ、電気は消してくれると助かる」

「は?」

「……消してください」

「そういうことじゃねえよ。帰んねえの?」

「うん。頼む、先に行ってくれ」


 何でだかわからないが、これ以上面倒を増やしたくないのなら聞かないでおくのが一番だろう。スイッチを倒して電気を消す。

 強姦野郎にくれてやる言葉などなく、俺は無言で部室を後にした。





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