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SCCサンプル
数日前から、栄口が明らかに調子悪そうにしている。
本人は大丈夫って言っているし、熱や腹痛など表立った症状もないから無理矢理休ませることは出来ないけど、やっぱり気になるものは気になる。だいたい『調子悪ぃの?』とか『クマすげえけど』とか『休んだ方がいいんじゃね?』とかいろいろ聞いてんのに全部『大丈夫』で返すってどういうことだよ。誤魔化すならもっと水谷みたいに上手くやれっつうんだよ。そんなに意固地に一点張りされたら嫌でも気になるに決まってんだろ。
 昼休みの今、花井と俺と栄口の主将副主将で週に一度のミーティングをしていた。クラス替えして全員バラバラになってからは、三人の中間地点にある花井のクラスに集まっている。時間短縮のために弁当を持ち、向かい合って食べながら。
「じゃあ、今週のメニューはこんなかんじでいいか?」
「おう」
「うん、大丈夫」
「あと何か気になることがあったら言ってくれ」
食べ終わる頃には話はほぼまとまった状態となっている。俺は小さく、ごちそうさまでしたと呟いて弁当箱代わりのタッパーをバンダナで包んだ。
「気になることっていえば、栄口だろ」
「へ?」
デザートの苺を口に入れかけながらとぼけた声を出す張本人。どうやらまだ心配させてることを自覚していないらしい。
「目の下のクマ。今日くらい休めよ」
「だから、心配しすぎなんだって阿部は」
「いや、俺も気になってた。具合悪いならちゃんと休め?」
「えっ」
俺以外、栄口の目立ったクマを指摘したやつはいなかったらしく、キョトンとして花井を見る。そして『あー』とか言いながら気まずそうに頭を掻いた。
「そんなに悪そうに見える?」
「阿部の言うとおり、クマすげえぞ」
「そっか……」
「なんでそんなクマ出来るまで夜更かししてんだ?」
「えっ、あ、えーっと、あの……」
俺も人のことを言える立場じゃないが、花井は時々無神経に人の言いたくない核心をつくような質問とか、そういうことを言ってくる。天然だから尚更タチが悪い。
 しかし栄口は答えづらいというより、答えを探してるように見えた。
「ゲームのしすぎ、で」
「はあ!?」
「ごめん!」
「お前……大概にしろよ……」
「ごめんー!今日からちゃんと寝るからー!」
「当たり前だバカ!」
花井は真に受けて怒っているが、栄口は多分嘘をついている。いくら野球部一のゲーマーでも、花井と同じくらい責任感のあるやつだし、副主将だ。ゲームのし過ぎで夜更かししていたとは考えられない。だからといって、別の理由なんて思いつかないけど。
「ったく、しっかりしてくれ、いって!」
「どうした?」
「紙で手切ったっぽい」
プリントをしまおうとして、それで切ってしまったらしい。切った指を加える花井の横で栄口が『はい』と言って手渡したのは絆創膏だった。
「女子か」
「こいつのバッグん中、マイ救急箱入ってんぞ」
「知ってる」
怪我をすると保健室には行かず、その救急箱で自ら処置してしまう。部活中も『ちょっと部室行ってくるね』と言ってふらっと消えて帰ってくる頃には絆創膏が貼られているのだ。
 去年同じクラスだった巣山の話によると、大抵の怪我は処置できる品揃えらしい。湿布とか包帯とかも入ってるってことになる。
 よく知らないが絆創膏を持っていることが女子力ってやつだとすれば、栄口は女子顔負けの女子力の持ち主ってことになる。母親が最近やたら女子力女子力言ってるから覚えた単語であって、使い方はいまいちわかってないけど、多分そういうことだろう。
「あ、絆創膏いらないかんじ?」
「ぜひ使わせてくださいお願いします」
「うむ、よかろう」
 物事をすぐ茶番に展開する元気がありゃ、とりあえず今日の部活くらいは平気か。
 涼しげな顔をして絆創膏をぺらりと差し出す栄口と、それを、ははーっとひれ伏しながら両手を差し出して受け取る花井を見てそう結論付けた。
「俺次移動だから行くわ」
「じゃあ俺も行こうっと。花井お大事にね」





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